109.一時間前の到着者たち
貴族街の中央。
学校入学直後とは思えない異例の速さで、街歩きは叶った。
以前とは異なり、ぶらり旅をする予定の私は、ちゃーんとオシャレをしてきていた。
貴族街だけあって、服装もかなり気を付ける必要があるのだ。貴族の知人によく遭遇するのも、その上で公爵家の権威を見せなければいけないのもそうだ。まあ、このオシャレの理由の九割は、親友達との街歩きを張り切り過ぎたことによるものなのだが…。
普段ドレスに無頓着な私が意気込んで選んだものだから、うちの人達(特に侍女三人)は感無量で滝のような涙を流していた。それを思い出しつつ、一時間前に目的地の前に到着する。馬車を降りると、そこには殿下が居た。
「やあ」
目を擦り、もう一度見る。
でもやはり、何度見ても殿下は殿下だった。
「ふふ。そんなに目を擦っちゃいけないよ?」
「あ、すみません。つい……」
もう一度目元に向かおうとした手を優しく握られ、いつもの紳士的な微笑みを向けられる。
「それにしても、今日のドレスはいつもよりもっと素敵だね。リズ自身が選んだのかな?可憐だよ」
「ありがとうございます。それにしても……、流石は殿下、見抜かれましたか!」
いつものように政治やら何やらを気にしなくていい分、この質問はポンと返せた。殿下も、心なしか機嫌が良さそうだ。
「はは、それほどでもないよ。そういえば、この服も私が選んだのだけど、どうだろう?」
「え?殿下が選んだんですか?凄く殿下に合っていて格好いいなーと思っていました……。…あ、なんかセンスで負けた気分です」
「あ、ありがとう…。まあ、私も今日をとても楽しみにしていたってことだよ」
若干のネガを感じ取ったのか、殿下は苦笑い気味だ。
今回が渾身の出来なだけについ対抗してしまい、申し訳ない気持ちになる。その様子を見て、真意はどうあれ私の親友を落ち込ませるなんて…と、素直に思った点を詳しく次々を挙げていく。
「…ですが、やっぱりセンスいいですよね、殿下」
「そうかな?」
「はい。上下、恐らく違うアイテムですよね?揃いのものではないはずです。なのに、ペアのものよりも下手をしたらとっても似合ってます!それに…。そのイヤーカフ、新調されたんですよね?」
私はチラリと耳に目をやった。
相変わらずTHE・エルフな耳に興奮する九割分の自分を抑えて、一割の自分だけで踏ん張る。
「お、気付いた?」
「私が親友のことで気付かないことはありません‼…あと、今までのイヤーカフは金色のオーソドックスなものでしたが、今回のは……そう、エルフを感じるような素敵なデザインになってるので!緑も入ってますし、気付かない方が無理ありますよ」
正直な感想をぶつけると、本気でちょっぴり嬉しそうに「…ありがとう」と殿下は言った。殿下は、裏表のない真っすぐな言葉に弱い。それが、自分がこだわった部分となれば猶更なのだろう。
殿下にも可愛いところってあるんだよなあ、と、勝手にほのぼのとした気持ちになる。
でもそこに、わかりきってはいた衝撃が背中からどんっとくる。
「も~、早すぎだよ?おはよう、リズ。…あと兄上」
「あはは。おはよう、ヴィンセント」
「おはよう。それにしてもヴィンセント、私があまりにもついでみたいじゃないかな?」
「んー、事実そうだからなぁ。仕方ないよね。お気に入りの方が優先になるのは当然じゃない?」
到着したヴィンセントが、呼吸するように殿下を煽る。
殿下の思惑はわからないが、少なくとも二人は、政治面で敵対するような行動を取っていることが多い。ヴィンセントは、警戒心と王位継承の明らかな敵という目で殿下を見ているからだろうけれど。
少なくとも、こうして私を通して火花が散るのは、一番ここの間でが多かった。
…それにしても、何故か私が二人~全員の板挟みになることが多いのはなぜなのか。
まあ取り合われている気もしなくもないので悪くはない…寧ろ結構調子に乗っているし嬉しいし幸せなのだが…。
そんなことを考えていると、私の中の雑念達を見透かしたようにヴィンセントに手を取られる。殿下とは反対側の手だ。
「今日も可愛いね、リズ。良ければこのあと抜け出さない?」
「白昼堂々言うことじゃない気がするなあ…」
しかし、魅惑的な笑みをそうも完璧に浮かべられると、引っかかってしまう令嬢もいるのだろうなと思わされる。
「リズ、こういう時は、濁さないでハッキリ断らないといけないよ」
「堅いなあ。…でも、悪い話じゃないでしょ?オレと今からデートっていうのも。あ、あと兄上、その手邪魔だから離して欲しいな」
「それはリズが決めることじゃないかな。ねえ、リズ?どう思う?」
私は、前世のように両側から引っ張られながら、「えーーーーー…」とただただ答えに窮していた。
ちなみに、翼が来る時まで粘り、彼女が到着した時(予定時間五十分前)には、助けを求めるように飛びついた。そしてまた三者間での火花が散り始めるのだが、それはまた別のお話である。




