【閑話3】ぷよ丸事件と+α(使用人視点)
今日もミラの森にやってきたアレクシス様と我々使用人。
我が主、アレクシス様は、今か今かと、何度も何度も片目だけ薄っすらと開きまた閉じるということを繰り返しながら、彼のご令嬢が来るのをずっと待っていた。
見るからにソワソワしている微笑ましい姿に、女性使用人は鼻血を出して倒れた者もいたぐらいだった。
アレクシス様は全く気付いておられないが、アレクシス様は、ほぼ断言しても良いほどエリザベス様のことを意識している。
ただ、まだ「気になる子」くらいの感覚で、「恋愛感情」にはぎりぎり届いていないのではないか、というのが我々の見立てだった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
使用人が三人倒れた頃、ようやくエリザベス様が姿を現した。…全力疾走しながら。
息を乱しながら「ぎりぎりセーフ」と言っているエリザベス様だが、アレクシス様も私達使用人も、恐らくあちら側の使用人も、全員が(((いや令嬢としてはアウトです)))と声をそろえて言っていたに違いない。折角整えて貰ったであろう髪も、ところどころほつれてしまっている。
……しかしここで、美少女マジックと言っても良いような奇跡が起きた。
何と、そのほつれた髪が、弱冠九歳であるにも拘わらず、ふわりとした色気と愛らしさを醸し出していたのだ。
アレクシス様も驚かれたようで、恐らくご自身が赤面しないためにエリザベス様の御髪を直していらした。
それからお二人は、茂みに隠れていたスライムに夢中になり始めた。主に夢中になっていたのはエリザベス様の方だったが。
普段は、大人びていると褒められるアレクシス様をも超える大人さで楽しそうにアレクシス様を翻弄なさっているエリザベス様だが、何というか、別人かと思うくらいに子供らしかった。
スライムを「ぷよ丸」と呼び、太陽や星や宝石よりもずっとずっと目を爛々と輝かせていた。
ただでさえ大きな目を更に大きく見開き、頬はどのような時よりも紅潮させて、ただひたすらに興奮なさっていた。
興味津々という言葉がぴったりなエリザベス様はとても可愛らしく、女性使用人も男性使用人も、可愛さに耐えきれず悶絶していたほどだ。
さらに、「ぷよ丸」と呼ばれるスライムと会話できるようアレクシス様が取り計らわれた際には、顔面崩壊させていた。うっとりと、まるで恋人に向けるような、甘く蕩けた表情をされていて。
たまに「ぷよ丸」に触れようとしては触れられなかったり、アレクシス様に「同士⁉」と言って詰め寄ったり、「可愛さで殺そうとしているな?」と過ぎた可愛さで殺されかけたり(?)と、わんぱく…というか、面白くクスッと笑ってしまうような言動をとられることもあったが、それもそれで、私達とアレクシス様の好感度を上げるだけ上げる結果になっていた気がした。
また、お二人は今日も、魔法やぷよ丸様と無邪気な笑顔で戯れられた。
エリザベス様が「見てみて!新しい魔法覚えたよ!」と言ったり、エリザベス様の言動にアレクシス様が照れたり、時にはアレクシス様とぷよ丸様がエリザベス様の後ろで静かに火花を散らしていたり…。
貴族とは思えないような、あたたかい時間が流れていた。
たっぷり遊び尽くし、へとへとになって二人で笑い合われて…。使用人の誰もが、今日はこれで解散となるだろうと思っていたに違いない。
しかし、アレクシス様は予想を良い意味で裏切って下さった。
こう仰ったのだ。
「…そんなに街に行きたいなら、連れて行ってあげようか」
……と。
一瞬、時間が止まったかのように感じられたが、その後で使用人サイドからはわっと歓声が上がった。
特に女性陣は、「アレクシス様はもう十分ご立派に女性をお誘いできるようになられていたのですね…‼」と感動に打ち震えていた。
確かに、アレクシス様を臆病だと思ってはいなかったが、まだ子供だから積極的なアプローチは出来ないのでは……と思っていたことは確かだ。これは主君への認識を改めなければ、失礼なことをした、と思わされた。
しかし次に大切なのは、エリザベス様からの返事だ。
我ら使用人も、固唾を飲んで見守った。そして遂に、返事が聴こえてきた。
「あ、それならさ、私がアレクを連れて行っても良い?行きたいお店があったんだよねー」
そう言われた瞬間、時は止まった。
(((……ん?)))
「実は前から誘おうと思ってたんだ。あっ、あと嫌じゃなければだけど、ぷよ丸と、私の友達と、私の弟も連れて行っていい?絶対みんなで行ったら楽しいだろうなって、ずーっと前から考えてたの‼」
満面の笑みが、目に染みた。
(つまり…。エリザベス様は元からアレクシス様を誘おうと思っていて、折角だからと…?……いや、誘おうと思われていたこと自体は非常に喜ばしいことなのだが、少しニュアンスが違う気が……)
今のままでは、記念すべき初デートが、友達とのショッピングに変わってしまうのでは…と。
折角アレクシス様が勇気を出してお誘いなさったのに…と。
使用人達の心の中は、複雑な気持ちで一杯であった。
(((アレクシス様…‼)))
そうして全使用人がアレクシス様に注目する。
同じように呆けていたアレクシス様だが、眩い純粋無垢な満面の笑みに眉を下げて笑い、そして…
「仕方ないね」
と甘く苦く微笑まれた。
これには、アレクシス様サイドの全使用人のハートが撃ち抜かれてしまった。
何という漢気、そして何という懐の深さ、と…。
見てみれば、あちらの使用人もこちらと同じような状況だった。
「よし!あ、えっとね、私の友達、ライラ・アシュリー公爵令嬢なんだけど、聞いてよ~、ライラってば、すっごくツンデレで!」
「つんでれ?」
「いつもはツンツンしてるけどたまにデレデレする人のこと。きつめの口調だから勘違いされやすいんだけど、とっても可愛くていい子だから安心してね?」
「ふぅん…。じゃあリズの弟は?」
「え?知らないの?天使だよ?」
「……一応聞くけど、天使って?」
「……?天上に住まう神様の使いだよ?可愛くて優しくておまけに姉想いの、滅茶苦茶キューティクルな天使だよ?私の心臓だよ?」
「………そ。目に入れても痛くない?」
「勿論。それどころか視力が回復するかもしれない」
「なにそれ」
…我々使用人は今日新たに、三つ分かったことがある。
一つ、エリザベス様は面白い方だということ。
二つ、エリザベス様は弟君を溺愛しているということ。
「ま、じゃあ…、その子とも仲良くならなきゃ…ね」
三つ、アレクシス様が、非常に漢前だということ。




