127.遂に来た頼み事
「はー、今日も学園かー。憂鬱…」
「頑張れ美南。今日は、美南の好きな剣術の授業もあるんだし」
「それに、姉様の好きな魔法の授業もあるよ?」
「それはそうだけど……」
三人で、教室に続く廊下をとぼとぼ歩く。
「でも、なんていうか、どんどん過激になってきてるよね」
翼の言うことに、レオと一緒にコクリと頷く。
「黒板消しみたいなのなら、まだよかったのかもしれないけど…。ヴィンセント様への嫌がらせがエスカレートしていって、最近は……」
「最近は?」
「……暴力を振るわれてる、とかいう噂もあるよ」
「え……。どうして、ヴィンセントは魔法の成績だっていいはずなのに」
「迂闊に使ったら、それだけで言いがかりをつけられるような状況、ってことなんじゃないかな」
私と翼は、揃って目を丸くした。
そして、沈痛な面持ちで、三人一緒に教室に入る。
適当に周囲に挨拶を返しながら、もうみんなすっかりバラバラになってしまった席を見る。そして、二人と、一番奥の角の席に座った。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
そしてそれは、突然起こる。
学園から帰宅したあとの出来事だった。自室に戻り、やっと腰を落ち着けた時。
屋敷中が、俄かに騒がしくなった。
「……どうしたんだろう」
「見て参ります」
異様な空気を察したのか、戦闘力では一番のラピスが見に行った。
そして、思いの外すぐに帰ってくる。
「どうだった?」
何の気なしに訊いてみると、ラピスは、少し目を伏せて言った。
「ヴィンセント第二王子殿下が、お越しになられました。リズお嬢様とのお茶会を所望されています」
「……!私とのお茶会を?」
この騒動が始まって以来。
私とヴィンセントは、視線が絡む時はあるものの、微妙な距離感を保っていた。だからこそ、何かあったのかと思ってしまう。
(中立派だから、派手には動けないけど……。……悪いけど、何か聞かれたら、押しかけられたと言うくらいは出来る。それで、我が家は断れなかったんだって。まあ、そう聞かれる前に会話を終わらすけどね)
「……わかった。ガゼボに案内して」
「……はい。こちらです、リズお嬢様」
アンナに言われ、立ち上がる。
緊張の面持ちで、私はガゼボへと向かった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「!…こうやって話すのは久しぶりだね、リズ」
美しい色や装飾の、我が家のガゼボ。
そこに、絵本から飛び出してきたような王子様がいた。
相変わらず絵になるなと思いながら、「そうだね」と無難に返して、正面の椅子に座った。
「嬉しいよ。最近は、心が病みそうになることもあってさ。いつもいつも、リズの顔を思い出してた」
「あははっ。そう言う割には、全然変わってないけどね」
それから、暫くは世間話をした。
世間話、というか……、普通の、友人との会話だ。何が美味しかったとか、こんな嫌なことがあったとか。そうしていると、気分が段々解れてきたし、長らく話していなかった分を、少し取り戻せたような気がした。
しかし、その時は着々と近付いてくる。
カチャリ、とヴィンセントがカップを置いた時、真剣な眼差しを受けて、私はピンと背筋を伸ばした。――始まる、と感じた。
「ところで、リズ。今日はね、一つ頼み事があって来たんだ」
来た。
「……それって、どういう頼み事?」
ヴィンセントが、にこっと笑う。
「それはね――」
そして、言った。
「――君と、君の家に、オレ側に付いて欲しいって頼み事」
「……」
私の笑顔も、膝の上で固く握った拳も、板挟みにされた状態に、ふるふると震えていた。




