111.当てられたので精々開き直ってみた
――転生者、ですネ?
一瞬、ぴくりと瞼が動く。
周囲の動揺や息をのむ音が、気配で何となく伝わってくる。
けれど、私自身は然程動じていなかった。
「あ、はいそうです。初めまして、転生者の若月美南です。ところでどうやって知ったんですか?拷問して吐かせていいですか?」
…これは、自衛手段の一種である。
親友達の秘密を、何かの拍子にバラされでもしたら厄介なので。所謂牽制というやつだ。
何やら空気が固まったが、私は知らぬ存ぜぬを突きとおした。
その中で唯一反応があったのは、やはりというべきか、占い師だった。
「ふ…」
「ふ?」
「ふ…ふふふふふふふっ、あっははははははははは‼」
ビクッと、隣に居る翼が震える。
全員が構えたであろう占い師の爆笑からは、「いやぁ、すまないねぇ」という、市井の女将さんのような調子の声が続いた。
「悪かったと思ってるよ、アンタの秘密を勝手に暴露したことについては」
「ホントですか…?」
「なに、アタシなりに必死だったんだ。だって、久しぶりに客が来たと思って、『金髪の別嬪さんから占ってやろうかな』なんて思って見てみたら、最初に出てきた特大情報が『転生者』なんだよ?そんな得体のしれない存在、警戒して当然さね」
「あ、あの、なんかキャラ変わってませんか…」
なんだろう、面倒なニオイがプンプンしてくる。
「なんだい、これは気に入らないかい?まあ、雰囲気に合わないって常連には言われるんだけどね」
「はい、ぶっちゃけ前の方がとっても合ってましたよここに」
「そうかい?新しいスタイルとして、女将風の占い師なんて流行らないもんかな」
「ちょっと難しいと思いますね」
「はっはっは!そうかいそうかい!若いもんの声は参考になるよ!」と言って退けている…占い師。ええと、なんだろう。こう、色々なものがごちゃった気がする。
「…とりあえず、拘束していいですか?」
「え?なんでだい」
「危険なので」
「んー、まあ、いいけどねぇ」
いいんだ……と思いつつ、了承を得られたので、本当に魔法で拘束した。
「《《永遠の縛り》》」
「……ああ、本当にやるんだね。いいけどさ」
なぜか、後ろや横にいる親友達からも呆れの視線がぶっ刺さる。それを感知できる自分も怖いが、感知させるほどの視線を送ってきている友人達もどうかと思う。
だが、それはそれ。
本題はここからだ。
まずは…。
「まずは、説明をしてもらえるかな。エリザベス嬢」
珍しく真顔な殿下に、一瞬、生命の危機を感じた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
…というわけで、洗いざらい話すことを決意した。
まずは翼から。
「死んだらここに来てましたー」
「……殴っていいかな?」
「殿下、メッキ剥がさないで下さい殿下」
冷静な殿下にしては珍しく、真顔で恐ろしいことを言っている。余程、転生者云々が衝撃的だったのだろう。
「でも、翼…、じゃなかったビアンカ」
「成程、アシュフォード嬢の転生前の名前はツバサというんだね。ならその名前で進めて構わないよ」
殿下の鮮やかなフォローに感激しつつ、「では」と仕切り直す。
「翼、翼も……一度、亡くなってたの?」
「ん。美南――あ、リズのことね、が死んだあと、すぐのことだったかな?油断してたら、車に轢かれちゃったんだ」
「……そう、だったんだ。…ねぇ、翼を轢いた忌まわしき敵のナンバー覚えてる?」
私の目がすでに殺意の色で染まっていたのだろう。翼が、ひくっと肩をすくめる。
「…あの、別に車まで殺さなくてもいいんだよ?あと普通そこは、運転手の方じゃない?」
「うん、そいつは確定だから」
「あぁ…」
妙に納得したような声を出す翼。
そこに、んんっという殿下の咳払いと、ヴィンセントの微笑みが突き刺さる。脱線し過ぎた。
「と、とりあえず、翼は車…、馬車が鉄の塊になり、速度も上がった乗り物、に轢かれて死亡して、この世界に来たんだね?」
「うん。この体が十歳の時だったよ?」
「十歳か……」
私は八歳だ。
となると、私の直後に死亡したであろう翼でも、二年くらいの歳月が経過してからじゃないと目覚めなかったということ…。元の世界との時間軸がずれているのかもしれないし、そもそも転生なんてどこがどうなっているのかわからないから……、つまり、今ある情報だけで考えるのは無謀だということ。
そういうことで、次は私の番だ。どうせ考えることもあまりないし。
「それで、私だけど、私も車に轢かれて死んだよ。転生した時の身体は……八歳、だったけど」
アレクがピクリと反応する。
…そうだね、アレクはレオと同じくらいの頃から一緒だったし、その時期とも近かったから…。
「成程…。こことは異なる世界でクルマに轢かれて死亡、その後この世界の肉体に宿った、と。それが転生と呼ばれてるってことか」
「そういうこと」
四人の顔を何気なく見回してみると、複雑そうな表情だった。
心優しい彼らのことだ、きっと、本来のエリザベスとビアンカを案じているのだろう。
(…ふふ、良かった。この時のために研究しておいて)
あんなふざけた会の一員にさせられた時はどうしてやろうかと思ったが、あんなリュカお兄様でも、一応は役に立ってくれたみたいだ。
「…多分みんな、元の二人がどうなったかが気になってるんだよね?」
気になることはそれだけではないだろうが、少なくとも、一番はそれだろう。
彼らは目配せをした後、コクリと頷いた。
「あのね…。私も、罪悪感があったから、研究を進めていたの。その子達を、どうにかして取り戻せないかって…私の兄、リュカ・レイナーとね」
一歩間違えば、禁忌に触れるような研究だった。
そして、その場にいた全員の顔色――翼や彼らだけでなく、占い師の顔色もだ――が、明らかに変わった。




