【閑話9】すべてはあくびから始まった
私はエリザベス・レイナー。
親しい人からはリズと呼ばれている、普通のハイスぺ貴族令嬢だ。
今は、学園にいて、授業の合間の休憩時間を謳歌している。いつも通り、親友達との会話を楽しみながら。
……しかし、そんな私でも、非常に困っていることがある。
それは――、”あくび”である。
”あくび”。
眠いときや疲れているときに出る生理現象であり、人類なら誰もが経験しただろうもの。
だが、貴族令嬢たるもの、あくびを人前では決して見せてはいけない。「ほわあ~っ……」と大きく口を開けようものなら、私の家庭教師がすっ飛んできて、家でみっちりしごかれるだろう。
ちなみに、私の家庭教師が厳しいのではなく、この世界ではそれが普通なのである。
――よって!
私は、眠気からくるあくびに耐えるのに必死だった。
しかし、その時は突然やってくる。
ふっ……と急に波に襲われる。
瞼が重くなり、「あ、くる」と感じた。
咄嗟に声も息も制限し、ぱっと口元を手で隠す。
そして……
「…ふわあぁぁぁ……っ」
とても、と~っても気持ちのいい、あくびをした。
(あぁ~幸せ~もう寝た~~~い……)
ちなみに私は昨夜、午前二時まで恋愛小説を読むために起きていた。
(ん~、それにしても、なんともいえない背徳感と脱力感……)
滅多に得られない至福を噛みしめる。
すると、「……ん?」というグレンの声が聞こえた。
「リズ、お前……」
「なに?」
「……泣いてる、のか?」
「…………へっ?」
小声で囁かれたはずの言葉。
しかし、なぜか、傍に居た親友達の耳や、それだけじゃない、クラスメイト達の耳も、一回りか二回りくらい大きくなったように見えた。
「え……?美南、なんで泣いて……」
「姉様、誰かにイヤなことされたの?誰?教えて、誰?」
(え?あ、そっか……貴族令嬢があくびするなんて、全然ないから、私が涙目で焦ってるのか!)
勘違いに気付く私。
それからの行動は素早かったと自分でも思う。
速攻、私は誤解を解こうと口を開く。
「え、いや違くて!これはその、なんていうか……」
(……うーん。聞き耳を立てられてるし、あくびっていうのも……。でも、誤解を解けない方が困る!)
一瞬の迷いが生じる。
けれどすぐに立て直し、「そ、そのね、これは実は、私のあく――」まで出た。
そう、そこまでは問題なく出たのだ。
しかし、その「び」から先は、瞳にハイライトがないヴィンセントとアレクに遮られてしまった。
「――リズが庇ってる?じゃあ、犯人は、僕らか家族の誰かだね。ヴィンセント殿下、心当たりは?」
「えー。なんでオレ?恋煩いでなら泣かせるかもしれないけど、オレがそれ以外でリズを泣かせるなんてあると思う?」
「それを言えば、全員対象外になるでしょ」
「……じゃあ、確実にここに居るんだ、美南を泣かせたクソ野郎が。……とりあえず、大人しく自首しよう?そうじゃないと、一人残らずぶっ飛ばすよ?」
「…ね~、それじゃ出てこないでしょ~?もっとこう、殺すよ♡って感じで可愛く言わないと。ねっ、姉様♪」
「……あ、あ……」
「大丈夫だよ、美南。誰か話せる?」
「酷でしょ。実際、口を割らないし」
「え、ええっとぉ……そのぉ……」
(………まさか、この涙目の原因があくびだなんて…言えない……ッ‼‼‼)
ただ、親友達が言い争っているのも見ていられない。
結果。私は、間でオロオロしていた。
無能である。
ちなみに、全てを看破しているフレデリック殿下は、終始おかしそうに笑っていた。本当に楽しそうだったというところが腹立たしいし、わかっていた上でこっちに丸投げしたところも腹立たしいので、私は最後、「私が99%悪い口喧嘩を、フレデリック殿下とした」ということで終結させた。
そして、殿下に非難轟々の面々を宥め……。
無事、この件は解決(?)したのであった。
めでたし、めでたし。




