第五話『良い数字』
村まで戻った俺達は、その足でギルドまで向かう。
依頼は、とりあえず失敗に至った。だからこそ状況の共有が必要なのだ。
「あら、ヴァルドも鈍った? プロクスくらい貴方が……」
「そういう話じゃねえんだ。俺らはあの森のプロクスをまとめて倒す事にした」
その発言に、アンナは目を丸くするが、隣にいるリューネに驚いた様子はなかった。
結局はそういう事なのだろうと、もう理解していた。単純に依頼元のプロクスのみを倒すことは可能だったかもしれない。だが彼女の真意は分からずとも、やろうとしていた事は殲滅だ。
「それはまた……大きく出たわね。二人でやるつもり? というか、負われてないわよね?」
「そこは、大丈夫です。確実に足止めはしましたから、私達に怨恨があれどこの村に向かうという事はしないかと」
リューネの断言に、アンナは少しだけたじろいだ後、溜め息と一緒に俺の方を見てくる。
「はぁ……それじゃあどうするの? 少なくとも今の貴方達って、依頼未達成の上、巨人族の群れを刺激して逃げ帰ってきたっていうのが事実なんだけどな……」
原因は、圧倒的物量を捌ききれなかったという事に尽きる。それに、俺のグレイズアーセナルの魔力武器に強度がなかった事。こればっかりは、俺の魔力量でも限界がある。
突破口を考えていると、リューネがアンナさんに向かって口を開いた。
「ところで、この街に、鍛冶屋はありますか?」
「無いわよ、こんな寂れた街に……」
リューネは残念そうな顔をしてから、思案に耽る。
「では、武具屋くらいは……」
「まぁ、あるわね。ただ、ここまで前線に近いと、そこそこ高級な装備が卸されてるから、高いわよ?」
正直、アンナのいう通りで、この村に卸されるのは娯楽品などよりも、武具の類が多い。
前線ならではの装備更新のタイミングという所だ。だからこそ、品質も良いが値段は張る。
ただその武具の中から一つか二つ売れてしまえば、武具屋の家系はしばらく安定するだろう。そのくらいの価値の物が、届けられている。
「じゃあヴァルドさん、そこに行きましょう……でもまずは、話してない事、ありますよね?」
リューネの視線が鋭くなる。彼女は後ろから俺の動きをずっと見ていた。
だからこそ、俺の癖のようなものを見つけられたのかもしれない。
「大前提として、私はヴァルドさんの適性を知りません。複数の武器が扱えるという感覚があるだけ」
言うべきだと思いながら、対応できるならばいいと、黙っていた事だった。俺は俺で戦えるし、彼女は彼女で戦える。それを確認する場だと思っていたし、相性を確認する場だと思っていた。
そうして、俺はそれで通用すると、思い込んでいたのだ。
しかし、撤退を余儀なくされた今、隠しておくわけにもいかない。
「俺の、適性……か」
「はい。まず、私は魔法適性が4であり、他に強いて言うならば短剣適性が3程度でしょうか」
魔法使いとしては、まずまずの適性だ。短剣の適性が3もあれば、多少の努力で近接のやり取りもできるだろう。ただ、俺としては彼女の杖捌きが気になっていた。
「そういえばリューネは、杖……じゃなくて棍の適性はないのか?」
「ん……? ないですけど、何かありましたか?」
だとするならば、俺達が真にその能力を理解する為に、やらなくてはいけない事があるのかもしれない。
「リューネ、武具屋に行くのは後だ。まずは雑貨屋に行こう」
「雑貨……? まぁ、いいですけど」
決してやりたいことではない。だけれど、俺がこの少女の違和感を確かめるには、やるしかない。
――俺が持って生まれた。適性を正しく測るという力。
その為に必要なのは、燃やすと魔力の煙を立ち上らせる発火草と、単純に何枚かの厚紙で良い。
俺は、未だに状況が飲み込めていなさそうなリューネを連れて、雑貨屋でそれらの素材と、飴を少し買う。それをリューネに数粒渡すと、彼女は意外そうな顔をしていた。
「えっと……ありがたいですが、こんな事をしている場合でもないような」
「いーや、お前は頭を使いすぎだろ。今のうちに舐めとけ。どうせこれからもっと頭を使わなきゃいけないんだから」
俺の言葉を受けて彼女は飴を口に含む、小さい声で「美味しい……」と聞こえて、少しだけ安心した。
そうして、村の端の、誰も通らないただの空き地で、グレイズアーセナルから小さな短剣を生成して、数枚の厚紙切り分けてカードのようにして、一番下のカードには瞳のマークをつけた。
そうして、発火草に火をつけ、その炎で厚紙を炙るように近づける。
「我は我、ヴァルド・グレイの恩恵を覗く。神が目を背けし時、覗いた瞳を火に焚べよう。表わせ、さらけ出せ、忌みを与えた、その実体を……!」
聞くだけならばまるで詠唱魔法――だが少しだけルール外、これは通常の魔法に該当しない、儀式のようなものだ。
詠唱が終わった瞬間、炎が強く燃えあげる。カードを下に向けていたとしても、強い熱で軽い火傷を負う可能性もある。今でこそタイミングを熟知しているからそういう事も無いが、それも俺がこの儀式を好まなかった理由の一つだ。
俺は火であぶられた厚紙を思い切り空へと放り投げる。
少しだけ炎の赤を帯びた白い厚紙が、夜へと回る世界に、色を付ける。
そうして、それらは、まとまりながら、俺が差し出した手の上へと、落ちた。
「これが、俺の全部だ」
俺が見る必要は無い。知るべきは、きっとリューネなのだろう。
「お前なら、俺を使いこなせんじゃねーか?」
彼女は、俺から渡されたカードを食い入るように見つめながら、少し嬉しそうにカードを捲っていく。
そんなに楽しいものだろうか、人の才能を見る事は。でもきっと、彼女の中では才能がどうこうよりも、どう使えるかで楽しんでいるのだろうなとも思った。
「凄い、ヴァルドさん……殆ど武器適性、4じゃないですか……! 道理で……でも」
その先のカードに書かれている文字を、俺は知っている。
「その先は、言わんでいいよ。忘れといてくれ」
だからこそ、聞きたくない数字でしかなかった。俺が、追放者になってしまった原因の適性と、数値。
彼女が気にする理由も分かる。
「勝つ為に必要な事、か」
俺は彼女の疑問めいた表情に答えずに、最善策を考えながら呟く。
俺が俺に出来る事は、果たしてなんだろうかと、彼女を見つめながら、思案していた。
リューネを見る分には、追放された事をそう強く気にしている様子はない。
だが、俺にとって追放とは、するべきものであり、されてしまったものでもある。
忘れられない傷を、今も仕事で痛めつけているようなものだ。
説明する程の仲じゃない、だけれどどう言えば彼女は納得してくれるのだろうか。
それとも、納得するべきは、俺なのだろうか。
「うん……適性を明かしてくれたのは助かります。嬉しくもありました、多分、だからこそ、勝つ為の手段それを考えましょう」
「とりあえずは、少しぐらい魔力武器庫にもストックしないとな」
漏れ出た魔力がグレイズアーセナルに連結し、武器が創造されていく感覚。
それもまた、気持ちの良いものではない。ただ、それを強める事もまた、勝つ為の力の一つなのだろうと思った。
「でも、実際に武器の類も持った方が良いですよ。せっかく適性4ばかりなんですし。武器屋、行きましょう?」
リューネは俺にカードを渡して、その場を立ち去ろうとするが、まだ儀式は半分しか終わっていない。
「ちょーっっと待ち、俺だけじゃ終わらんぞ?」
「えっ」
困惑がそのまま文字になったような反応。驚きではなく、疑問ですらなく、想定外の言葉を喰らったかのようにリューネはこちらを見る。
「お前の分も、やらなきゃ、フェアじゃないだろ?」
俺は白紙のカードを彼女の手に渡して、了承も得ずに詠唱を始める。
「我は汝、リューネ・ペイルの恩恵を暴く。神の目の偽りを、正しく覗いて火に焚べよう。表われろ、さらけ出せ、忌みを見据えるのは、我が眼である……!」
ハッキリ言って、人にコイツを使う時の詠唱は仰々しくて嫌いだ。しかもその正確性を保持する為に神の否定すら行うから、教会生まれだというのにも関わらず、信徒から忌み嫌われる。
しかし、どうしてか見えるのだから、見てしまう物を、俺なりに解釈した結果、名前としては儀式と呼べるものになったというだけの話だ。
――そうして、彼女のカードに、適性が浮かび上がる。
明らかに、彼女は彼女自身が知り得ていない適性があると、俺は確信していた。
だからこそ、彼女の目には、一瞬驚きが映る。
「良い数字、あっただろ?」
「えぇ……道理で、でもどうして今更……でも、だったらあの時……」
言いかけた過去には、何も言及しなかった。知っている方が良い事と、知らない方が良い事。その二つで未来が揺らぐのを――俺達は知っている
「今気付けた。それが全部さ」
「一生知らないでいるくらいなら、案外悪くないのかもしれませんね」
彼女が少しだけ震える手で、俺に見せたカードに描かれたマークは、杖とも棍とも呼べる数値にかぶされた5という数字。
「ロクな教会じゃなかったみたいだな」
良く使われがちな魔法適性や剣適性などを詳しく見ても、棍術の適性などは見落とされがちだ。ただ、それらも武器であることは間違いない。
「お前の杖捌きのソレは、技術こそ無いにせよ。センス以外の何物でもねぇよ」
たとえ適性が5であっても、鍛錬無しでは努力した適性4には勿論、場合によっては3程度の実力しか出ない。何となく使ってきた彼女の杖捌きは、おそらく厳密に言えば適性3程度の力しか無いだろう。
――だけれど、それが今気付けたならば、それでいい。
「他に、見覚えの無い数値は無いか? 魔法適性は流石に4のままだと思うが」
「そう、ですね……武器の類は杖棍適性だけが5、短剣が3で魔法が4なのもそのまま、他は、この通りです」
渡されたカード、その武器適性は大体1か2で揃っている。彼女の腰に短剣がある理由もとりあえずその適性の中でまともな近接武器を与えたという事だけなのだろう。
ただ、魔法使い故に杖を持っていたのは丁度良かった。棍術の適性は棒状ならば杖でも構わない。だからこそ、俺はその使い方のセンスに気付く事が出来たという事だ。
彼女は、果たしてただの追放された魔法使いだろうか。
ただそれも、これからの彼女の努力次第。
「これは、俺達だけが知っていたらいい。お前の事も、簡単には言うなよ?」
俺は魔力の帯びたカード達を、そっと火に焚べて魔力だけを取り込む。
「です、ね。でも、これで少しだけ可能性が見えてきました」
俺の武器適性と魔法適性を把握した彼女。
そうして彼女の武器適性を確認出来た俺。
これでやっと、勇者ではないもののパーティーになったような気がした。
「じゃあ、行くか。俺はどの武器にするかな……」
「器用な人は良いですね……私、この杖気に入ってたんだけどな」
それでも、もう彼女は勝つ為に、自身の武器を変えるつもりでいる。
それがどうにも彼女らしくて、俺は少しだけ、静かに笑っていた。




