129.休息のひととき
私とレオは、ただただ横に並んで、じんわりとした暖炉からのぬくもりを浴びていた。
私は、ぼうっと暖炉の揺れる火を眺めている。レオの方は、あまり見れなかった。情けなくて不甲斐ない今の自分を、見せたくなかったからだろう。
……恐らくもう、レオには気付かれているというのに。
「ね~さま」
それだけ言うと、レオはぽんぽんと頭を撫でてきた。
「……いきなりどうしたの?レオ。後ろにいる侍女達が怖い顔してるよ?」
「え~?でもボク、今の姉様をほっとく方がダメだと思うから」
レオがそう言うと、侍女達は引き下がる……わけもなく、特にラピスとアンナがより一層キッと睨んできた。レオは、「ちぇ」とぶすくれて、手を下ろした。
「それで姉様、何かあったの?いや、あったよね?」
「んー。まあね」
「アイツ?」
「アイツって?」
「……あ~、やっぱりなんかあったんだ、ヴィンセント殿下と」
ジトリとした目で言われて、「ごめんごめん」と軽く謝った。
「まあ、ちょっとはあったけど。たいしたことじゃないよ」
「喧嘩みたいな状況になったのに?いや、喧嘩っていうよりは……政治の取引?」
「……知ってるの?」
私は、ちょっと目を見開いて驚いた。
レオは、「うん。影に探らせてて」と言った。
「はえー。そういうのって、案外簡単に情報が抜かれるものなんだ……」
「それで、姉様。殿下と喧嘩みたいになっちゃって、落ち込んでるの?」
しれっと話題を変えようとした私を、強い視線で捉えて来る。
どうやら、誤魔化されてはくれないようだ。
「……そうだね。交渉が一番近いけど」
「へ~。あの姉様狂いがねぇ……。それだけ追い詰められてるってことなのかな?」
「多分……」
「そして、姉様が選ばなかったからちょっとギスギスしたの?何それ姉様が一ミリも悪くない」
「あはは、一ミリも?」
「そもそも。姉様があの場で決めることはできなかったし、まず協力するって判断も難しかったし。つまり、アイツの自業自得。姉様が気に病むようなことなんてなーんにもない、はずだったのに……。……姉様の感情を利用して」
「……」
私は、眉を伏せた。
「……でも、十時間くれても選べなかったと思うし」
「こういう時だけ真面目だよね、姉様って」
「うぐっ……」
さっきからザクザク刺されまくっているからか、私は思わず胸を押さえた。
「でも、親友に甘いのが姉様だから。あっ、勿論ボクにはそれよりも数段甘いけど。……それで、話を戻すよ、姉様」
「うん……」
「姉様は、まずどうしたい?」
レオなりに、相談に乗ってくれるということなのだろう。
レオに頼るというのはちょっとだけ抵抗があったが、レオの厚意を無碍にはしたくない。私は、ちょっと考えただけですぐ受け入れた。
「私は……。また、いつもみたいにみんなで仲良く出来れば、それでいい。だから……」
「二人の肩を持ちたい?」
「……そう、なるかも。でも、二人の肩を持つなんてやっぱり、出来ないから」
「うーーーん……。ホントに?」
「ホントだよ」
「本当の本当に?」
「だから、本当だって」
レオが、何度も何度も訊ねて来る。
それに何度も応えていると、「でも……」とレオが言った。
「……二人を応援することは出来るかもしれないよね?」
「二人を…、応援?」
「だって、二人の目的を姉様は知ってるの?」
「それは……。……えっと、王太子に二人はなりたがってるけど」
「それは目的じゃなくて手段だと思うな。二人共、玉座にこだわるタイプに見える~?」
「え、見えない。そうだよね、多分、フレデリック殿下にも何か理由があって……」
私はうーんと考え込む。
それなら、目的は何なのだろうかと考えながら。
「確かに、レオの言う通り、目的がわかって、それが対立しないんなら、私はそこを応援出来るかも。でも、もしそれが、本当に玉座に就くことでしか成し得なかったら……」
「……その時は、中立派に居てもいいと思うよ、姉様。大丈夫、姉様にはボクが付いてる。ボクだけは、姉様と一緒に居られるから」
「おお、なんか急に可愛いこと言われてびっくりした」
「はあ⁉そこは普通『格好いい』こととかでしょ‼ねえ姉様、訂正して!」
「あーハイハイ、ごめんねレオ~」
「嘘!全然悪いと思ってない!」
むぅと膨れたレオに、ほっこりと癒される。
「……でも、ありがとう、レオ」
自然に言葉が口から出て来る。
「そうだよね、まずは、二人の口からしっかり目的を聞かないと。早とちりだった可能性もあるしね」
「そうそう。……ねっ、ボク役に立ったよね?だから姉様、ご褒美ちょーだいっ?てことで頭撫でて!」
「えー?それは……ダメかなあ」
私が渋ると、明らかにガッカリそうな顔をレオはした。
「えー⁉うーん…、じゃあ、ボクが贈ったものをいつでも付けて?それじゃダメ?」
「?それくらいなら」
「え⁉ホントに⁉やった、これで姉様の一部を独占出来る♪」
「はあっ……!弟の独占欲が可愛い……‼」
見悶えた。
そして私は、『独占…独占…独占…』と、その言葉を脳内で繰り返す。頬に手を当てながら。
「あ、あと、贈ったものの意味もちゃんと調べてね」
「えっ。そういうのって匂わせるものなんじゃ…というか一体何を贈ろうとして」
「あー、ボク眠くなってきちゃったからそろそろ寝るね?おやすみ、姉様♪」
「えっ⁉ちょっ、待っ…」
「それとも、姉様も一緒に寝る?」
私の中の天使が言った。
『それはすっごくマズイと思う!特に世間体的に!』
「……お、おやすみレオ!」
「えへへ、おやすみ~」
そうして、私の英断をもって、私とレオの休息のひとときは終わりを告げた。
ちなみに、(えへへってかわいいかよ)というところから発展した妄想で、ベッドに入ってから二時間は眠れなかった。




