116.パクンチョフラワー≒痛気持ちいいマッサージ?
「…こ、ここは……」
ごくり、と、翼と一緒に生唾を飲み込んだ。
そして叫ぶ。
「「魔獣&魔草花動植物園ッ⁉⁉⁉」」
くっと唇を噛む。
(殿下…、私の好みを、わかっている…‼)
ついでに言えば、翼の好みも。
私達は、異世界産のものが大好きだ。それを聞いて、連れて来てくれたのだろう。
ありがたいけれど、他の友人達は楽しめるのか?そう思いつつ周りを見回せば、パチリとウインクをしてくるヴィンセントや、興味深そうに辺りを見ているアレク、そして楽しそうな笑顔のグレンを見つけて、密かに胸を撫で下ろす。
チョイスまでほぼ完璧で、殿下への畏怖が若干育った。
が、ありがたいことに変わりはない。この機会、絶対に逃せない。
最近、自分の能力磨きと学園でこういうところにも来れないから、たっぷりと楽しませて貰おう。
そうと決まれば……。
「レッツ探検!さあ行くぞーッ!」
「わっ、ちょ、美南待って!」
私は友人を引き連れ、目を輝かせながら、おーっと拳を突き上げた。
…そして、見事に威厳というものがなくなった。
「わああああ!マンドラゴラだぁあああ!」
「えっえっああああの超絶レアといわれて会えなかった愛しのゴーレムちゃん⁉」
「ヘルハウンドにファイアベア、殺人ウサギたんまで……こ…この世の、春……」
終始殿下が(なぜか)エスコートしてくれていたのだが、そんなことにも気付かず、ただひたすら夢中になる。
だからだろう。普段なら気付くはずの、殿下から他の友人達に向けての、牽制するような視線に気付くことが出来なかったのは。
何も知らない私は、そのやりとりにも気付かない。
「…兄上?」
「うん?どうしたのかな、ヴィンセント」
「いや。リズに気持ちがある弟を差し置いて、一体どんなことを狙っているのか、と思いましてー」
「ふふ、さあ、どうだろう。何か狙いがあると思う?」
「……」
余裕のありそうな殿下と、警戒態勢のヴィンセント。そんな二人の緊張状態は、人知れず続いていた。
ただ、忘れてはいけない。私はその場に居ただけで、本当に何も聞こえていなかったことを。そして、目の前の愛くるしいパックンフラワーのような生物についつい見惚れてしまい、かぷっとされちゃっていたことを…。
「あ」
「「⁉」」
ぱくっと、私の胸上あたりまでが、ねちょりとした唾液に包まれる。口内だ、とわかったとき、胸あたりで嚙みちぎろうとするような痛さを感じた。
「あ、いたい。…でもなんか気持ちいい…そう、これは、痛気持ちいいマッサージのような……。ハッ、ということは商業化⁉」
「このバカ美南、四の五の言ってないで出て来ーいっ!」
その瞬間、ドーン!という音で視界が揺れた。
そして、ぱっと口を開けたパックンフラワー君から無事解放された。
まあ、ねちょ~っとした唾液はそのままなのだが…。
そうして、そんな私(貴族令嬢)の姿を見た店員が、慌てて駆け寄ってくる。
「あ…、っと、こ、これは、エリザベス様⁉う、うちのパクンチョフラワーが申し訳ありませんっ!今すぐに着替えや水などを手配しますので…」
「ううん、大丈夫。これは名誉の負傷ですから!」
「バカ言わないでバカ美南。店員さん、こんなバカですがお願いします…」
「は、はあ……。ではエリザベス様、こちらへどうぞ」
「「……」」
一方で、二人はその光景を、何とも言えない表情で眺めていた。
「…兄上の狙いって…」
「……うん、決してこれが狙いだったわけじゃないよ?そもそも、彼女の行動って、本気であまり読めないから」
「……」
――それからしばらく、フレデリックは、ヴィンセントの視線に本気で悩まされるようになったというが、これもまた、私の知らない話であった…。