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第三話『邪魔はしないさ』

 ギルドから出て、俺とリューネは勇者達が向かう前線基地の方向とは全く別の、森の方向へと向かう。

 俺が住んでいる村自体には名前すら無く、周りに森と整備があまり整っていない街道しかない。


 つまり、自分達でどうにか魔物を退けなければ生きていくには厳しい環境なのだ。これが王都近くの、弱い魔物がいる村であれば平気なのだろうが、こと、この前線基地近くはそうも行かない。

 王都で暖を取っている連中はドラゴンどころか、巨人族すら見た事もないだろう。


 俺は、胸を張ってギルドから出たリューネに森の方向を教え、少しだけ彼女より前に位置取りながら、巨人族の残滓を探る。このあたりに生息する巨人族は、プロクス族という知識に長けた魔物だ。

 ヤツらは人よりも大きいのは勿論だが、他の巨人族と比べると身体は小さく、その分知能が発達している。大柄なだけの魔物をどうにかするよりも、自分より大きく、知能のある魔物を相手取る方が、難しいのは明白だ。ただ、倒すべき個体は、どうにも身体が大きいようだ。


「ところでヴァルドさん。武器は……? ヴァルドさんもあの、魔法みたいなので戦うんですか?」

 リューネが少しだけ不安そうに聞いてくる。それもそのはず、彼女は今まで明確な前衛が二人と、回復役、それに加えて射撃手までいたのだ。

 二人パーティーという都合上、数という意味では勿論、相手の役割を知ることの出来ていない今、不安になるのも当然だ。


――だから、俺は森の中で二人になるまで何も言わなかった。

 それに、ターゲットを見つけるまで使う気もしなかった。

 俺は、小さく息を吐いてから、意識を集中させる。

「これは魔法みたいなもんだけど、正式には権能って呼ばれる別方向の力だ。名前は……得る時に名付けられてしまうもんだから、笑うなよ?」

 プロクスが、こちらに気付いて動き出すのを、おそらくリューネも目視で確認したのだろう。

 俺の隣で魔力の気配がする。


「……グレイズ・アーセナル」

 俺は右手を背中の方にまわし、何もない空間で確かな一振りの剣の感触を確かめると、そのままその剣を前方の巨人族に投げつけた。剣は俺が掴んだ柄の部分から具現化して、投げつける頃には正しく剣として顕現している。

 ただ、あくまで、これは俺とリューネの共闘だという事を忘れてはいけない。

 だからこそ、俺は巨人族の足を狙い、彼女の判断を待った。

「それが……権能、ですか」


 権能の果実という、破格の値で取引される。最大のギャンブル。

 何の意味も無い権能を得る事もあれば、俺のように有用な権能を得る事も出来る。

 権能の名は、実の中の種に刻まれており、果実を食べる過程で、その権能の使い方は理解に達する。


 俺の場合は至極簡単な話。

 自分専用の、魔力武器庫を持つという権能。


「俺、魔法自体は不得手でね。だからこそ、普段使わないから魔力量だけはそこそこにある。丁度それを補うように顕現してくれたのが……コイツさ」

 俺はグレイズアーセナルから今度は槍を取り出して見せる。青く発光しているそれは、実体を持っているように見えて、魔力で作られた為、僅かな白い揺らぎが見えている。

「持ってみるといい。俺だけじゃなくてお前にも使える。逆に言えば、魔力量が高い人間が使うとするなら、俺は即席の武器庫にもなれるというわけだな」

 リューネが持った槍の揺らぎが減り、より強固な槍へと変化を遂げる。それらの武器に名前は無い。

 あるとするならば、グレイズアーセナルという一つの名に全てが収束するのだろう。

「これ、使ってみていいですか?」

 彼女にしてみれば重いだろうと思ったが平気そうに持っている。ならばと、俺は頷いた。


 すると彼女は手負いのプロクス族の足を槍で貫き、そのまま槍に魔法で電撃を伝わせ、破裂音が森へと響き渡る。そうして、雷を帯びた刺突によって、プロクスの動きは止まった。俺の創造した槍は、静かに消えていくが、プロクスに与えた傷は勿論消える事など無い。

 酷い仕打ちのようにも見えるが、プロクス族そのものが人間の驚異なのだ。相容れない以上は殺すしかない。

「躊躇いが無いんだな……」

「いえ、殺してはいません。あの子はこのまま放置しましょう。相手はプロクスの変異種ですよね? 多分。なら仲間意識の強いプロクスならこの子を放ってはおかないかと」

 殺した方がまだ人情味があると思えるくらいの、合理的な考えに、少しだけ寒気がした。

 確かに、この子があの勇者パーティーではやっていけないというのも分かる。俺はまだ、その合理性に理解が出来るからいい。理屈が通っていて、魔物に倫理観を働かせるつもりもないから、いい。

 ただ、そのあまりにも合理的すぎる考えは、周りの人間の心を凍りつかせるのには十分だっただろうと、想像するに易い。

「あえて魔法の出力を抑えて、音だけを響かせたので、そう時間はかからないと思います。」


――あまりに、行動が合理的すぎる。

 何か言おうとして、少し言葉に詰まってしまう。

「一匹は囮で、それ以外は殲滅……ですかね。私がやります」

 リューネは、そこに悲しみも愉悦も何もない、平坦な口調で、残酷な事を告げる。

 追放という言葉に、時々俺は騙されそうになる。どの段階で追放されていたかに寄るにせよ、追放されるという事は、一瞬でも勇者パーティーに与していた人間なのだ。


 その気概を実感するのは、久々の事だった。彼女は妨害を受けて最適解を選べなかった自分を実力不足だと言った。だが、此処に妨害をする人間はいない。

「やっと実力が見れるってわけか」

 小さくこぼした俺の言葉は、どうやらリューネには聞こえていないようだ。彼女は何かを考えるように目を瞑っている。


 五分、十分と、プロクスのうめき声が、静かな夕暮れの森に響く。決して耳障りの良いものではないが、この作戦を取った以上避けられない。力でねじ伏せて回るという短絡的かつ、危険に飛び込む可能性がある方法を避けるならば、仕方のない事ではある。

 しかし、プロクスの特性を知った上での待機であれば、この程度の時間で十分だった。

「あいつらは駆けつけるのが早いな。流石に他の巨人族とは違うか」

「丁度良かったです。此処で目標のプロクスに出てこられると、少し困る」

 リューネはそう言いながら、手に持った杖をクルリと回して、魔力で空に記号を描く。

 詠唱や魔法陣、ともすれば無詠唱魔法まで、色々と魔法の発動には条件があるが、彼女はどうやらそれを使い分けているようだった。


 詠唱は感情が魔法に力を与え、魔法陣は構造が魔法に力を与え、無詠唱は技術が魔法に力を与える。


 ダンジョンでの監査で見たのは、全て無詠唱魔法だった。さっきの電撃も、無詠唱で放たれた物だ。

 しかし今回は、明確な魔法陣由来の魔法――魔を殺すための陣を描いている。

「んっ………………ぱっ!」

 プロクスが気付いたとしても避けようも無いくらいの炎の圧が、彼女の身体を少しだけ後ろへと押し込む。断末魔が森中へ響くまで、彼女は炎をプロクスに纏わせていた。

 そうして、これで十分かと言わんばかりに、パッと炎を止めて、森に炎が広がらないように局所的に強い雨を降らす。

「努力、したんだろうな」

「まぁ……それなりには」

 魔法に聡くない俺でも分かる。彼女自身の、観測力の強さ。

 確実にプロクスを焼き尽くす為の魔法陣で生成した炎魔法と、その二次被害を消す為に即座に放った無詠唱の水魔法。

 その場しのぎでやっている事ではない。だからこそ、俺は彼女に少しだけ恐怖を覚えていた。


「なぁ、お前にとって、あのパーティーって必要だったのか?」

「そりゃあ必要ですよ。私一人じゃ出来る事なんて限られてますし」

 あくまで彼女は、邪魔された上での対応が出来なかったという意味で「技術不足」を語ったのだ。

「それに、ヴァルドさんは邪魔なんてしない、でしょ?」

 こちらを見て、彼女はほんの少し微笑む。人を信用しきれないその不安が、言葉から滲み出ていた。

「物量で押されると私は対応しきれない、だからここからは、頼みます」

 彼女は森の遠くを見ながら、小さい深呼吸をして、杖を前へと軽く倒した。


――足音が聞こえる。

 大きい足音が一つ、ただ、それは一体の足音ではない。

 中心にある、大きな一つの足音に集まるようにして、無数の足音がその音を高く森に響かせていた。

「まぁ、分かっちゃいたけどさ」

「えぇ、分かっていたことです」


 プロクスは、頭が良い。

 だけれどやはり、それは魔物という範囲に収まる知能であって、人間程狡猾でも理知的でもなく、単純に直情的なのだ。

 だからこそ、元々、リューネはあの手配書に乗っていたプロクスを倒そうとしていたのではない。

 いや、それも行動のうちに含まれていたのだろうけれど、結局の所、俺達が見渡す先には、大型のプロクスを含め、十数体のプロクスが立ち並んでいた。

「……リューネ、お前は意外と自信家なのか?」

「いえ? ヴァルドさんの権能を見て、考えを変えただけです」


――彼女は、森のプロクス狩りをしようと目論んでいる。

 それが結果としてあの村の為になる事は確かだ。プロクスが森を住処にしている以上、木材を取るにも、薬草を取るにも一苦労という現実を、確実な危険分子であるプロクス変異種の討伐ではなく、プロクスという魔物自体の討伐に手段を置き換えているようだった。

「こりゃ……巻き込まれたな」

「何を言っているんです? ゆくゆくは私達の村に必要な事でしょう?」

 

――私達の、村か。

 彼女はもう、言葉を多く交わさずとも、自分の中であの村を自分の住処だと決めていたようだった。

 

 つまりこれは、生存戦略と言い換えてもいい。

 自分の家を作る為に、自分達の傷を癒やす薬草を備蓄する為に、自分達の村を守る為に。

 彼女が"勝手に"考えた、彼女なりの合理的な答え。


「あぁ……まぁ、丁度前衛と後衛が揃ってるしな」

「ヴァルドさんは器用そうですので、後衛も出来そうですけどね?」

 俺は無言を貫き、否定も肯定もせず、グレイズアーセナルから一本の大斧を取り出す。


「結局のところ、ヴァルドさんはどの武器が得意なんですか?」

 プロクス達は、俺達にはまだ気付いておらず、死体を見て嘆いている。

「あぁ……適性って話なら、答えはパスだ。ただどれでも、それなりにはやる癖がついたってだけ。俺の権能は、同じ武器をポンポン作ると消耗が激しいしな」

 要は、一本のみ作り置きが可能で、多彩な武器種が揃った倉庫というのが正しい。

 剣と槍はさっき使い切った。だから今その枠は空欄だ。作り出すには、取り出す以上の魔力を要するから、結局は事前に用意してあった魔力武器庫が空になるまで一つずつの武器を使い切る戦い方になるという事。

「まぁ、邪魔はしないさ。存分にやろうぜ」

「ご指導ご鞭撻の、程!」

 俺が走り出すと同時に、後ろで強い破裂音が響き、一体のプロクスを貫いた。

 そうして、流れるように強い発光。


 ヤツらの目が眩んでいる隙に、俺もまた、一体のプロクスを大斧で叩き切っていた。

 想像していた『二対一』どころじゃない。『多数対二人』の火蓋が、落ちた。

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