118.瞬き分の愛い序幕
「……」
「リズお嬢様~?おはようございます…?」
布団の中でうつ伏せになり、布団にくるまる。
頭まですっぽり覆うと、団子のようになった。
「り、リズお嬢様~…?」
…ツンツン。
「……」
「…あの~…」
…ツンツンツンツン。
「起きてますよね…?」
「……お、起きてない」
「起きてます‼こ、このままだと……ラピスさん呼びますよ!」
「……呼べばいいじゃん。私は今日、起きる気がない」
「学園あるのに⁉」
「む……、そうだった…」
そう言うと、リリーは「あのリズお嬢様が、学園を忘れてる…!」と驚いていた。
「それにしてもお嬢様、昨日からおかしいですよ…?相談に乗れることでしたら、言って頂けたら…」
「……気分じゃない」
ぐだぐだし続ける私と、こうなったらと、遠慮なく布団を「ぐぎぎぎぎ…」と言いつつも引っ張り始めるリリー。それに余裕で打ち勝ちながら、暗い布団の中で、私はふっと目を伏せた。
(…まさか昨日のこと、言えないしな)
耳に残る、別れ際の言葉。
馬車が止まった後の殿下の言葉が、リフレインする。
『…ああ、そうそう。一週間後の夜会で、父上が発表する手筈になっているから、考えておくんだよ。一年間で、王太子を決めるってことについて』
一週間後の夜会…。
王家主催の、大規模なパーティだ。当然、私や両親、レオも招かれている。
(……一週間後、か)
「もおーっ!ホントにラピスさんを呼んできちゃいますからね!アンナさんも‼」
「えぇ…何でよ~…」
ピューンッとリリーがドアの向こうに消えて行く。
それを、ちょっとだけ顔を出して見届ける。さあ、そろそろ年貢の納め時か……と起き上がろうとしたとき、ラピスラズリ色が目に入った。
「うげっ」
「うげっ、じゃありません。…リズお嬢様、行きますよ」
「…休んじゃダメ?」
「ダメです。ねえ、アンナ?」
遅れてやってきたアンナも、若干息を荒げながら「そうですよ」と言って来る。
「昨日、何があったのかは敢えてお聞きしませんが、それはそれ、これはこれです」
「えぇー……、ダメかぁ…」
貴族学園は、理由もないのに休んではいけない、という暗黙の了解がある。そして、ずる休みもこの通り、私には出来そうにない。
「嫌がるのなら、今日は最大限リズお嬢様を磨き上げて差し上げますが?」
「…メイク…」
鏡台が見えて、うげえっとなる。
何もかもをやってもらえるのは至れり尽くせりだが、毎日なので流石にちょっと面倒くさいのだ。
「い、いやだ…」
「「…何か、仰いました?」」
「いえ何も。ごめんなさい」
それから、ずりずりと引き摺られ、強制的に鏡台の前に座らされた私は――。
三十分後、普段より光量が数倍増した自分を、見ることになったのだった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「おはよ~」
「おはよう」
考えを整理する時間がまだまだ足りず、暗澹たる気持ちになっていたのだが、教室前をウロウロしまくるわけにもいかず、一緒に来たレオを拘束するわけにもいかず…、意を決して教室に入る。
まだ数回しか登校していないものの、大分見慣れてきた光景が、目の前に広がった。
そして、一番に目に飛び込んできたのは、翼を加えた親友達の姿。
殿下もグレンも、昨日の出来事がなかったかのような、いつも通りの態度だった。ただただ、楽しそうに言葉を交わしている。
「…」
足を止めた私の目に、不思議そうな表情をしたレオが映る。
「姉様?どうしたの?」
「…ううん、ごめんね。何でもないよ」
にっこり笑うと、「ふーん…?」とレオは言った。
そして、不気味なほどに平和な、優しい一日が始まった。
その時、ズキリと頭が痛んだ。
(…やっぱり、どちらかが勝って、どちらかが負けるんだよね。そして、そうなったら…)
レオの挨拶に、みんなが笑顔で応えている。
それから、みんなが笑顔で私に挨拶をしてくれる。
(この光景も、見られなくなるんだよね。たくさんの人の間に、亀裂が入って――)
愛おしい光景に目を細めて、私も、笑顔で挨拶をした。