第六話『そんな日が来るといい』
村にたった一つの武器屋、と言えば何とも聞こえは悪いが、魔族陣営と人間陣営との境目に近いこの村の武器屋は良い品が揃っている。
鍛冶職人も首都からわざわざこんな辺境の地までお呼ばれしているようだった。
「この村、建物自体は少ないけれど立派な施設が多そうですよね」
村に戻って武器屋を目指して歩いていると、村全体を見渡しながらリューネが不思議そうに呟く。
村だというのに全体が見える、というのがそもそも少し不思議な話なのだ。村というよりも、中継基地なんて呼び方の方が似合うかもしれない。
「まぁ、人が住む為のもんじゃないしな。武器屋にせよ道具屋にせよ。宿屋にせよだ」
「元々住民じゃなかった、と?」
「らしいな。だからこそほら、民家らしいもんが見当たらないだろ?」
リューネの疑問はそれで納得したようで、コクコクと頷いていた。
「じゃあ、ヴァルドさんは……?」
「俺はもう宿屋の一室を貸し切ってる。団体が来たら多少やっかまれるが、こればっかりはなぁ……」
「私もそうなりそうですね……」
リューネが難しい顔をしているのを横目で見ながら、俺は足を止める。
そう大きな村ではないのだから、家を建てるのもやぶさかではないが、それにしたって先立つものが必要だ。
眼の前の武器屋のように、国が建ててくれるわけではないのだ。
実際、自分自身あまり利用することはなかったが、改めて外装を見ると木板張りではなく、しっかりと金属で頑丈そうに作られているあたり、この村の重要性が見て取れる気がした。
「さ、着いたぞ。入ろう」
「えぁ? あぁ、いつのまに……」
リューネはハッとした顔で、俺の後をトトッと追いかけてくる。
中には無骨で、元戦士の風格が漂う店主が一人。そうして店の奥からは鍛冶の音が鳴り響いていた。
「おぉ、ヴァルドか。珍しいな。それと……」
「リューネです、この度ヴァルドさんとご一緒することになりまして」
武器屋の店主――ビルは目を丸くしてから、俺の方をニヤけ顔で眺める。
「へぇ……お前に連れがいるのも驚いたが、あの一匹狼がやっとこさ人とつるんだか」
「……成り行きでな。そんでまぁ、適性武器をってとこだよ」
彼は一瞬、剣の方を見たが、俺はあえて目を逸らして、槍が立てられている棚を見る。
俺もこの村に身を寄せて長い、ビルと共闘する機会もあった。だからこそ彼にも俺が剣の扱いに長けているということはバレている。
だが、それでも俺はあえて、リューネとの相性だけを考えて槍を吟味していた。
「ビル。俺は勝手にやるから、この子に棍を見せてやってくれ」
「棍だぁ? てっきりお嬢ちゃんは魔法使いかと思ったんだがな」
魔法使いだということには変わりないが、それでも武器適性は関係がない。
「魔法使いでは、ありますが……どうやら杖よりも相性が良いらしく……」
「となると……魔力増幅が効く素材で出来たもんが良いな。ちょっと待ってな」
ビルは店の奥に引っ込んでいく。
「オーダーをする程の時間はないんだけどな、まぁなんとかなるか」
「いざとなれば小杖でも魔力は増幅出来ますし、私はもっぱら素手で使うことが多かったので……」
確かに、プロクスと戦った時は杖を使ってもいたが、今までのパーティの立場から考えると、即時性のある素手での魔力行使を強いられていたのだろう。
「まぁ、その辺りも財布と相談しながらだな」
「って、私お金あんまり持ってないですよ?!」
俺は懐から袋を取り出して彼女に見せて、苦笑する。
「まぁ、パーティ資金ってことでいいだろ。とりあえずは」
そうでも言わないと遠慮しそうな空気を感じて、俺は何かいいたげなリューネに背を向けて槍を一本ずつ見ていく。
剣を取らないということが、生命を左右するということは重々理解している。
俺一人であれば、きっと良かったのだ。消える生命は俺だけのものだったから、しかし今は違う。
実際、プロクス達を相手どっても、俺がちゃんと剣を扱っていたならば、状況はいくらか違ったかもしれない。それでも今の俺が剣を取ったとして、迷いがそこにある以上、役には立たないだろうと思ってしまう自分が情けなかった。
「長過ぎるのは、合わないな」
リューネの適性レベルであれば、正しく棍術を覚えずとも、今の状態で相手を転倒させるくらいは容易なはずだ。
であれば、俺はそのトドメを迅速に行う役割であればいい。
「これも理由にしてる……か」
俺は小さく呟き、少し柄が短く、取り回しの良さそうな槍を手に取る。
槍先は細いが鋭く、柄の部分も鉄製で出来ているから頑丈そうだ。何より、重みが丁度良い。
「槍……ですか。得意なんですか?」
「まぁ、俺は器用貧乏だからな。何でもある程度は使えるさ。あとは短剣、か」
流石に槍の射程から詰められた時に殴りつけるわけにもいかない。
「あ、なら私の短剣、使ってください。きっと私が使うより良いはず」
彼女は腰に留めていた革製の鞘を取り出して、こちらに渡す。
「いや……わざわざ貰うわけには……」
言いかけて彼女の目を見ると、どうやらこれは受け取らなければ納得してくれそうになかった。
俺が棍の代金を払うのだから、その代わりと言ったところなのかもしれない。
俺は彼女から鞘を受け取り、形だけ中身を確認する。一度彼女が使った所を見てはいたが、やはりそれなりに値が張るものだった。
「……いいのか? 価値くらい分かってんだろ?」
「いいんです。知らない人にあげるわけではありませんし」
その言葉に俺は頷き、自分の腰にそれを括り付けた。
「嬢ちゃん、とりあえずここらへんから、どうだ?」
ビルが数本の棍を持って、店の奥から顔を出し、机の上にドサリと置いて並べる。
棍と言えども、単純な棒から、鎖で繋がれているもの、前方にトゲがついたものもある。
「ちなみに魔力増幅が一番強いのはこいつだな」
彼は杖にも似たものを指さしたが、リューネは首を横に振る。
「いえ、せっかくですが。私は……これを」
彼女が選んだのは、持ち手自体が存在せず、硬そうな木を軸に、両端が均等に金属で固められた細い棍だった。
「筋がいいな。そいつぁ二番目に良いもんだよ」
「ビルの親父、結構無茶させるつもりだが、耐久は効いてるか?」
「はっ、並の剣なら軽く弾かぁな。ただ、傷ついたら持って来い。しかし、嬢ちゃんのその杖、良いもんなんだがな、そこまで棍に拘るもんかね?」
少しだけ訝しんだ顔のビルに俺は軽い溜め息を付きながら、買う予定だった槍を手に取る。
「親父、どっちも買うから、使わせてもらうぞ?」
俺は机の上に金が入った袋を置き、リューネに目配せをする。
頭に疑問符を浮かべていた彼女に苦笑しながら、俺は槍を彼女の方に向けた。
「成る程……分かりました。ではビルさん。少し借りますね?」
彼女が棍を取った瞬間、即座に俺は槍を振るう。
流石に突いてしまうのは危ないが、殴打を捌かせるくらいなら、迷惑にもならないだろう。
一打目は上に、二打目は横に弾かれる。
「間違えて店のもんには当てるなよ?」
「……勿論、そのくらいは、心得てますよっ!」
――そして、三打目は、俺からではなかった。
俺は彼女の殴打を受け止めて、弾き返す。彼女の目も、少し活力を帯びているように見えた。
軽い打ち合いをするにせよ、広い店では無かったが、それでも俺の柄の殴打は軽々とリューネの棍で弾かれていく。小気味いい音の速さがだんだんと変わっていった所で、それを見ていたビルが音を上げた。
「悪かった悪かった。商売柄、どうも良いもんには執着ってもんがな。それだけ出来るんならそりゃあ棍を選んで当然だろうよ。しかしヴァルドも意地がわりぃなぁ……」
「まぁ、親父なら言うより見た方が早いだろってな」
俺自身、少し驚いていた。最初は軽く打っていたが、最後の方はそこそこに力を込めていたつもりだ。
しかし、彼女は俺の槍の柄を正確にいなしている。別の武器種だからこそ、広い場所で本気を出せば流石に俺が勝ってしまうだろうが、それでも思った以上の適性を実感する手合わせだった。
「まぁ、実際驚いた。棍術の適性を持ってるヤツを見たことなんて無かったしな」
「これで、鍛錬したことないんだってよ」
ビルがそれを聞いて大声で笑いながら、リューネの肩を叩く。
「そいつぁ今後が楽しみだな嬢ちゃん。特別に安くしたらぁ!」
「それは、ありがとうございます。でも、実際ビルさんが言う通りに、私自身杖には執着というか……愛着のようなものはあるんですよね……だけれど自分でも意外でした。杖じゃこうは出来なかったはず……」
「良い木なんだろ? だったら修理用に預けりゃいいんじゃないか? そうすりゃ、その杖も本望ってもんだろ」
俺の提案に、ビルの親父はパンと手を叩いた。リューネも、ハッとした顔の後、嬉しそうに頷く。
「ビルさん、こちら、修繕用に使えますか?!」
「修繕に使うのが勿体ないくらいだが、まぁ使うことは出来るな。それに愛着があるってのは武器にとっちゃ嬉しいことだ、大事に預かっといてやるよ」
それを聞いてリューネは嬉しそうに杖を差し出す。ビルの親父の人柄は俺も知っている。悪いようにされることはないだろう。
代金を支払ったあと、小杖のことをリューネに聞いたが、流石に遠慮されてしまった。
しかし、戦闘準備としてはこれで満足ではある。リューネの素手での魔法の威力は知っているし、鍛えていない段階での棍適性もハッキリと理解した。これに伸びしろがあるのだから、適性というのは恵まれているようで、恐ろしい。
「それじゃ、今日は宿屋で休んで、明日の朝出発だな」
「あっ……」
武器屋から出ると日も暮れかけていた。
俺は相変わらず彼女より少し前を歩きながら宿屋に向かっていると、リューネからさっき武器屋で聞いたような声が聞こえた。
――そういえば、宿屋に泊まるにも金がいるんだったな。
まとめて払っていたのですっかり忘れていた。
というか、まとめて払ってでもいなければ俺は追い出されていてもおかしくない。
「……パーティ資金が底をつく前に依頼をこなさなきゃな」
「はい……それに、これだけ空き地があるなら、拠点として家を建てるのも悪くないかもしれませんね」
俺にはない、前向きな考え方だった。俺が何年この村にいても考えなかったことを、すぐに考えつくあたり、やはり彼女は俺とは性質が違う。
だからこそ、今俺は彼女と一緒に歩いているのかもしれない。
「いつか、そんな日が来るといいですよね」
「それも……そうだな」
これからも俺が彼女のような人間を仲間として認めることがあったのなら、ゆくゆくはそんな場所も必要なのかもしれないなと、そんなことを思いながら、いつの間にか横に並んでいた彼女の、キラリと光った棍の先を眺めていた。




