128.そっか
「……そう、なんだ」
「うん、そうだよ」
ヴィンセントの赤い目が、私を捉えて離さない。
私は、居心地の悪さを感じて、そっとカップを置いた。
……胃の中をかき混ぜられるような、不快感がした。
これからいわなければならないマニュアルを前に、私は、ただ途方に暮れていた。
(言わなきゃ、ダメだって。そうじゃないと、お父様もお母様も、レオもリュカ兄様も、領民だって危険に晒すことになる。でも……、なら、ヴィンセントの味方には、誰が……)
「……」
「……」
優雅に紅茶を飲むヴィンセントの横顔は、友人の私でも見惚れてしまうほど綺麗だった。
芸術品かと見紛うほどなのに、これを以てしても、”生まれ”は覆せていない。
「………」
黙りこくる。
でも、元から私には、一つの選択肢しかない。
…いや、私が一つにすることを望んだ。中立派であり続けるという、とても卑怯な選択肢だけを見ることを。
「ヴィンセント…。…ごめん、やっぱり私、……私だけの判断じゃ、変えることは」
「じゃあ、交渉してよ。交渉くらいなら出来るでしょ?愛娘からの直訴、流石にあの公爵閣下だって無視しないはず」
「……っ」
そんな私を見て、ヴィンセントは、どんな顔をしていたのだろう。
もう私は、顔を上げられなくなっていた。
(あんなに、親友を守るって大見得切って……とっても、とっても格好悪い……。でも、どちらかに付いたら、どちらかを捨てなきゃいけなくなる……)
カチャリ、と再び、カップを置く音がした。
「……そっか」
「……!」
突き放すようなその言葉に、私は、暫く息が出来なくなった。
ぐっと、喉の奥に石でも詰まってしまったみたいに。
「わかってはいたけど、やっぱり難しかったかあ」
「……」
その言葉が、何かとても虚しくて、今からでも味方に付いてあげたくなる。ただ、失うもののことを考えて臆病になる自分が居た。
そんな私に、一言だけ、ぽつりとヴィンセントは言う。
「じゃあ、もう共犯者でもないね」
「――ま、ヴィンセン」
「共犯者でも、親友でもない。ただの立場の弱い男を、名前で呼んだら、それこそ君までイジメられちゃうよ?レイナー公爵令嬢?」
…心に、冷たい風がひゅるるるっと吹き込んでくる。
寒々しい響きに、頭が真っ白になった。
「あ、待って、違う」
「何が違うの?」
「……ごめん。取り乱した……違わ、ない」
「………ま、そ~だよね?じゃあ、今日はありがとう、お茶、楽しかったよ♪」
私は、使用人に案内されて、さっさと帰ってしまった友人の、背中も見ることなく、その場で、吊られた人形のように項垂れていた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
暖炉の火が、パチパチと音を立てて燃えている。
真っ暗の部屋の中、私は、暖炉の横で蹲るようにして、膝を抱えていた。
「……リズお嬢様、お食事は」
「……要らない」
気の利いたことも碌に言えない。
自己嫌悪が更に深まっていく。
主人に言われては、何も出来ないだろう侍女三人は、「承知しました」と、敢えて触れずに居てくれた。三人共、本当は気になっているだろうに。
(それにしても――)
『最近は、心が病みそうになることもあってさ。いつもいつも、リズの顔を思い出してた』
『……これから、オレ達は、共犯者で親友。…だったら、これもいいよね?リズ?』
『…はは、ほんとに君には敵わないな』
『……もしかして、オレのこと、心配して…来てくれたの?』
服に、いつの間にか、いくつものシミが出来ていた。それは服を濡らしていた。
『じゃあ、もう共犯者でもないね』
『共犯者でも、親友でもない。ただの立場の弱い男を、名前で呼んだら、それこそ君までイジメられちゃうよ?レイナー公爵令嬢?』
そこまで思い出した時、ふと隣に人の気配を感じ、僅かに首を傾けて確認する。
するとそこには、静かに暖炉の火を眺め、火にあたたかく照らされている、レオの横顔があった。
「――」
それから私達姉弟は話し合い、決断することになる。これからの指針、目標を。
しかし、今はまだ、私達は、冷えた心を、じんわりとした暖炉のぬくもりで癒していた。
最近シリアス展開が多すぎる‼と嘆いた作者です。
流石に胃もたれしてくる頃ですよね!うんわかります。
しかも、ヴィンセントの鬱シーンが多いだと…?
ということで、次回は軽めの閑話を入れようと思います。
また、翌日15日はお休みし、閑話の投稿は16日になります。
楽しみにしてくれていた方はごめんなさい!
16日にお会いしましょう!!




