130.探偵と愉快犯
いつもより少し早い、朝の学園。
まだ空気もひんやりとしていて肌寒く、朝特有の瑞々しい香りが鼻を擽った。
ハーフアップを顔の左側で結った髪(正式名称は知らん)を、ついつい弄る。髪をまとめている黒色の髪飾りが指に触れると、ほんの少しだけ、気分が和らいだ。
そして私は、翼もレオも隣にいない状態で登校した。
始業時間は一時間後なので、生徒は全く見当たらない。
ずんずんと冷えた廊下を進んでいくと、教室が目に入った。そして、速度を落とすことなく、教室に入る。……そこには、一人の男子生徒が居た。
「!…随分と早かったね、おはようリズ」
珍しく、驚きに目を瞠る、フレデリック殿下。
その隙を見逃さず、私は、いっそ清々しいほどわざとらしく微笑んだ。
「おはようございます、殿下。ところで、今少しお時間よろしいでしょうか?急用が出来まして」
「……!」
殿下は、ちょっと驚いたあと、くすりと笑った。
「勿論いいよ。……でも、いいのかな?もしかすると、独占欲の強い、かわいいかわいい誰かさんに、勘違いされてしまうかもしれないよ」
そう言うと、殿下はちょっと視線を上にやる。
その視線は、確実に髪飾りを捉えていた。……しかも、『かわいいかわいい』とは。しっかり人物まで特定されてしまっている。
その事実に奥歯を噛みしめながら、私は殿下を連れて、カフェテリアへと向かった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
申し訳程度に、紅茶を注文する。
それから、私と殿下は、個室&防音機能の付いた部屋で向き合った。
「それで、今日はどうしたのかな。まさか、実の弟に懐かれ過ぎて困っている、なんて相談じゃないだろうけれど」
「ふふ。ご冗談がお好きですね。私がレオに懐かれ過ぎて困ることなど、世界全土が常時爆発し欠片も残らなくなったとしてもあり得ませんよ?」
「……。そうか」
何やら間が空いていたが。
大人なので、ぐっとそれは呑み込み、代わりに話を切り出した。
「ですが、そうですね。ご多忙な殿下の時間を、無暗に取るわけにもいきませんし、単刀直入に、いいですか?」
「単刀直入に?勿論、大歓迎だよ」
少しばかり、ウキウキしているように見える殿下。
そんな殿下を前に、私は、聞きたくても聞けなかったことを訊く。
「殿下。ずばり、殿下の目的は何ですか?殿下は、玉座に就いて、何をされたいのですか?」
「……本当に直球だね?」
「はい、申し上げた通りです」
話を逸らされないように、じっと見つめる。
すると、殿下もじっと見つめ返してきた。
ここに観客AやBが居たなら「キャーッ!色恋沙汰⁉」「そんな私達のフレデリック殿下が!」とかの野次が煩かっただろうが、生憎今は、空気の読める殿下と一緒。
当然、色恋沙汰のあま~い雰囲気ではなく。
例えば、そう、戦士が互いの気を読み合うような、そんな雰囲気が広がっていた。
そんな中、殿下は再び口を開いた。
「レオナード君のおかげなんだね。昨日までの君なら、確実に訊いてこなかっただろうし」
「……。話を逸らさないで下さいね」
「ふふ、そうピリピリしないで、リズ。でも、君への答えなら決まっているよ」
「私への……答え?」
「そう」と静かに言うと、殿下は、絶望的な一言を放った。
「君が、私の狙いを当てるんだ。訊かれたことには答えるし、ヒントも出来るだけは出すよ。でもそれじゃ、いつかの約束が叶わなくなるだろう?だから、最終的には君が当てるしかないよ、リズ」
……。
何か、物凄く格好いい風に言っているが、つまり、つまりだ。
ヒントは出してやるが、最終的には自分で答えを見つけて見せろよ、と挑発されている……。
「……」
「さ、丁度いい機会だね。今の君の考えを、私に聞かせてくれないかな」
それはまるで、探偵に謎解きを挑む愉快犯のようだった。




