23.兄と妹と現妹(?)
兄は、私を通して元のエリザベスちゃんを見ているかのように、柔らかい表情をしながら語り始めた。
「…私は貧乏伯爵家からここへ、養子に入ったんだ」
「……!」
見た目から何から、全て、生まれた時から公爵家ですというようなお兄様なのに、養子だったなんてと仰天する。
「もしかして、記憶もないのか?」
「いや…。あるにはありますが、全て見きれていなくて。記録のようなものだし、早送りもできないので…」
「…そうか。それで…、私は、貧乏伯爵家で、使用人のようにこき使われていたんだ。それでも偶然、本当に偶然、エリザベス…、いや、エリザベスお嬢様を伯爵家でお出迎えしたときがあった。私はおもてなしの場に、貴族ではなく、一使用人として参加していたんだが…。紆余曲折あったものの、お嬢様が私を見込んで抜擢して下さったんだ。公爵家での待遇は驚くほど良くて、涙が出そうなほど嬉しかった。…その時から、エリザベスお嬢様に一生尽くすと決めたんだ」
「……そう、なんですね」
エリザベスちゃんとの出会いについて語るお兄様は、夢を見ているかのような、恋焦がれているかのような、そんなどことなくふわふわとした状態で。
…いや、実際に、どれだけエリザベスちゃんが我が儘でも、傲慢でも、彼女に恋していたのかもしれない。
義兄という時点で、結婚の芽はまだ残されていたし。
それを私が摘んでしまったと思うと、何というか……、非常に居た堪れなくなる。
(全部は見きれていないけど、この人がエリザベスちゃんのことをこんなに想ってくれているなんて、きっと、彼女は気付いていないんだろうな……)
エリザベスちゃんは多分、孤独と無駄に高い家柄のせいでああいう性格になっていた…のだと思う。
エリザベスちゃんをもし取り戻すことができて、このリュカという兄の愛に気付けたら、もしかすると、エリザベスちゃんは変われるのかもしれないと…、そう思った。
「話を聞いてくれて、感謝する」
「いえ」
…どちらかというと話を聞かされた状態に近いことは、敢えて言わないでおいた。
「……それで、お兄様、あの…、そろそろ」
「?…ああ」
そろそろ解散しませんこの会?と思いっきり下手に出つつ視線で訴えると、今度は空気を読んでくれたのか、薄っすらとだが微笑んでくれた。
良かった、帰れる、やっと部屋でゴロゴロできる!…と。本気で、そう思っていた…の、だが…。
「そうだな。エリザベスを取り戻すために、俺らで共同研究でもするか」
「……ん?え…っと、お兄、様と……ですか?」
見事に言葉も表情もカチコチさせながら伺うと、「?他に誰がいる?」と摩訶不思議というように聞き返されてしまった。
「お兄様…。分かりました、お兄様はK・Yなんですね…分かりました、ええ、よーく分かりましたとも……」
共同研究。
イコール、自由な時間が奪われる。
イコール、窮屈。
イコール、怒。
「けー、わい…?…何かは知らないが、俺のことを貶していないか?」
「いえ?お兄様のか・ん・ち・が・い・で・は⁉」
もうトゲトゲしさを隠す気がなくなり、兄に大したフォローもせず、更にイライラを言葉に乗せて当てつけのようにそう言った。
対して、初期の頃と比べて毒気が相当抜けた様子のお兄様は、天然なのか鈍感なのか、「そうか?」と言うだけで何もしてこない。それが余計に私のイライラを煽るとは思いもせずに。
「……というか、共同研究って?私研究者じゃありませんよ」
「俺が研究者だから心配はいらない。ただ人は多い方がアイディアが出やすいからな。俺も君も、エリザベスを取り返したい。利害は一致している。何も問題は無いんじゃないか?」
バカなのかな?
ただ単にそう思った。
嫌い合っている人とやっても効果は出づらいだろう。
それに、アイディアを出すだけで良くて、あとの研究はお任せできるのなら、半年に一度ぐらいで良いはず。
そしてその頻度も内容も、残念ながら共同研究とは言い難い。
「…しかし、共同研究というからにはやれることが少ないと思います。だから、最初にアイディアをバーッと出して、それから……会う日は出来るだけ絞った方が良いのでは?」
「…それもそうか。なら…週一でどうだ?」
「いいですn…え?週一?今、週一って言いましたか?」
「?あぁ」
「いやいやいやいや……。習い事ですか⁉何なんですかその頻度⁉普通月一とか半年に一回とかじゃありませんか⁉」
ついつい真面目にツッコミを入れてしまう私だが、気にする様子もなくお兄様は「月一…半年に一回…むむ…」と真剣に悩んでいる。何なのこの残念なお兄ちゃん…。
「…二週間に一回は?」
「無理です」
「じゃあ三週間に一回…」
「取引ですか⁉それ、最初に大きな要望を言っておいて、だんだん下げて『これぐらいなら…』で本来の狙いのところまで引き下げさせて取り付けるというあの商談あるあるの手法ですよね⁉嫌ですよ、私、お兄様にそれやられるの‼」
とうとう本性が完全にもろバレした私だが、またしてもお兄様が気に掛ける様子はない。
ここまでくるとちょっと寂しくなって……きたりはしない。全力でお帰り頂きたい、その一点のみに集中している。あと頻度を少なくしたい。
「…じゃあ一か月に一回」
「やっぱり無理です」
「……なぁ。いくら何でも冷たいと思うんだが」
「初対面の印象最悪でしたしね。諦めて下さい」
ぐぅの音も出ないのか、完全に項垂れて黙り込んでしまったお兄様。
しかしまためげずに「…じゃあひと月半にいっk」というので食い気味に「無理です」と言ってやった。
何気にさっきまでのやりとりを根に持っていたため、とてもスッキリしてだんだん機嫌が回復してくる。
「…じゃあ、二カ月に一回は?」
「三か月に一回なら良いですよ」
「……はぁ。分かった。なら、俺達の共同研究は三か月に一回ということで。日取りはまた改めて手紙で伝える。…いいか、もうお前は、赤の他人ではなく、エリザベスを取り戻す会の会員なんだ。自覚をもって行動してくれよ?」
「何の自覚ですかそれは⁉」
「だから、エリザベスを取り戻す会の会員の――」
「それが意味不明なんですって‼」
エリザベスを取り戻す会?ナニソレオイシイノ案件だ。
というか、多分この兄が会長のエリザベスちゃん絡みの会なんて、入りたくない。
絶対にKY発言しまくるだろうし、エリザベスちゃんのこととなるとブラックになるだろうから。
「はぁ………。まあ、共同研究(?)はそういうことで。はい、纏まりましたね。いい加減帰って下さいお兄様」
「…帰る家、ここなんだけどな」
その数分後、かなり寂しそうな背中を見せながら、兄は自室へと帰って行った。




