21.魔道具店アイリスの魔導書グルメ
「じゃじゃーん!さてさてお次は、今話題の魔道具店『アイリス』で~す‼おやおやアレクくん、もうそわそわしていますが大丈夫ですか?」
「ほんと煩い…」
アレクは煩わしそうに耳を塞いだ。しかしアイスブルーの瞳は、落ち着きなく魔道具店の中を探っている。
素直じゃないなあと思いつつ、木製の自動ドア(魔法ver.)を抜け入店した。
その瞬間に、空気が変わったのが肌で分かった。
中はカンテラの灯で照らされており、薄暗くも何か神秘的な雰囲気だった。
店内は全て木材で造られているため、落ち着いていながらもミステリアスな得体の知れなさを醸し出している。
陳列棚には紫色のポーションや鎖で巻かれた魔導書などが置いてあった。
更に別のコーナーには装飾が施された様々な杖があったり、魔物の素材なんかもあって。
ここへはアレクのために来たけれど、何ならアレクよりも私の方がはしゃいでしまいそうな品々を見て、二度目のテンションMAXタイムに突入した。
(ほわあぁぁあ…!凄い…ちょっと埃被ってる感じが、なんかすっごくそれっぽい…‼)
私達はすぐに解散し、それぞれの見たいものを見てまわることになった。
集合時間まではまだまだあるので、たっぷりじっくり見て回ろう、と密かに息巻いた。
陳列棚は、カウンターとドア以外の壁全てにひっついている。
また、内側のスペースには、等間隔に四つの陳列棚が設置されており、そのため五個のコーナーが出来ていた。
(「ポーションコーナー」に「魔導書コーナー」、「魔物素材コーナー」に「杖コーナー」…。あとは「魔法効果付き防具コーナー」か…!流石異世界!廚二病ゴコロ分かってるぅ)
ひとまず杖コーナーを見て回ることにした私は、棚に立てかけてある『杖の取扱について』という注意書きの紙を発見した。
♢杖の取扱について
杖の効果は、主に魔法の威力を高めるものですが、ここには様々な特殊効果付きの杖が置いてあります。危険ですので、必ず杖の説明書をお読みください。
私は、棚に並ぶ杖達に目を向けながら、徐々に目を見開いていった。
(そっか…!なるほど、杖は必須じゃなくて補助的な役割なんだ!それにしても、特殊効果付きって……)
氷の洞窟を凝縮したような杖に、燃え盛る炎のような杖。
蛇が巻き付いたような杖に、神秘的な森林のような杖。
他にも、深海を思わせる杖や、闇をイメージさせる真っ黒な杖などもあった。
素敵過ぎて、時間も忘れて食い入るようにそれらを見た。
誰々に似合いそうだとか、そういうのが浮かんでは消えて行く。それだけでも十分に楽しかったけれど、ふと…、どの杖の隣にも、私が並ぶ未来が視えないことに気が付いた。
(こんなに素敵なのに……どれにも見合ってないってことなのかなぁ……)
ふと隣に気配を感じ、そちらを見てみると、すぐ近くにアレクの真剣な横顔があった。
視線の先には、紫から青、そして水色へとグラデーションになっているクリスタルがついており、そのまわりを氷が彩っている、まさしくアレクにぴったりの杖が。
「…」
欲しいの?と気軽に声をかけられないほど、アレクは杖に夢中だった。
見惚れているという方が近いかもしれない。
(…そっとしておいてあげよう)
くすっと笑うと、私は静かにアレクの傍から離れた。
(さて、次は魔導書コーナーにでも行こうかな)
杖コーナーの隣に位置する魔導書コーナー。
天井からぶら下がる看板には“the magic book”と書いてある。
魔法というだけでワクワクするというのに、魔法の本まで。
うちにあるのも読んだけれど、やっぱりまだ現実感がなくて、お目に掛かる度にすいーっと引き寄せられてしまうのだ。
(いろんな魔導書が置いてあるけど、やっぱり魔法の使い方に関するやつが大半だなあ)
年季が入っていそうな、いかにもそれっぽい背表紙。
茶色の革表紙が色褪せていてそこそこの厚みがある本を試しに手に取ると、埃が少し舞ったあと、ふんわりと古書独特の香りが漂ってくる。
ぺらり、と本を捲ると、ざらざらした紙の手触りが伝わってくる。
そしてその紙に描かれた、芸術的で思わず見惚れてしまうような魔法陣の数々。
特別な魔法が施されてあるのか、その本から浮かび上がり、光を放ちながら目の前でくるくると回り始める。
(こういうのを見ると、『やっぱり私、異世界に来たんだなぁ』って気になる…なんか、いいな)
しかし、魔導書は腐るほど我が家にあるのだ。
節約の鬼だった私からすると、浪費はしにくい。
やむを得ず本棚に戻し、他の魔導書を見ることにする。
(『いたずらのための魔導書』『回復魔法全集』『奇妙な魔法一覧』……)
背表紙を視線でなぞる中、ある一つの魔導書を見つけた。
「……『美味しい魔法料理の作り方』?」
魔法料理というワードに、私の目が肉食獣のように爛々と輝く。
魔法料理と言えば。
異世界転生をしてしまった主人公が持つ料理系スキル。
勇者枠から追放されたり、聖女は二人も要らないといって追放されたりした主人公だが、実は物凄い効果を持つ異世界メシを作ることが出来てしまい、何故かキラキラピカピカの要人様達から注目されてしまう…。
そういう展開ありきの能力ではないのか?
(少なくともこんな安価提供されて良いものじゃないのでは)
ジト目で本を眺める私に何を思ったのか、店長さんが店の奥から出てきた。
サンタクロースのような体格と髭をしながらも、大魔法使いのようなボロボロのローブと魔女の帽子を着たお爺さん店主だ。
「そこの娘さん。何をお求めかな?」
「具体的に何、とは決めていないのですが…。あの、この本って…」
「どれどれ……?あぁ、魔法料理の本かい?その本はずっと売れ残っていてねぇ…」
「え?売れ残っているんですか?」
こんなに夢の詰まったネーミングと内容なのに……と愕然としていると、私の反応に驚いたように眉を上げたお爺さんは、「おや、知らんのかね?」と言った。
「何をですか?」
「魔法料理を作れる人が極端に少ないのじゃよ。そのせいでニーズが無くてのぅ…」
「……では、この本を書いた人もそれを分かった上で置いているんですか?」
「いいや?これは言い値で買い取ったものでな。なんでも百年前にニッポンという国から来たと言う女性のものらしい。しかしその女性の作る魔法料理が絶品な上に効果もあるものだから噂になってなぁ。果てには国王陛下の胃袋まで掴んで王妃様となったらしいが…。そんなわけで、記念にと王妃様が下さったのじゃよ」
…と、いうことは、だ。
百年前にこの世界に転生してきた少女が、特別な料理スキルを持ちキラキラ国王様を籠絡して寵愛を得るという王道でお決まりでベタでありながらも最高なルートで王妃様になるという、何ともラノベらしいラノベ展開が繰り広げられていたということだろう。
全く、私もその風景をニヤニヤしながら眺めたかった。
「店長さん。教えて下さい。お二人がイチャイチャする記録が残された書物は何処ですか」
真顔&早口で言ったのが功を奏したのか、空気が変わった私にお爺さんは軽く引きながらも「それなら……」とありそうな書店を教えてくれた。
早速帰りに買って帰ろうと企むが、しっかり悪い笑顔は隠して、ありがとうございますと天使の笑顔でお礼を言っておいた。
あと、情報料代わりに良いお値段のする例の本を買い取ったところ、王妃様に失礼ではと思うほど涙を流して喜んでくれた。
何はともあれ。
良い感じの恋愛小説を仕入れる目途が立った私は、本を胸に抱きながら上機嫌で店を出た。
ちなみに、店長さんは、私を健気にも待っていてくれるアレク達のことを考えて私に声を掛けたらしく……、意外と夢中になり過ぎていて恥ずかしかった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
私とレオのための市場に、ライラとぷよ丸のためのカフェ。
アレクのための魔道具店と、全員の要望を叶え、私達は日暮れの街を歩いていた。
あとは、少し離れたところに置いてもらっている馬車で、それぞれの家に帰るだけ。
顔を出す夕日のオレンジ色が急に寂しい色に思えてくる。
全員と並んで歩いていた私は、さり気なく背中の後ろに手を組んだ。
そして、たたっとみんなより三歩くらい進み出るとくるりと振り返り、はにかみながらこう言った。
「楽しかったね!次もまたみんなで来たいな」
「そうね。その、わたくしも…、たたっ、楽しかった、わ……」
「……ま、また来てもいいくらいにはね」
『サイダーまたのみたい~』
「ボクも…!」
微妙な表情の人は一人もいない。
みんな、精一杯遊びきったあとのような、晴れやかな表情をしていた。
きっと私も、彼ら彼女らのように、晴れやかで少し疲れたような表情をしていることだろう。
たったそれだけの会話をしただけなのに、歩く速度というのは意外なほど速くて、私達は気付けば馬車の前に到着していた。
「みんな、またね!ばいばい!」
「ん。またね」
「……ええ、また」
ライラは、隠し切れていない渋々感で私の服の袖から指をそっと外す。
ずっと熱があった場所に、外気が触れた。
そしてその熱を振り切るように、しかし若干後ろ髪をひかれるようにして、私もまた馬車に乗り込むのだった。




