119.終わりが明日に迫る今日
……それからも、日常は続いた。
親友達と受ける授業。
授業で必ずといってもいいほど寝る翼を起こしたり、レオとの筆談が止まらなくなって、教室中にじとーっとした目で見られたり。二人を甘やかすから、私も合わせて先生に怒られて、その新鮮な感覚に興奮したら、更に怒られてしまったり。
意外と勉強が得意なんだな…と思っていたグレンが、まさかの全学年一位の猛者で、開始早々メチャメチャモテてしまったり。グレンと、全学年二位のフレデリックがバチバチ火花を散らすところを、ノリノリで野次を飛ばしたり。
移動の時だって、みんなとアレコレいっぱい話して、学食も、みんなでトレーを持って並び、どれにしようかとたくさん悩んで。下校の時には、みんなでじゃあねと言って別れた。
ああ、本当に楽しい日々。
だからこそ、最終日。私は、珍しく涙腺が崩壊しそうになっていた。
今日は、王家主催の大規模パーティの前日。普通に、特別教室に移動しているところだった。
私の隣は、いつも人がコロコロ変わるのだが、今日はグレンとアレクだった。この二人とだと、戦闘色強めの話題が多い。今も、少し興奮気味のアレクが、魔法愛を語っていたところだ。
「ドラグノフ・レガロの定理、美しすぎると思うんだよ。どんな人生を歩めばあんな思考回路になるのか…」
「ははっ、相変わらず好きだなあ、レガロ皇帝の魔術定理」
(……集中できない…)
「当然でしょ?魔導士では知らない人は居ない、魔法の祖、魔力を魔法に具現する方法を導いた天才だよ?」
「あー知ってるよ、お前が何十何百と言ってたしな」
(今日限りかも、しれないのに…)
「レガロ皇帝が作ったことで今の僕があるんだから。ね、リズ?」
(……辛い。こんなことなら、明日知らされた方がまだよかった――)
「…リズ?」
「えっ⁉あ、うん。レガロ皇帝が……何だっけ?」
ふっと意識を引き戻され、少しばくつく心臓を抑えつつ半端な笑顔を浮かべる。
アレクは訝し気な表情でグレンを見る。本当なら顔を見合わせていただろうグレンは、事を知っているだけに、アレクから視線を逸らしていた。それを見たアレクがちょっと眉を寄せたが、その続きは、後ろからひょっこりと顔を出してきたレオと翼に遮られた。
「美南?なんか今日、変じゃない?どことなく上の空っていうか…」
「そーだよ、姉様。というか、ここ一週間おかしいよね?ボクの顔を見ても、いつものボク大好きが半減してる」
「うんそれはいいと思う」
「え、は?ちょっと喧嘩売ってる?」
「だけど!問題は元気のなさだよ…。美南、何かあった?」
レオはむす~っとしていたが、それ以上の追求はなかった。
それよりも、レオに翼、アレクの目が、私への心配を如実に語っていた。
そこで、気になってチラッとヴィンセントの方を見てみた。すると、彼も、一体どうしたのかというような、子犬のような目で私を見ていた。
(かわいい……じゃなくて!……あれ?ヴィンセントなら、私が落ち込んでいる理由、わかってるはずだよね?)
内心、困惑する。
こういう時、もしも知っているヴィンセントなら、落ち着いた表情で、気遣うように私を見ているはずだ。それがわかるくらいには、付き合いは長い。
……じゃあ、と、いうことは。
(もしかして――)
ゾワリ、と毛が逆立った。
(…ヴィンセントは、聞いてない?普段通りだったのも、まさか、知らされていないから…?)
贔屓、という二文字が頭を過ぎった。
そして頭の中で展開されるのは、国王陛下か誰かがフレデリック殿下にだけ教え、ヴィンセントには教えていないという最悪の構図。
一人で勝手に顔を蒼くしていると、ヴィンセントが気遣わし気に私に言った。
「…リズ、大丈夫?オレが保健室まで送ろうか?」
「あっ⁉う、うーん…、だ、大丈夫!ちょっと考え事してただけだから。それより、早く行こ?ホラ、遅れるとまた怒られちゃうし!」
「そうだね…。アレはリズも完全に悪かったけど」
「そうだぞ?レオとビアンカ嬢を甘やかしすぎだ」
「え、え~。個人的にはもっと甘やかしたいくらいなのに」
なんとか話の流れに乗って、再び楽しい会話に興じる。
が、私の頭の中は、ある悩みが席巻していた。
私は、親友が同じくらい好きだ。そもそも、友達にわざわざ順位などは付けない。
だからこそ、出来るだけ平等にしてあげたい……という思いもある。
そして、だからこそ――、ヴィンセントに明日のことを教えるべきか、という悩みが渦巻く。
今から教えても、という気持ちと、今からでも教えた方が、という気持ちがせめぎ合う。
そうしているうちに、太陽は容赦なく、黙々と沈んでいった――。