99.第一王子殿下の密室詰問
(とはいえ、心の中で暴言を吐いたはいいものの…。王族の誘いを断るとかあまりにもないよね。だから、安牌は、殿下の話に乗りつつこれが何なのかを探ること。そうと決まれば…)
「…はい、お願いします」
そう言って、私は差し出された手に、手を乗せた。
すると、「きゃあああああ‼」という悲鳴が聞こえてくる。
申し訳ないが、こちとら断れないのである。殿下へのアプローチは、また今度にしてくれ。
そう思いつつ、「ありがとう、嬉しいよ」と爽やかに微笑む殿下を見つめつつ、耳の方は情報収集に回していた。
(何としても、家のためにもレオのためにも、ボロを出さないように…、そう、このお誘いが何なのかを見極めなくては…‼)
『絵になるお二人ねぇ』
『本当に。エリザベス様が王妃様になる日も近いかも?』
『え~!私、殿下を狙ってたのに~っ』
『アンタじゃ無理よ。エリザベス様くらいの器量でないと』
(…王妃様、ねぇ。少なくとも、やっぱり何らかの好感度を伝えるイベントでも起こったみたい)
『これからお二人は、どこへ行かれるのかしら?』
『それもエリザベス様がお決めになるのでしょう?』
(えっ私?)
『そうよ』
(そうなんだ)
『あ~っ、じゃあ、夜の庭園とか⁉』
『お黙りこのふしだら娘!』
『あいたっ…もー、酷いですよぉ』
(どこかで暴力が起きてますが?あと、夜の庭園がタブーなのは何となくわかった)
『じゃあ、ダンスとかかしら?』
『もしかしたらお食事かも』
『あ~!エリザベス様、好きですからね!』
(そしてバレていた…っ!まあ隠すようなことでもないんだけど。でもこれって、もしかすると、「交流したい人を一人指名して時間を過ごす」的なイベント…?うん、大体当たりはつけられたかも!)
「…して、レイナー嬢。君はどこをお望みかな?」
「……そう、ですね…」
(安牌はダンス…でも……)
「あちら(食事コーナー)に行きましょう!」
「食事、コーナー…」
その瞬間、どよっと周りがざわめいた。
(あ、やっぱりコレ、レアパターンだったやつ)
でも、仕方がない。食欲に負けたから。
「では、早速行きましょうか、殿下」
「うん。わかったよ、マイレディ」
そうして爽やかにエスコートされ、食事コーナーに連れて来てもらう。
そこには、色とりどりの食べ物があった。
(美味しそ~…!コルセットのせいで入るものも少なそうだし、しっかり厳選しないとね!)
「個室を手配しておいたから、そこへ持って行って食べようか」
「え…?は、はあ…」
個室…。
(貴族社会で、個室って…あんまりいいイメージ、ないんだけど……。でも、殿下はそういうことをする人ではないと思う。思いたい。いや、思うしかない…)
殿下の顔をちらりと伺う。
そこには、綺麗過ぎる笑顔があった。
(うーん怪しい)
結論はそれに尽きた。
だが、優秀で色事に興味がなさそうな王子が個室ですることというのは、普通に気になる。
こういうのが「好奇心は猫をも殺す」と言われる理由なのだろうとわかりつつも、私は王子のあとについていってしまったのだった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
そして、個室に入ると、遠慮なくガチャっと鍵を閉められた。
(ハハ、デスヨネー)
そう思いつつ、「殿下…?」と、表面上は何も知らないような令嬢を演じてみる。
「これは…どういうことですか?」
「ああ、いいよ。ここでは演技をしなくても。そんな、何も知らないような初心な令嬢じゃなくて、今日は君に話があったから呼んだんだ」
少しだけ、ドキッとした。
それすらも見抜かれているだろうが、あくまで平然としたふりを貫いた。
「…それで、何の悪巧みに巻き込むつもりです?」
「悪巧みとは、人聞きが悪いな。ただ……、そうだね」
光を集めた正統派王子様は、既にセッティングされていたシャンパンのグラスを取り、ゆらゆらと揺らしながら答えた。
「王位継承権のことについて」
私は、息すらも出ず、絶句した。
その間にも、水を得た魚のように、しかし表情は昏くして話し続ける。
「私の弟…、ヴィンセントは、王位継承権を狙っていて、君はその共犯者でしょう?そのことについて、今日は話したくなったんだ」
家のことすらもかかっているという重圧に、耐え切れず沈黙で返す。
「…ねぇ、君はどう思う?私はこれから、何をどうしたいと思っているか、わかるかな?」
遊ぶ少年のような声色の殿下からは、底知れない実力からくる恐怖のようなものを感じざるを得なかった。




