100.厄介王子と情報戦
私は、警戒を最大限まで引き上げて、殿下を強く射抜くようにこう言った。
「殿下が何をどうしたいと思っているか…、ですか?そうですね…。少なくとも、可愛い弟と我が家を王位継承争いに積極的に巻き込みたいのではと愚考します」
が、殿下は、吸い込まれるように瞳を妖しく輝かせ、「ふふ、いいよ。そっちの方が話し甲斐がある」――とそう言った。こういう、飄々としていて掴み切れないところは、兄弟でとてもそっくりだ。しかも、噛みつかれた方がいいなんて、とんだマゾかと一瞬思った。
「でも、生憎と、今私が聞きたいのはそこじゃなくてね。私が聞きたいのは、『私が、ヴィンセントが王位継承権を狙うことと、君が共犯者であることについてどう思っているか』について、君がどう推測しているか、という部分なんだよ」
鋭い眼光、まるで見定めるような為政者の視線に捉えられ、思わず体が強張った。
実力が私に勝っている生物以外でここまで怯えるのは、初めてのことだった。
だからこそ、私は「ふふ」と軽やかに笑ってから言った。
「殿下。……それこそ、私が本気で答える確証などありませんよね?」
声が自然と低くなる。
しかし殿下は、余裕を隠さずに言い切った。
「いいや、わかるよ。君の言ったことの真偽も、どこが偽で、どこが本当なのかも、全てね」
「……」
――『敵』、とひとまず仮置きしておいた。
だからだろうか。(エスパーかよ)と辛辣なコメントをしておいた。一応半分は褒めである。
ただ、困った。この自信満々な王子様、吹っ掛けてきているのか、それとも真面目に言っているのか、判断がつきづらい。両親に「第一王子殿下は聡い方だから気を付けなさい」と言われたのを思い出す。
結局、どんな行動をしても何かしらを見透かされそうだったので、私は、直立不動と無言を貫いた。
…それと同時に、政治面では、私は特段強くもないことを思い知らされた。
これでも努力してきたつもりだったのに、こんなにアッサリ負けるのか…と、少し強火な悔しさに焼かれながら、それでも私は、顔色ひとつ変えてやるものかと、鉄仮面を押し通す。
密室に、年頃の王子と令嬢が二人きり――。だというのに、あまりにも殺伐とした、ミスマッチな雰囲気だった。
「……意外と、殻に籠るのが早かったね?」
「…」
「ふふ、まあ今のは安すぎる挑発だったかな」
「…」
「……そう。君はもう、私を『敵』と判断したんだね」
「……」
「…うん、これは正しい情報か」
(あ、この人関わっちゃダメなタイプの人間だ)
間の抜けた顔を晒している間にも、殿下の観察は続いていく。
「ヴィンセントに随分とご執心のようだけど、恋愛感情ではないらしい」
とか、
「端的に言えば、君は重度の”依存型”かな」
とか、
「だから必要以上に情報を与えまいと、必死に隠している。いじらしいね、本当に」
とかとかとか……。
(……兄弟そろって、この厄介さは何なのかッ!王族は厄介属性を必ず持って生まれる仕様なんですか⁉絶対今日帰ったら、お父様に『なるべく夜会は殿下の出席しないものに限定して』って言っておこう‼そう絶対に‼)
どうか忘れてくれるなよ私の脳みそ…と願掛けしてから、(とにかく!)と気を取り直す。
(これ以上ここにいたら危ない。もうさっさと退散しよう)
判断力でそこまで一気に駆け抜けると、「では殿下。うら若き男女が二人というのも些かよろしくありませんので今夜はこれにて失礼致します」と一息に言い、後ろ手にドアノブを回した。
「ふふ、元気だね」
「はいすこぶる元気でございますでは失礼致します」
そして、やっと出られると思った時、後ろから声が投げかけられた。
「…ああ、そういえば、今日私が指名したもののことだけれど、あれはね。この夜会中、パートナーとして一緒に過ごす、という約束のようなものなんだよ。君は聞き逃していたようだけど」
「……あー、じ、実は、急に何か腹痛が…」
「あれ?おかしいね、先ほどまでは『すこぶる元気でございます』と、しかも早口で言っていたのに」
「………。」
「それとも、私といるから体調が不安定になるのかな」
…はいそうです、と即答できる世界線に、生まれたかった。
「……滅相も、ございません」
「そう。それならよかった」
こうして私は、何でも見抜く敵王子に、めでたく拘束されたのだった。




