13.きらきらしき社交界
私はアレクとのリベンジマッチに備え、魔法・魔法・魔法の日々を送っていた。
が、魔法だけやっているわけにもいかず、マナーやら勉強やらも大量に仕込まれていた。
異世界エンジョイ勢としては、乙女ゲームの世界でチートも十分に夢なので、魔法だけじゃなく、剣も拳もカッコよく振るえるよう訓練して、勉強やマナーも一流にし……、完璧な状態で高校生ぐらいになったら入る予定の学園で羨望の眼差しを受けたいので別にそれ自体は構わないのだが…。
(なぜ…っ!なぜ、マナーと勉強〈※正しくは教養〉のテストをしてきなさいと、あの愛憎渦巻く社交界に飛び込まなきゃならないんだ~っ‼しかも今日‼)
分かっている。公爵令嬢の私が出るのは必然。最早義務の域なのだと。
しかし…!しかしだ‼
このままでは、あの超怖い社交に、エンジョイのための時間がどんどん奪われていってしまう。
(どうする?仮病はいつまでも使える訳じゃないし……。やっぱり今日は出なきゃいけないのか…?)
「…あの、お嬢様?」
デビュタントの夜会用に髪型をセットしてくれているリリーが私に話しかける。
「……ねえ、リリー」
「は、はい!」
「………リリーって、影武者になれたりしない?」
「「お嬢様」」
思わず頷いてしまいそうになったリリーと、影武者を持ちかけた私に、ラピスとアンナの厳しい声が降り注ぐ。
そして「すっ…すみませぇん‼」と泣き声で謝るリリー。
対し、私は「だって~」とまだごねていた。
「『マナーと教養のせっかくの披露の機会よ~』……じゃないんだよ!デビュタント、やだ!社交会、コワイ‼ムリー‼‼」
「さ、リズお嬢様、出来ましたよー」
「ささ、こっち来ましょうねーリズお嬢様ー」
私の嘆きは見事に全スルーされ、若干棒読み気味の声で鏡の前に立たせられる。
そこには、夜会用の準備をばっちりと終えた少女がいた。顔色が悪くなければパーフェクトだ。
折角のラピスとアンナがリズお嬢様と呼んでくれている声もまるで入って来ない。
「うぅ……」
「メイクは落とさないでくださいね」
ラピスに暗に泣くなと言われ、私は黙って口を噤む。
「…ねえ、リリー。今日の私の扱い、なんか酷いと思わない?」
「え、えぇっと…。うーん、愛の鞭だと思います…よ?」
清純な苦笑いを浮かべるリリー。
「はーあ。行くのかぁ……。で?今日の私のエスコート役、確か、お兄様がしてくれるんだっけ」
「はい。そうでございます」
にっこりと良い笑顔を浮かべるアンナ。
私のお兄様は、いつも忙しいらしいので、転生してからは会ったことがない。
だが、知っていることはいくつかある。
国一番の研究者であり、あの我が儘娘であるエリザベスを溺愛しているとか、麗しの公爵家嫡男様として、令嬢の視線も掻っ攫っているとか、それぐらいは。
最も、使用人達も間違いはないと言っていたので、真実らしいが。
(我が儘娘のエリザベスを溺愛してたんなら、我が儘言ってくれる子が好きなのかな…うーん、私転生してきちゃったけどどうなんだろ…)
こんな感じなので、正直不安でしかなかった。
その時、コンコン、と控えめにノックされた。だが、この少し不安気なノックの仕方は…。
私は光も顔負けの速さで部屋のドアを開けると、「レオ~っ‼」と最愛の弟に抱きついた。
「わ、ちょっと、リズ姉様⁉」
「どうしたの?レオ。何かあった?」
あまりの勢いに、レオは片頬を引き攣らせながら「いや、姉様を見送ろうかなって…」と言ってくれる。
「夜会に行く私のために⁉嬉しい!ほんと、レオだけだよ、こんなに癒してくれるのは…」
「僕も行けたらよかったんだけど……ごめんね、姉様…」
「しょうがないよ。レオは何にも悪くないし」
そう言いつつも、もう既にこれからのことを考えて憂鬱になっている私は、弟のふわふわさらさらの髪を撫でまくり心の平穏を保つ。そして、十分なレオ成分を吸収したあと、渋々レオから離れた。
「……はぁ。じゃあお姉ちゃん、行ってくるね」
「うん!リズ姉様、行ってらっしゃい!帰ったらいろいろ聞かせてね」
「勿論。行ってきま~す…」
抜け殻になったのかと思うほど生気の宿らない瞳でそう応え、部屋から出る。
そうして、後ろ髪引かれる思いで馬車へ乗り込むのだった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
わー、ごーじゃすだなー……
……で?
というのが、私の見解だった。
まあ煌びやかで、宝飾品全てが光源なのではと思うほどきらきらしい場所(夜会会場とも言う)に通された私は、お兄様にエスコートされながら、うざったいぐらいの数々の視線を集めていた。
お兄様とは、馬車に乗り込んだときに挨拶をしたきり。
その挨拶も、「今日はお前のエスコートをするためだけにやってきた。その他は期待するな」という一言が付け足されたものだった。
つまり、ただ恥ずかしくないようにエスコートだけはしてやるが、他は何も構わない、好きにしろ、という意味だろう。
まあいっそ清々しくて好感が持てたけれど、あっちからの私の印象は端から最悪なようだ。
使用人達はああ言っていたけれど、エリザベスを溺愛していたなんて、所詮はデマだったらしい。
(もしかすると、兄様と幼い頃に会っていて、お得意の我が儘で傷つけちゃったのかも)
そうは思ったが、記憶がないものは仕方がないので黙って頷いておいた。そして現在に至る。
(うげぇ~…マジ無理なんだが…)
心の中でべっと舌を出して辟易しつつ、申し訳程度の微笑を浮かべながら王族への挨拶の列へと並ぶ。
そう、今回の夜会は王族主催のもの。目的は第一王子の婚約者探しらしい。
これまた王道な、と思ったが、口には出さなかった。
私達の順番がまわってくると、国王様と王妃様、それから第一王子の前へ進み出る。
形式的な挨拶をつらつらと発する。気分は呪文を唱える呪術師だ。
ちなみに、受け答えしているのは主に国王様。しかし今度は、王妃様が微笑を称えて参戦してくる。
「あなたの家庭教師のルーナから、あなたの優秀さはかねがね伺っているわ」
(!ルーナ…)
ルーナとは、魔法の家庭教師の名前だ。
いつも綺麗で優しく、飴と鞭の使い方をとてもよく分かっていらっしゃる方。
あのルーナのことだから、善意で私のことを王妃様に話したのだろうが…。
(出来れば言わないで欲しかったなー⁉)
「ほお、そうなのか。あのルーナが…」
国王様も少し驚いたようにおどけてみせる。私はそれに対し、無難な回答をした。
「勿体なきお言葉です」
そう言ってにっこりとアルカイックスマイルを披露すると、にこりと王妃様も微笑み返してくれる。
「あら、そう?聞くところによると、魔法が得意なエヴァンス公爵令息とライバル関係にあり、日々精進し合っているとか何とか…」
「はい。彼は素晴らしい人材です。しかし私などは足元にも及びませんよ」
頼むから目を付けないでくれ。
そういう願いを込めて、思いっきり謙遜するが、王妃様は「まあ」と穏やかに笑った。
「そんなに謙遜しなくてもいいのよ?彼がライバルと認めたあなたも、必然的に素晴らしい人材ということなのでしょうから。この国には優秀な人材が多くて…。本当に、将来が楽しみね」
「…勿体なき…お言葉です」
「ありがとう。下がって良いわ」
「失礼致します」
習った手順通りにカーテシーをして王族一家の元から離れる。…何事もなくて何よりだ。うんうん。
ああ、本当にちなみにだが、私に『~ですわ!おーっほっほっほっほ!』という感じの生粋の令嬢タイプは合わなかったので、家族会議の結果、高潔な騎士(正:清楚な令嬢)のイメージでいくことが決定した。口調も無論、普通の敬語だ。
それからは、お話という名の情報収集に明け暮れた。
家から課されたミッションがいくつかあったので、それだけはやらなければならなかったからだ。
(ってか、お母様、『達成出来なかったら?勿論、一週間レオと接触禁止の刑よ』ってサラッと言うなんて……‼そんなの、私にやる以外の選択肢無いじゃん‼この鬼畜‼)
今ここが自室なら、三人の侍女にそう零せたのに……と内心舌打ちする。やっぱり社交界は私の庭じゃないとしみじみ思う。
(それに、今日はアレクも来てないし…。はぁ…憂鬱だなぁ…)
そう思いつつ、タスクをこなし終えた私は人気のないバルコニーの方へ足を向ける。
その時だった。
「……ちょっと!何をしているの⁉」
甲高い金切声が聴こえてきたのは。