101.見透かす彼の「君に見透かされたい」願望
(それにしても…)
私は、殿下にエスコートされながら、横顔を盗み見た。
(…殿下は、一体何をしたくてこんなことを…?)
パーティ会場に戻り、一気に衆目を集める私達。
しかし、殿下は脇目もふらず、私を見つめる。
「…ふふ。そんなに私のことが気になる?」
「あっいえ、そんなに…って、あ」
ナチュラルに失礼を重ねたことに気付き、私はしれっと視線を彷徨わせる。
「はあ…。わかってはいるよ。君の興味は、私の目的に向いていることぐらい。ただ、もう少し隠そうと努力してもいいと思う」
「…はい、今のは流石に私も反省しています…。申し訳ありませんでした…(さらっと出ちゃって)」
素直にしおらしく謝ると、殿下は少し驚いていた。
だが、すぐにいつも通りの王子様スマイル(営業スマイルとも言う)に戻った。
「いいよ。私の方も、新たな収穫があったからね」
(なんで今のやり取りだけで新情報が入荷されてんですか。人外ですか?)
絶対に言葉に出してはいけないだろう言葉を、ぐっと奥まで飲み込んだ。
「そういえば、これからダンスを?」
「うん。まあ、ここまで連れてきておけばもう戻れないだろうけれど、一応許可は取るよ。レディ、私と踊って頂けますか?」
「…………はい、是非」
溜めの長さが、イヤイヤ度を如実に表していたのだろう。
くすくすと、王子らしく彼は笑っていた。
ダンスの曲が流れ始めると、当然のように、私達の周りには、というかダンスフロアには誰もいなかった。男性が第一王子殿下しか参加していないので、当然といえば当然だ。これは、王子と、王子が選んだ令嬢を目立たせるための演出なのだから。
「さあ、行くよ」
その途端、今まで踊った誰よりもしなやかな動きで腰を支えられた。
そして、開幕早々くるりと綺麗にターンさせられる。
(……この人、ただ聡いだけじゃない…。まあ薄々気付いてはいたけど、王族としてのレベルもかなり高くて…。うん、正直敵にはまわしたくなかったな)
「あはは、随分と微妙そうな顔だね」
「…微妙な顔にもなりますよ。というか、私、表面はしっかり微笑んでいますよね?なぜそんなにも見抜けるんですか?」
「それは企業秘密だよ」
「ですよねー…」
くるりくるりと、息を合わせて回っていく。
きゃあーっという可愛らしい黄色い悲鳴が、可愛いどころではないほど轟いた。
「…うわあ、凄い人気。殿下、パーティではいつもこうなんですか…?」
「大抵は。パーティは私の庭だからね」
「あー……。まあ、お好きそうですもんね、腹の探り合いとか。出席数も多いらしいと聞きました」
「…さあ、それはどうかな?」
「なるほど、庭ではあるけど、別に好きではないんですね」
殿下の反応に察すると、「ふふ、流石にここまで露骨にしたらわかったね」と微笑まれた。く、悔しい…っ。
密かにギリギリと奥歯を食いしばっていると、殿下が不意に、真剣な顔をした。
「…殿下?」
「これから、少し真面目な話をしたいんだ」
「…え、ダンスフロアのど真ん中で?」
「そう、ダンスフロアのど真ん中で」
ああ、やっぱりこの人どっか頭のネジが外れてる……と思いつつ、身分的に拒否権などないため「はい、どうぞ」と渋々頷いた。
「今日は、君を選んだ理由を話しておきたかったんだよ」
「ああ…。確かにそれは気になりますが」
容易に口に出してしまって平気なのか、という思いが顔に出ていたのか、「大丈夫だよ」と返された。この最強エスパーめ。
「それで、その理由だけど」
「はい…」
「君が、同世代で一番賢そうだったから、だよ」
…、
……
…………。
「嘘ですね。殿下がそんな平凡な理由で一令嬢をエスコートするとは思えません」
「流石に悪印象を付け過ぎたか……」
一人反省会をする殿下に、大真面目な顔で告げる。
「そもそも、賢い令嬢なら、探せば他にもいるでしょう」
「そうだね。でも君が現状で一番だ。…それに、常識人で、勉学以外も超優秀、変な欲もないし、弟や優秀な者達とのコネクションが強い。私が隣に置いても何ら不思議はない令嬢だし、正直、こんな優良物件はなかなか居ないんだよ。私の代に居てくれて助かったまであるね。まあ何にせよ、私は君を、早めに懐柔しておきたいんだ」
……。
私の心は、熱くなるどころか、寧ろ冷めた。
「うわぁ、直球…。ですが新たな発見がありました。殿下が言うことは、婉曲でも直球でもどのみち怖いという発見です」
「心外だな。これからは仲良くしたいと思っているのに」
「……と、言うと…」
思わず苦い顔になって殿下を見やる。
殿下は、怖いくらい笑顔だった。
「…まあ、そんなこんなで君を選んだわけで、実際、私の眼に狂いはなかったよ。…なかったけれど…」
殿下は、そこで一度言葉を区切ると、はっきりと私に聞かせるように言う。
「…まだまだ、とてもではないが足りないよ」
「え?足りない…?」
何に?何が?頭の良さが?
マウントか?と少し臨戦態勢になっていると、突然、殿下の顔に影が差した。
「…君は、君にはね。私のことを、見透かして欲しいんだ」




