117.殿下の清々しい笑顔のわけは
そんなこんなで、パクンチョフラワーや店員さんから遂に逃れた私は、もう少し見学してからそこを出た。
とはいっても、見るところがたくさんあり、すっかり日も暮れ、街はオレンジ色に染まっていた。自然に解散となる流れに、少しもの寂しさを覚えるが、また学園でも会えるので、いつもより平気だった。
それぞれが馬車を手配し、馬車が来た人から帰って行く。
翼、アレク、そしてヴィンセント。
…ちなみに、仲が良いのか悪いのか、王族兄弟は別々の馬車を示し合わせたように準備していた。
(そういえば、ヴィンセントの立場もちょっと安定してきたから、馬車も借り易くなったって言ってたな。よかった)
そう思っていると、今度はもう一度王族用の馬車が来た。
「殿下、また学園で」
「また明日な」
私とグレンの言葉に、きょとんとする殿下。こちらも思わずきょとんとすると、何かに思い至った殿下が、「…ああ」と声をあげた。
「そういえば言っていなかったね」
「と、いうと…」
「君達二人の馬車はキャンセルしたよ」
「……はい?」
グレンが、「何言ってんだコイツ」みたいな顔になる。
一方の殿下は、とても清々しい笑顔で言っていた。
「帰りに少し話したくてね。王族用の馬車で送るから、さあ乗って?」
「さあ乗ってと言われましても……」
王族用の馬車は、公爵家の馬車よりもグレードが高い。お忍びということで、それでも上質さを抑えてはいるが、見る者が見れば王族の馬車だと気付くぐらいには質が良い。
ただ、有無を言わさぬ殿下の笑顔を見るに、拒否権はないのだろう。
私はグレンよりも早く切り替え、「…行きましょうか」と言った。
グレンも、少しその場に留まっていたが、やがて諦めたように乗り込むのだった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
かなりレアな組み合わせの私達三人は、沈黙した馬車の中で、がたがたと揺られていた。
ここが平和な電車内なら、そのがたがた具合の気持ちよさに、寝ていたかもしれない。けれど、王族用馬車、しかもレアな三人組でいると、どうにもそわそわして落ち着かなかった。
「…ふふ、そう固くならなくてもいいんだよ」
「そんなわけにはいかないですよ」
「グレンも。敬語はやめよう?こうして、内緒話をする仲なのだから」
人差し指を口元に当て、「しーっ」というポーズをとる殿下。私とグレンは、思わず顔を見合わせた。
「内緒話、ですか?」
「そうだよ。二人に、どうしても話したいことがあったから。何だと思う?」
殿下関連で言うと、私は一つしか思い当たるものはない。王位継承問題だ。しかし、まさか遊び疲れた三人が、馬車の中でする話ではない気がする。
となると、あとは……。…思いつかない。
私の中で、殿下のことをよく知らないことが露呈した瞬間だった。
「「…」」
二人仲良く押し黙っていると、「ごめんごめん、意地悪だったね」と殿下は笑った。
「簡潔に言うと、王位継承争いに、そろそろ火種が投げ込まれるってことかな。だから、ダイレクトに勧誘しようと思って。グレンの御父君は私を支持してくれると表明してくれたから一応だけど、リズは個人的に抱え込みたいからね。あああと……」
スラスラスラスラ~っと、重要な情報を何でもないことのように話していく殿下。
一瞬ぽかんとした私達だったが、すぐに驚きの表情に変わった。眉の内側が自然と斜めになり、口も三角形になる。
「ちょ、ちょっと待って下さい殿下!」
「うん?リズ、何かあったかな」
「ありました、大アリです。見て下さいこのグレンの間抜けな表情!驚き過ぎてこうなっちゃったんです‼」
「何気に失礼過ぎないか?」
「ふむ、確かに。じゃあ、何を説明して欲しい?」
「殿下も殿下で乗らないで下さいよ!」
二人してやっぱりグレンの言葉を聞き流しながら、私はうーんと考え込む。
「やはり、王位継承問題の火種のところが気になります」
「ああ。それ自体は簡単だよ。実は、第一王子派、所謂私の派閥に属していた大貴族が、奴隷の売買を行っていたとして検挙されたところなんだ」
「「……」」
今度こそ、口をあんぐりと開けた。
「私が見つけて、素早く膿を取り除いたのだけど、やっぱり影響は出るだろうからね。私の圧倒的優位も、心象はよかったとしても、大貴族が抜けた分、少しは揺らぐ。その揺らぎに、私を第一王子にさせたくない人間達が、第二王子派として名乗りをあげるだろうことは見えているよ」
殿下の言うことが最もで、グレンと二人して聞き入った。
「それに、弟も乗り気なんだろう?なら、私と弟の争いも激化する。至極当然のことだけれど、グレンはともかく、リズにとっては大変なことじゃないかな。何せ、どちらかを選ぶ必要があるからね」
「それに、賭けもあるし」と、殿下を見抜く一件まで持ち出され、私は思わず頭を抱えた。
「だから、頭の整理をする時間を設けるためにも、馬車でこの話をさせてもらったんだよ。どうかな、私を支持したくなった?」
「………少しは」
かなり有難かったので、私は苦し紛れにそう言った。
そうして、ガラガラと移動していた馬車が、そこで止まった。