第四話『死ぬよりかはマシ』
戦闘開始の合図には丁度良い破裂音が俺の後ろから鳴り響いていた。
的確にプロクスを狙う雷撃、おそらく彼女は魔法適性という広い枠組みの中でも、雷を主に使っていたのだろう。好んで使えば勿論適性に応じて属性の力は強まっていく。
魔法適性が4であればある程度の魔法は使えるにせよ、どの属性を強く使うかはある種自由だ。
「ヴァルドさん、まずは……!」
「言われるまでも、無いっての!」
俺は電撃を浴びせられて身動きの出来なくなったプロクスから仕留めていく。大型の変異種は明らかに厄介な相手だが、その周りを通常サイズとはいえ人間よりも巨大なプロクスにうろちょろされてはやりづらいことこの上ない。
十数体のプロクスの群れを各個撃破というのも、中々骨の折れる作業だったが、リューネの援護が的確なおかげで、俺は駆けながら斧を振るい続けるだけでプロクス達の攻撃を避ける事に成功していた。
「よく見てるもんだ……けども、プロクスもそっちを見てるぞ!」
プロクス程度の知能があれば、相手が強いか弱いか、そうして誰に何をされているかくらいは分かるはずだ。だからこそプロクスのうちの二体が、リューネの元へと駆け寄っていた。
流石に無詠唱魔法に慣れていそうだとは思っても、流石に二体を相手するのはまずいと思い、俺は大斧をそのうちの一体、リューネから少し遠い方へと思い切り投擲する。
大斧は回転しながら、プロクスの一体を薙ぎ払う。魔力武器は使い捨て出来るのが良い。
「一体なら、なんとかなるだろ!」
「大丈夫です! ……っと」
リューネからの返事は求めていなかったのだが、彼女は魔法を使う様子は無く、目の前のプロクスの足元を杖先で払いのけた。というよりも、足元を狙って薙ぎ払いの一撃を放っていたというのが正しい。
それは慣れのようなものに思えて、当たり前にそれが出来ている――出来てしまう人間の動きだった。
彼女は、転倒したプロクスの眼前に杖先を当て、激しい光を伴わせながら、その存在を消滅させた。
「あぁ……人の事考えてる場合じゃねえや」
俺の眼下に影が映る。その大きさは見なくても分かる、おそらく変異種だろう。
振り返って対峙する暇は、おそらく無い。ただ、距離を取る事くらいは、出来る。
グレイズ・アーセナルの在庫からはもう剣と槍と斧が消えている。いつもこんな仕事をしているわけじゃない俺に残されたストックはそう多くない。多くないが、武器があるならば、剣でも槍でも斧でも、俺にとって大きな問題では無い。
俺は、そういう風に育てられたのだから。
槌を目の前の空間から顕現させ、俺は思い切り後ろへ振り抜くと同時に、変異種の目を見て笑い、反動で自分の身体を後方へと飛ばす。
「悪い、リューネ! 目ぇ付けられちまった!」
あまり使っている所を見ない槌――ハンマーとも呼ばれる殴打武器は、プロクスのような力押しが効かない相手とは相性が悪い。しかし、だからといって剣や槍を例に出して遊んだのは、舐めてかかっていたわけでもない。
俺は変異プロクスの一撃を、槌の平面で受け止める。それと同時に重心をプロクスに預けて蹴撃を撃ち込んだ。
俺にとっての槌という武器は、ただ殴る為の武器でも、ましてや振り回す為の武器でもない。
俺を武器にする為の、支えだ。
強く撃った蹴撃だとはいえ、自分の身体よりも四倍は大きな巨人を転ばせる程度の威力はない。
精々、体勢を揺らす程度。だけれど、それでいい。
「器用貧乏とは、良く言われたもんでさ!」
槌の柄で、思い切りヤツの腹部を突く。面で叩くより、点で撃った方が良い場面だって、そう少なくはないのだ。
「かってえなコイツ!」
「ヴァルドさん、下がって!」
その声に、俺は槌の平面を改めて目の前のプロクス変異種に叩きつけて、後ろへ飛びながら、思い切り槌を地面に叩きつける。そうして後ろを振り返ると、何かを呟いているリューネが見えた。
今俺達は共闘関係にいるのだ。後ろから状況を俯瞰しているリューネの言葉に、疑問を抱くのは間違っている。俺が、彼女ほど合理的に物を見れないとしても、そのくらいの判断くらい出来なくちゃ、俺は此処に立てていない。
「来た、良いぞ」
「……給え、空を漂うその粒子は、反転する……! 氷塵華!」
彼女が使ったのは、妨害の一手でも、反撃の一手でもなかった。
プロクス達の周りが、白く濁っていく。
「落ちろ!」
彼女の言葉により、その白く、冷たい濁りが、プロクス達の足元に纏わり付き、じきに白色が消え透明になる。そこで、やっと残りのプロクスの数が見える。
未だ残る十数体、倒せる数じゃ、ない。
「此処は逃げましょう。幸い村からは遠い。私の判断ミスでした、ごめんなさい」
リューネは口早にそう言って、俺の服を軽く引く。
「あ、あぁ……確かに、状況は不利、か」
これは、俺達二人だからこそ出来る判断、勇者という名を背負った人間達には、きっと出来ない判断だった。
ドラゴンまでを見据えた判断も、プロクスを引き寄せるという判断も、間違ってはいなかった。
ただ、俺達二人でやるには、きっとこのプロクス達との戦いが一番分が悪い。きっとドラゴン一体であれば、何とかなったかもしれない。しかし数の暴力で圧されたならば、俺達は弱い。
――それでも、彼女の判断を、失敗にしたくなかった。
俺は、服を引っ張られる感覚を覚えながらも、その場で、グレイズ・アーセナルを起動する。
「まぁ、待てよ。まだ武器の在庫は残ってる。やれる事はやろうぜ?」
魔力武器庫に残った、弓と矢。それらは決してプロクスを倒し切るに足る武器じゃない。
ただ、彼女の実力を足る物にする為には、相応しい。
「ヴァルドさん……?」
「要は、射線にブレが無けりゃ、お前の魔法は当てられるんだよな? なら話は早い」
リューネが魔法でプロクス達を凍結させたといっても、範囲が広く分散している上に、凍らせられたのも足元だけだ。ヤツらの力ならば動き出すのも時間の問題だ。
――だが、今ならただの的に過ぎない。
「頭を射抜く程の力はない。だから足を狙う。左から、行くぞ」
「……はい!」
一発目、外れ
二発目、やや左寄りの外れ
三発目、命中
――後、撃ち切る二十本目まで、全て、命中。
動かない的に対して、多少なりとも武器についての適性を持ち合わせている俺が外すという事はない。
だから、一発目と二発目だけ、雷が纏っていなかった。という話だ。
俺の癖を見抜いて、彼女が確実に雷を矢に纏わせるまで、必要だった本数はたった二本。
彼女は、あの追放パーティーの射撃手との連携が致命的なまでに下手だった。射撃手自体も技術は高かったように見えるが、その癖の方向性を見抜くには、やや自分勝手なきらいがあったのだ。
だからあえて、分かりやすい射線と、明確な部位目標、そうして撃ち込む順番を決めた。
「技術は、足りてる。だけど、俺達だけじゃ始末には終えないな?」
「です、ね」
俺は撃ち切った弓を放り投げ、プロクス達が多少なりとも痛みに呻いている間に彼女と共に駆け出した。
「戦術的撤退か、許されるかね」
「許されますよ。死ぬよりかはマシというものです」
下手にプロクスに手を出した以上、責任は俺達が取らなければいけないのは当然だ。
だが、簡単に村に来るような事も無いだろう。少なくとも、俺達二人にあそこまでしてやられたというすり込みは出来たはずだ。
「しかし、どうしたもんか。このまま帰るのは恥ずかしいぞ?」
「それでも、です。もう一度考えましょう。技術は足りてるんですもんね?」
彼女の中に、やっと感情のようなものが見えた気がして、ほっとする。
随分と意固地な自己評価は、実際にやらせて見なければ変えられない。
要は、彼女が技術不足だったわけじゃない。あのパーティーそのものが技術不足だったのだ。
「分かったなら良い。合理的なのもいいけどよ、縛られるのは合理的じゃあない」
「ふむ……」
俺達は難しい顔をして、面倒な事を言いながら、みっともない撤退を強いられている。
「でも、確かにヴァルドさんと一緒に戦うのは楽だった……ような気がします」
そう感じるのは当たり前なのだろうな、と思った。彼女が元のパーティーのどの時点で厄介者として扱われていたかは分からないが、前提を知らない人間が彼女と共闘したなら、やりづらいと感じて当たり前だ。それが勇者パーティーなら尚更、邪魔に感じてしまうかもしれない。
それは、彼女が悪いわけでも、パーティーが悪いわけでも、ないのだと思う。
つまりは相性の問題。彼女は彼女としての正解があり、パーティーはパーティーとしての正解がある。今俺達が並んで撤退を選んでいるのは、俺が彼女の正しい所と理解しがたい所をある程度まで理解しているからだ。それは、歩み寄ろうとしなければ絶対に浮き出てこない彼女自身の成立だ。
「そりゃ、見ていたからな。このくらい出来ないと追放監査なんざ出来ないさ」
「それでも、私はパーティーから追放されたんですよ?」
リューネがいう事は尤もだ。
だが、パーティーがリューネを追放したと考えるのが当然だろうか。
当然かもしれない、ただリューネをパーティーが扱えなかったとも、考える事は出来る。
要は噛み合えなかったという単純な事実。噛み合えないリューネと、噛み合おうとしないパーティー。
その二つがどちらも譲れないなら、結果関係性は壊れるしかない。それはどうしたって仕方がない事なのだ。だからこそ俺は追放を容認した。しかしそれは、リューネの力が劣っているわけではない。
本来、勇者パーティーの一つに入った人間が、安易に追放される事など、あってはならないのだ。そもそも選ばれる時点で、能力に秀でてはいるのだ。それでも、結局求められるのは協調性や、親和性ばかり。
空気を読んで弱いフリをすることも、空気を読んでパーティーリーダーを立てる事も強いられる。
それが果たして魔王軍討伐という事に対して必要なのか、俺自身疑問だった。
「俺もパーティーは追放されてるんだ。結局追放者同士、合理的な戦法を取っただけなんじゃないか?」
勇者パーティーたるもの、という暗黙の了解。それらは追放されてやっと無くなるのだ。
だから、逃げていい。今は逃げていい。俺達が勝てないと決めて、そうして次勝つのだと決めたなら、こんなものは甘えでもなんでもない。意地を張って、制度に縛られて、グシャグシャになるより余程いいじゃないかと、今だからこそ思える。
――勇者としてパーティーを率いて、勇者では無いと仲間に烙印を押された俺だからこそ、分かる。
勇者という定義が固まりすぎている世界で、魔王軍とぶつかり合うのは勇者パーティー達かもしれない。だけれど、それ以外に自由に動き、前線以外を守るのは、勇者じゃない。
「俺達がやるのは、勇者達がしない事。尻拭いでいいんだよ。格好悪くても、間違えてもいい」
「楽な物、ですね。でも助かります。あの場で逃げない選択なんて、結局は身を削ったジリ貧でしか無いんですから」
悲しい程合理的なリューネの言葉を飲み込む。彼女はなるべくして追放された勇者崩れなのだと思った。
空気を読もうとして失敗した過去の俺よりも余程、余程筋が通っている。
だからこそ、彼女をただの追放者として、パーティーに追放を許可した俺が、ただの追放者として留める事を嫌ったのだと。駆けながら、息苦しい中、思っていた。
彼女は空気を読まない。空気を読もうとして失敗した俺より、ずっと筋が通っている。
なら、俺は彼女を支えてみたいと、そんな事を思いはじめていた。




