106.既視感のある少女
自己紹介が終わり、連絡事項が伝えられたあと、すぐにお開きとなった。
パーティなどとは勝手が違う、学園での集団行動に、多くの学生は苦戦しているようだった。だからなのか、開放感もひとしおというものなのだろう。そして、ビアンカ・アシュフォードという少女もまた、その一人だった。
誰が見てもわかるような「ぱあっ」という晴れやかな表情になると、すぐさまバッグを引っ掴み、そそくさと足早に教室から出て行こうとしている。なんというか、貴族としては珍しいタイプの子だった。
そして。
見事に十九回転んだ。
…聞いたか。
十九回。しかも、教室を出るまで、私の視界に映る範囲内でだ。しかも綺麗な転び方で、演技なら拍手喝采、女優なら主演に抜擢されるほどで、転んだ後の表情も完璧だ。恥ずかしそうな、居た堪れなさそうな、それでいて「お目汚しをしてしまってすみません…」というような日本人を感じる低姿勢。
それを見て、私は、何回も転びながら、四苦八苦しつつ教室からやっと出たところの彼女に声をかけた。…いや、かけようとした。かけようとしたら、また転んだ。
それも、後頭部をガッツリ打ってしまうんじゃないかと思うような、危なすぎる転び方で。
「……っぶな‼」
「…っ、て、え?」
衝撃に備え、体を固くしていた彼女は、驚きに目を瞠った。
そして、至近距離で私と目が合った。
「ひゃ、…!」
「?」
途端、ぶわああああっと顔全体がみるみるうちに赤くなる。
そして最後に、ぼふんっと噴火した。
湯気が幻覚で見えるほど一瞬にして逆上せあがった少女は、私にお姫様抱っこをされながらグッタリと脱力した。
「大丈夫ですか?」
「……我が生涯に、一片の悔いなし…‼」
「いや悔いはあってもらわないと困るのですが。あと勝手に死なれても」
ビシリと返すと、「はうっ」と気持ちよさそうに笑まれてしまう。ドMか。いやドMだわ。
(…でも、確かこんな人、見たことがあるんだよなぁ…。というか、その人に振る舞いとかが、すっごく似ているような…)
…まさかな、と、頭の中に浮かんできた人物を振り払う。
あの子は私にとって大切な人だ、ただ初対面の人にお姫様抱っこをされて勝手に沸騰した人物と照らし合わせるなど、言語道断なのである。
と、いうことで、私はビアンカ・アシュフォードを抱き上げたまま、ラピスに確保させた空き教室へと向かうのだった。
尚、移動の際に抵抗されたので、間近で微笑むとすぐに行動不能になった。
チョロ過ぎた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「…ふう。ここまで来れば邪魔は入らないね」
「え、Hなことはお断りです…!」
「うんこっちもお断りです」
再びビシリと言うと、「はへぇ…」と至極の表情を浮かべる。ああ、既視感…。
そんな煩悩を振り払うかのように、んんっと咳払いをした。
「それで、この空き教室にわざわざ運んだ理由だけど」
「や、やっぱりいかがわしいことを」
「貴女が、あの手紙をくれたんだよね?素敵な日本語で綴られた、あの怪文書を」
やかましい質問をまるごと無視して、言いたかったことをやっと吐き出す。
そして、ハッとするビアンカ・アシュフォードに告げた。
「そして貴女は――日本人で、この世界を知るプレイヤー。そうでしょ?」
私がそう言うと、彼女は一瞬の沈黙の後、「…ぷれいやー?にほんじん?あの、どういう意味か…」と困ったように言う。あくまでもしらばっくれるつもりだ。だが、これを言えば少しは反応が変わるだろう。
「…じゃあ、自己紹介をしようよ、ね」
「自己紹介なら、さっき…」
「私は、”若月美南”。死亡時は二十二歳、自分で言うのもなんだけどやつれ気味実力派社員だった。ねえ、同郷なんでしょ?生憎私、このゲームプレイする前に死んじゃったからさ。だから、同じ出身の好で教えてよ。あなたは――誰?」
畳みかけるように、けれど確かに一言一言に重圧を滲ませる。
けれど、怯えてひしゃげていくかと思った表情は、最初は驚きに染まり、そして――最後には、明るい笑顔に染まっていた。
警戒レベルが最大まで跳ね上がったのも束の間、私は、とんでもない言葉を耳にした。
「私は、ツバサ!”金瀬翼”‼」
…私は、ハニワのような顔になった。




