【閑話2】白熱のアシュリー公爵家緊急会議
「…これより、アシュリー公爵家緊急会議を始める」
アシュリー公爵家の執事長であるヴィクターが威厳のある声を発すると、一同に会した公爵家の使用人達がヴィクターを見つめた。
「今日の議題は、先日のライラお嬢様のお友達訪問事件についてです」
家の中で次に発言力が強い侍女長の凛とした声が響き渡る。
使用人控室のはずの部屋が、まるで謁見の間か何かかのような荘厳な雰囲気に包まれ、新米使用人はこれから何が始まるのかと一様に身構えた。
「発言しても宜しいでしょうか」
そこで、使用人の中でも一目置かれている、ライラの専属侍女・マリーが声をあげた。
「許可します」
侍女長がそう言うと、マリーは、大真面目に言い放った。
「……やはり…、やはり‼ライラお嬢様を存分に愛でるべきではないでしょうか⁉私達は、自分の都合しか考えられていませんでした…っ!エミリーお嬢様もライラお嬢様も、どちらも同じくらい大切だというのは共通認識のはず‼ですが…、ですがやはり、ライラお嬢様がこの家を継ぐからといって、甘やかさないというのは、かえってライラお嬢様の自信を削ぐことになってしまいます‼‼」
そう豪語するマリーに驚いたのは、極々一部の新米使用人だけ。
他の使用人は皆、同意というように頷いていた。
「そうだそうだ!エミリーお嬢様もいいが、ライラお嬢様は気高く上品で我ら使用人を無碍に扱わずそれどころか大事にしてくださるまさに当主の器‼私は孤児でありながらも拾って頂きここまで面倒を見て頂いた…‼ライラお嬢様が勘違いしてしまうぐらいならば、もうあのような法など撤廃すべきでは⁉」
ライラ過激派のコックが声を上げれば、
「そうですね。当初はライラお嬢様が素晴らしい人格者に育っているのを見て、全員の意見を確かめわざと甘やかさない方針でしたが…!このライラお嬢様過激派!もうこの溢れ出てくるライラお嬢様への愛を出さずにいられる自信が無かったのです‼ぜひともその案を可決し、新しい法『エミリーお嬢様並びにライラお嬢様の欲しいものは全て与える』へ変更いたしましょう‼」
続々と他のライラ過激派も顔を出し始める。
「では!ライラお嬢様にまず、お近づきの印に猫を飼う権利を与えては⁉」
「何故猫なのです?」
「実は、ライラお嬢様は……。大の猫好きなのです‼」
本当に大真面目に議論を続ける先輩達に、一部の新米使用人達は目が点になっていた。
「それは…なんと…‼」
「私も見ました。ライラお嬢様が嬉しそうに『よしよし。良い子ね』と猫の頭を撫でながらこっそりと餌をやっているところを…」
「なるほど。ですがなぜお嬢様は猫を飼いたいと仰らなかったのでしょう?」
「お嬢様のことですから、エミリーお嬢様に遠慮したのではないかと思われます。こちら、ライラお嬢様がエミリーお嬢様に遠慮し諦めたと思われる品を纏めた資料にございます」
バン!と魔法でプロジェクターのように映し出された資料には、これでもかというほど細かく纏められていた。しっかり整理されているのに見るだけで分かる熱量が、この場の者達を圧倒する。
「おぉ…‼これは…‼」
「よくやったぞマリー‼」
「ライラお嬢様の専属侍女たる私に、抜け目など許されませんから。ではこちらをご覧ください。大まかに、アクセサリー類、習い事類、お菓子類、ぬいぐるみ類、その他と分けております。総合しますと二百四十六個となっており、これらから推測したお嬢様のお好みの物は、キラキラ系よりもふわふわ系が多いということが分かっています」
「キラキラ系よりもふわふわ系…!なるほど…、猫もふわふわ系に属しますね!」
「ええ。更に、お嬢様はお小遣いの範疇でしかお買い物なさりません。ですので、一気に残金が減ってしまい、尚且つ目立ちやすいアクセサリー類、特にジュエリー系は持っていないご様子。また、お菓子類とぬいぐるみ類がそれぞれ三割、合計六割ですので、お近づきの印にこれらも如何でしょう」
「流石だな。よし、では、急ぎお菓子類とぬいぐるみ類を準備するように。猫の件は、マリーがそれとなく聞き出してくれ。ジュエリーもだ」
「はっ」
「では、他にライラお嬢様に関することで何かある者は居るか」
ヴィクターがそう言うと、マリーと同じくライラの専属侍女であるレナの手が上がる。
「レナ」
「はい。私は、私達にこのような考えをもたらし、ライラお嬢様唯一のご友人となり、ライラお嬢様を癒してくださった…、レイナー公爵家のご息女であらせられるエリザベス様のような方を、“恩人”と言うのだと思うのです。あの方はまさに、アシュリー家の救世主といえるでしょう」
「……確かに、レナの言う通りですね。……それに」
「それに、何だ、マリー」
「………思い出してみてください。あの時のレイナー様の、酷く尊い笑顔を…‼恥じらいを隠し切れておらず、それでも悪戯っ子のように、小悪魔のように微笑んで!麗しのライラお嬢様の心を溶かしてしまったあの笑顔を‼」
「まさか、マリー、あなた…」
同僚の視線を受け、マリーは言った。
「昨日を以て、私マリーは……ライラお嬢様&エリザベス様…『ライエリ』カプを最推しと致しました‼」
この場にリズが居たならば「ふぁっ⁉推し⁉え、ここってそういう概念あるの⁉」と飛び回って喜びそうなことをマリーが断言すると、場がざわめく。
しかしヴィクターは咳払いを一つしてから「静粛に‼」と言いその場をおさめる。
「…しかしそれでは、百合…ということになるが」
「百合が何だと言うのです!愛の前では、性別など取るに足らぬものですよ」
「マリー、あなた……。…そうね。なら私も言うべきかしら」
レナがそう言うと、マリーは苦々しい笑みを浮かべる。
「実は私…、昨日、リズ様推しになってしまったの。だから、リズ様が結ばれたい方との恋愛を応援させて頂くわ」
静かな、けれど芯の通った真剣な声音に、その場の空気がガラリと変わる。
暫くの間続いた静寂を打ち破ったのは、先程のコックだった。
「……俺ぁ、リズ様もライラお嬢様もエミリーお嬢様も、全員まとめて箱推ししますよ」
その一声は、多様性を尊重する、確かな価値観と包容力を持っていた。
それに感化されたのか、続々と使用人達が己の推しを告白し始める。その勢いは雪崩のようだった。
「ちなみに私はライラお嬢様最推しです…‼」
「実は僕はずっと前からライラお嬢様とエミリーお嬢様のカプ推しで……」
「オレはエミリーお嬢様最推し!」
「いや、リズ様とエミリーお嬢様のカプだね!」
「いやいっそ箱推しして全員で《自主規制》する漫画を…」
「それもいいかもだけどまず甘酸っぱい恋愛漫画化して読みたい…」
『それだ』
最後に全員の意見がまとまり、この秘密の集会は解散と相成ったのであった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
その頃、被害者達は、ガゼボでお茶を飲んでいた。
「……うっ、なんかいや~な寒気が…」
「奇遇ね……。わたくしも薄ら寒い感じがするわ…」
「おねえさま、寒い~」
「………風邪かなぁ」
尚、どちらの集会も、お互いに知られることはなかった。