123.解決のカギを握るモノ
「うん?もしかして、どこか具合が悪いのかな。顔が真っ青だよ」
そして、自然な流れで私の額に――ぺたり、と額をくっつけた。
「あ、あああああ……ッ⁉」
「呻いてるし、やっぱり保健室に行こうか。おいで、エリザベス嬢」
するりと手首を掴まれる。
言いようのない圧迫感と途方もない甘さに、思考がぱったり停止した。
…その時、周囲のざわめきが耳に入った。
『…なにあれ…』
『婚約者?』
『内定してるとか…』
『でも、いくらエリザベス様とはいえ…』
『ねぇ……?』
顔を見合わせている気配を感じる。
背後からだ。詳細に気配を感じ取れるのは、日頃の訓練の賜物……だが。
(……はぁ……、怖…)
いつぞやのことを思い出す。
実は、前世でも少しだけ、虐めは経験しているのだ。
だからこそ、その怖さがわかるし、ヴィンセントの怖さも少しはわかったつもりでいる。
が……。
「…姉様にまで飛び火させるなんて…このクソ王子」
「抑えてレオ」
「でも美南、このままじゃ外堀埋められるよ?」
「うん、わかってる…」
目の前でのコソコソ話を認める度量といい、殿下はかなり余裕の様子だ。
それに、殿下は保健室へエスコートするためにか手を差し出したままなので、私達にヘイトが集まっている。女子生徒なんて、こちらを射殺さんばかりだ。
私は、殿下の後ろ側にいるヴィンセントを見た。彼は、真剣な面持ちでこちらを伺っていた。それだけ把握すると、すうっと私は息を吸い込み、珍しく震えだしそうな足を叱咤し、その場に立つ。
「……殿下」
「ん?」
「そのお心遣い、有難く受け取らせて頂きます」
私が力強く宣言すると、殿下側の女子生徒は渋々といった様子で道を開け、レオや翼は「姉様っ!」「美南⁉」と口を揃える。
(…大丈夫だよ、二人共。私だって、怯んだけど、何も考えてないわけじゃない)
間違っても、術中になど嵌まってやらない。
そう意思を固くして、私は殿下の手に、自分の手をそっと乗せた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
保健室への道中には、誰も居なかった。
もうHRと授業が始まる時間なので、通っても教師くらいのもの。
私は、自教室から離れたのを確認すると、「もう大丈夫です」と手を離そうとした。しかし、強い力でぎゅっと、強く強く固定される。
それなのに、白々しい態度で殿下は笑った。
「朝から、大変なことに巻き込んでしまったね」
「そうですね。今後は是非ともやめて頂きたいです」
「ああ、出来るだけ気を付けるよ。…それにしても、驚いたな」
何かを思い出すような仕草。
芝居がかっていたので、面白がっているのだとすぐわかった。
なので、敢えて乗ってやった。
「…私が付いてきたことに、ですか?」
「…ふふ、うん。だって、中立派の君にとって、私と関わるのはあまりにもメリットがないからね。一体どんな考えなのかな」
「殿下ならわかるでしょう?焦らし過ぎではないですか」
私が少し睨みつつ言うと、「はは、それもそうか」とあっさり殿下は降参した。
「まあつまり、君は、私の真意を確かめたかったんだろう?ヴィンセントを見せしめのようにした、今朝のことの」
「やっぱりわかってるじゃないですか。それで、どうなんです?どのようなお考えがあって、あのようならしくないことをされたのですか?」
つっけんどんに言うと、それすらも楽しむように殿下は目を細めた。
「何故だと思う?」
「……」
ところで、殿下はよく『何故だと思う?』と聞いてくる。
殿下が真意を見抜く眼を持っている分、そして、私に「見抜いて」と言ってきた分、言っているのだとは思うが…。
(正直…、殿下らしくなさ過ぎた)
非情な一面もあるとは思っていたが、どんな考えがあったとしても、あそこまでやるとはと驚いた。ダイレクトで、手荒だった。
(ヴィンセントに関わることだとは思うけど……)
じっと殿下を見つめるばかりの私。
その時、殿下が「…タイムアップだ」と言った。
ハッとして進行方向を見ると、あと一、二歩先に保健室が。
「ふふ、楽しかったよ、エリザベス嬢。じゃあまたね」
「……それはどうも、さようなら」
疲れ切った声音で言うと、殿下はくるりと踵を返し、歩いて行く。
私も、(適当な理由を作って、保健室のお世話になるか……)と一歩踏み出した。
しかしその時、「ああ、それと」という声が聞こえ、振り返る。
そうしたら、殿下が顔だけこちらへ向けて、言ってきた。
「――この騒動の解決の鍵は、君が私を見抜けるかどうかが握ってる。くれぐれも、それを忘れずにね」
「じゃ」とひらりと手を振り、去って行く殿下。
その背中を、私は愕然とした表情で見送った。