02.エンジョイ勢の血が騒ぐ
「う、う~ん……」
…あれ?私、頭打った…?ガンガンするんだけど…おえっ、なにこれ気持ち悪…っ。
楽になった瞬間襲い掛かって来た、先程の灼熱の痛みとはまた違う種類の苦痛。
倦怠感と強烈な頭痛に、思わず顔を顰めて寝返りを打つ。
何故こうなったのか思い出そうにも、記憶が『二つ』あって訳が分からない。
少女の私と、二十二歳の私。
人格的には二十二歳の私がそのまま入っているような感じなのだけれど、如何せん、美少女の記憶もあるのだから不思議だ。
それらは混じることなく、ただそこにある。一つ言えるのは、美少女の記憶はただの記録みたいなもので、二十二歳の私の記憶には感情が伴っている、ということだった。
二十二歳の私の人生は、まわりの人と和気藹々、とても面白おかしくやってきたつもりだ。そして実際、やれていたと思う。
しかし少女の私の記憶の中は、私がやったと思うとあまりに醜悪な行為ばかりで溢れていた。
この少女は貴族で、類稀な美貌と地位、更に無駄に余りある才能を惜しげもなく使い、日々使用人虐めに精を出していたみたいだ。
記録越しにも伝わってくる愉悦に、今でも少し驚いてしまう。
だがまあ、こんなに歪んだ人格形成がされたということは、それなりの過去があるということで。案の定、この少女は劣悪な環境で育っていた。
まず、両親がお互い以外に関心がない…のかな?
結論から言うと、両親はどちらもドS且つ多分危ない性癖がある。所謂ヤンデレで、お互いのことを愛し合ってはいるのだろうけれど、その愛の表現方法が独特な上、お互いだけを愛し合っているため我が子にも目が行っていないように見える。怖い。
しかし、当然その様子は少女から見ると、何というか、少しギスギスした怖い関係に見えるわけで。
そうすると当然、不仲な夫婦の間に生まれた“私”という少女も、愛されることは無いだろうと思っていたらしい。
「いやどんだけややこしいのよ…」
また、当然ギスギスしている屋敷内の空気が良いはずもなく。
使用人達は疲れ切り、死んだような空気が漂っていて。その二人の娘であるこの少女にも似たような対応だったことを覚えている。
というか、もしかすると、この少女への方が怯えていたかもしれない。二人は虐めなどしないのに対し、この少女はしていたのだから。
あれだろうな、悪役令嬢の定番設定。
遊び盛りなのに、誰も構ってくれず、寂しくなった。
そんな時、使用人を虐めたり、我が儘で周りを困らせたりすることで、嫌でも自分に注目するようにして…、それがエスカレートしていき、道徳心の欠片もないような、極悪非道と呼ばれるような人格になってしまうのだろう。
(うーむ……。ひとまず起きるか…)
ようやく収まった頭痛に安堵の溜息をこぼすと、ゆっくり起き上がる。
瞼を開くと、そこには、「うっ」と呻いてせっかく開いた目を閉じてしまうような、豪奢な空間が広がっていた。
The・貴族の邸宅という風貌で、深紅の壁紙に金色の装飾が惜しげもなく施されている。
ただ…、これが私室なのは、正直言って辛い。
だって、寝起きの目に優しくない。もうこれは最早凶器の域だ。
それに、私室は寛げる場所であるべきなのに、これでは全く以て寛げない。
それはあまりにもナンセンスだ。
(ま、これって「悪役令嬢に転生しちゃった!」系だろうから…、本物のこの子には悪いけど、これからは好き勝手させてもらおうかな)
いずれはしっかり、奪ってしまったこの子を何等かの形で取り戻すと密かに誓い、ベッドから降りる。
ベッドがキングサイズでしかも寝心地が最高だというのは、思わぬ転生特典ってところだろうか。
(…あれ?そういえばこの世界って、剣と魔法の世界…なのか⁉あ、そういえばこの子、記憶の中で不思議な力を使って羽ペンふよふよ浮かせたりしてたような…?ま、マジ⁉つまり…、ホントのホントに異世界転生しちゃった系女子なのでありますか⁉⁉)
私は、異世界というものに強い憧れがあった。それも、弟好きと同じくらい。
(だって、異世界よ異世界‼全人類の憧れ!しかも、さらっと流しちゃったけど転生したんだよね、私!じゃあ…もし、もしもここが、夢の詰まった異世界だとしたら…?)
異世界といえば?
例えば、剣や魔法。例えば、エルフやドワーフ、獣人。
冒険者ギルドや商業ギルド、ダンジョンなんかもあるかもしれない。
異世界特有の食べ物に飲み物、服や街並み、世界観だって。どれひとつとっても、私にとって、この世界にある全てが宝物になるに違いない。
(うっひゃ~っ!や~ったやった!異世界だ!も~ホントに来ちゃったよ~異世界!)
何か大事なことを失念している気もするが、それどころじゃない。
悪役令嬢だったら破滅フラグ折らなきゃとか、この少女のビジュアルが『こーらぶ』の悪役令嬢に似ているからほぼ確実だとか、本当にそれどころじゃないのだ。
だって、念願の異世界トリップ!しかも永久保証付き!
誕生日にこれを貰ったら、くれた人に対して命を捧げてもいいほどのプレゼントである。
元の世界に残して来た人達は心配だが、ノットネガティブ、イエスポジティブ。
旅行に来たなら、一生この世界をエンジョイしてもいいはずだ。
なぜなら、私はれっきとした“エンジョイ勢”なのだから!
(え~っ!え~~っ‼もー、どうしよ!どれから目指す?剣や魔法の上達で目指せチート?亜人種見学?それか、貴族令嬢だけど、お忍びでギルド登録しちゃったり?ダンジョン探索とかしちゃったりしてもいいんじゃない⁉コンセプトカフェにあるようなビール飲んだり、アニメに出てくるあの美味しそうな骨付き肉とか食べれたりするかな⁉や~んっ、夢が膨らむぅ!)
すっかり脳内ハイテンションになっていた私は、コンコンコン、と控えめに鳴らされたノックの音にハッとする。
「…ど、どうぞ~」
咄嗟に記憶を辿れず、仕方なく柔らかめの声で返事をする。
すると、ごくり…と明らかに覚悟を決めたような音のあとに、静かにドアが開いた。