15.悪役令嬢と悪巧み
あれから、私とライラ様はリリーを着替えのため部屋に放り込むと、すぐに済みそうだし借りている部屋は一つだからという理由で立ちっぱなしで待っていた。
しかし立ちっぱなしで待たされるという経験がレア過ぎるからか、ライラ様がどことなくそわそわとしている。
「そういえばライラ様、あの時って何を考えてあんなに注目を集めていたんですか?」
「あの時…?ああ、わたくしが夜会でコールマン様と騒ぎを起こした時のこと?」
「そうです、それそれ」
ライラ様は、ふんと気丈に胸を張る。
「何って、そんなもの、決まってるでしょ?あの子をこのノブレス・オブリージュの化身であり誇り高きアシュリー公爵家の血を引くわたくしが――」
…その次の瞬間だった。コイツが、よりにもよって王宮内で爆弾を落としやがったのは。
「――虐待から解放するたmっ、もごもごもごもごっ⁉」
「シッ!シーッ‼ライラ様、ううんライラ‼」
もう敬称をつけるのも面倒臭くなったのでそう言うと、それには納得いかなかったようで折角の可愛い顔を怒りに染め上げライラは「はぁ⁉誰が敬称を外す許しなど与えて……」と言いつつ抵抗するが、結局はまた私に口を塞がれむぐむぐ状態になっていた。
「あのねぇ‼本当に君、教育受けてる⁉本当にあの、アシュリー公爵家のご令嬢なの⁉」
「むぐっ⁉むぐぐぐっ、むぐぐぐぐ…もごもごもご、もごもごもごっごーっ⁉」
(はあっ⁉何ですって⁉わたくしが…わたくしが、アシュリー家の不良品ですってーっ⁉)
「いやそこまでは言ってなくない⁉」
「むぐぐっ、むんぐむぐぐむぐぐぐぐぐぐっぐっぐ⁉」
(逆に貴女、なんで今の聞き取れてるのよ⁉)
磨けば光りそうなツッコミのセンスを感じる。
「話戻すけどさぁ。具体的にどーするつもりだったの?まさか、全部権力頼り?」
「むぐ……っ」
知っている。これは(うっ)とダメージを受けている声だ。前世で親友に猿轡をつけ軽く乙女ゲーム関連のことで尋問した際に聞いたことがある…。
「そういうことだろうと思った。はー。これだから、脳がない権力だけのお嬢様は」
「む…っ、むっきーっ‼むぐぐ、むぎぎぎぎぎ‼」
(む…っ、むっきーっ‼何ですって、もう一度言ってみなさい‼)
「ほら、そういう挑発に乗りやすいところもだよ」
私の言葉に、ライラがハッとしたような表情を見せる。この子、よりにもよって私みたいな同じかそれ以上の家格の、しかも同世代の娘に、こんなに付け入られそうな態度を示すなんて。代表格は、コロコロと変わる面白い顔芸だ。
「家庭教師は?」
「……むう、もごもごもごもご……。もごーごもごご!むーぐぐぐむぐぐぐぐぐぐぐむぐぐぐぐぐ‼」
(……まだ、つけられたばっかりよ。というか貴女!いい加減話しづらいからこの手を退かして‼)
「はいただいま。お・嬢・様♡」
私が厭味ったらしくウインクを飛ばすと、やっと解放されたライラは「貴女…っ!やったわねえぇぇぇええ⁉」と思いっきり恨みがましい視線を向けてくる。
まだ子供とはいえ、流石未来の悪役令嬢様。威圧感は抜群だ。
「…ああ、そうそう。ところでライラ、ライラは虐待が不名誉なことだって知ってる?」
「……虐待が?そんなに不名誉なことなの?以前街中で見かけた張り紙には、こういうものは誰かに相談し、その上で助けて貰うものだと書いていたわ。ならあの子も助ければ済む話でしょ?」
「それ庶民!一般庶民の話だから、ソレ‼あのね?ライラ、よく聞いてね」
「……」
眉を寄せてしっかり訝しむような表情をしているライラだが、一応聞いてはくれるみたいだ。
嫌いな相手(?)から諭されて意地になるガk…、子供も多いので、そこだけは少し心配だが。
「あのね。虐待は、身体的虐待と精神的虐待、つまり体と心どちらかを傷つけることを指すんだ。これは分かるでしょ?」
「そうね」
「そしてあの子は女性。つまり、あの子が身体的虐待を受けていることを大っぴらにするってことは、あの子の体に傷がある……、つまり、文字通りの『傷物』だと勘繰られることに繋がる」
「……え?いや、それは…。だったら、高位の治癒魔法師を呼べば済むわよね?」
治癒魔法を使える人が貴重である上、高位ときたら。
それは、コールマン子爵家には、とてもではないが抱えきれない量の借金を生み出すことと同義だ。
言った本人のライラもそのことに遅ればせながら気付き始めたのか、徐々に顔色が悪くなってくる。
何というか、目の前で顔を真っ青にされるのは私が虐めたようで、猫の額ぐらいは居心地が悪くなった。
「それに、虐待されているということはつまり、その家全体から蔑ろにされているってことなんだよ、ライラ。家から愛されない令嬢、しかも傷物の疑いアリ。ね?貴族では致命的な醜聞でしょ?」
「……なんてこと。そうだったわ…。貴族社会は、助け合いではなく蹴落とし合いの世界…」
「意外とバイオレンスなワードセンス‼いや99%合ってるんだけど!」
貴族社会は弱みを見せたら容赦なく付け込まれる、それはそれは恐ろしい世界。
公爵家も例外ではないが、貴族のお嬢様も蹴落とし合いとかいう言葉を学ぶ機会があるということの方に驚いた。
「それにしても、家で蔑ろにされるなんて…。そもそも虐待はどういうものなの?」
「え?うーん、色々な種類があるけど…。例えば、性的虐待、動物虐待…あとこれはベタ展開だけど、姉妹兄弟格差、まあ言ってしまえば依怙贔屓があるとか?」
ついつい前世のラノベでよく見た『妹に婚約者を奪われて追放された令嬢』系を思い出してしまう。
そういえば死ぬ前は悪役令嬢系や婚約破棄系が大流行していたな、ああそういえばあのラノベの続き見損ねたなどと、珍しくもふわ~っと前世に意識を飛ばす。
…そのときだった。ライラの蕾のような唇が動いたのは。
(…『依怙贔屓なんて、貴族社会では当たり前じゃない』…?…え、そうなの?)
一時期漫画に影響され極めた読唇術で呟きを読み取る。
確かに跡継ぎの長男と、家督を継げない次男、三男などの教育は違うだろうけれど、そんなありきたりな舞台設定なのだろうかと思う。
転生してみて感じたが、ゲーム出演陣はともかく、普通のご家庭はそんなに荒れていないのでは――
(って、多分がっつり出演してるわライラ)
ゲームは未プレイなため分からないが、それでも私の女の勘が告げている。これはクロだと。
(あ、そういえばありがちだったよね。悪役令嬢堕ちした理由がまわりの環境のせい的な?甘やかされ放題方向もあるけど、ライラの反応的にこ~れは…)
「…な、なによ?そんなにじろじろ見るなんて、不躾ね」
その幼くも緊張した声に、ハッと我に返る。
「いやぁ、ごめんごめん。別嬪さんだったから」
「べ…っ⁉ほ、ほほほ、褒めても何にも出ないわよ⁉」
「出そうだなぁ~そしてついでにチョロそうだなぁ~」
「⁉だ…、誰がチョロいですってー⁉」
「あ、やばっ」
ギリギリと拳をきつく握り怒りをあらわにするライラだが、その実おふざけと分かっているからかどこか楽しそうでもあった。
「…ねえ、ライラ?」
にやついて上がる口角のまま話しかけると、ライラは訝し気に眉を顰めた。
「…な、なによ…?」
「ちなみに…私達、友達ってことで良いよね?」
そう悪巧み中の笑顔を浮かべると、ライラはひくついた笑顔で応えてくれた。