第二話『私、頑張れますから』
握手をしたからと言って、必ずしも相性が良いとは限らない。
まだ、彼女のことについては表層しか知らない。ただ、その深層に興味があることは紛れもない事実だった。俺達は冒険者ギルドに戻り、俺の顔を見て気だるそうな顔をした受け付けに話しかける。
「アンナさん、何か手頃な討伐任務なんて無いか?」
「アンタね……女の子を口説いて最初に行く所が討伐依頼? モテないにも程があるわよ?」
俺達を茶化しながら、アンナさんはパラパラと記帳を捲っていた。
「口説くだのモテないだの、王都でもあるまいし。鉄錆の臭いと冷たい空気しかないこの村でする話題か? それに盗み聞きはどうかと思うけどな? アンナさんとだって、討伐依頼に行った事はあるだろ」
「どうかしら、乙女の心は都合の悪い事を忘れるように出来てるもんだからね……ペンより重い物の使い方はどうにも、忘れそうになるの」
ちらりとリューネの方を見ると、アンナさんと初対面のリューネは何も言わず俺達のやり取りを聞いているようだったが、少しだけ緊張をしているようにも見えた。
「そんな事を言うなら思い出させても構わないけどな。使うのは嫌いだけれど、俺はそこらの教会よりも正確な適性監査が出来るの、忘れてないか?」
そう、元々俺達が使う武器や魔法の適性値は、教会の祝福によって顕になるのだ。
1から5までの数値で評されるそれは、魔王と戦うべくして育てられる次世代勇者達の能力を鍛える為の指針だった。
「あーやだやだ。乙女の能力を裸にするなんて、そんな事言うと嫌われちゃうわよ?」
実際、リューネは少しだけ驚いているような素振りを見せたが、要は俺が適性監査が出来る事への驚きだろう。
「冗談言ってる場合じゃないだろ。村の大体の人よりもアンナさんの方が強いんだから、しっかりしてくれ」
アンナさんの適性値を測ったことこそ無いが、追放された理由が分からないくらいに、戦闘能力はしっかりしている。その追放理由を彼女は頑なに語らないが。少なくとも体術と短剣の適性値は4を超えている。魔法適性も、3から4の間だろうと予想出来た。
厳密な適性値を表すならこうだ。
1は人並み
2は努力によっては使い手にはなれる。
3は努力によっては目を見張る使い手になれる。
4は才能を持ち、努力によってその道に対してのかなりの使い手になれる。
5は天性の才能を持ち、努力が加われば4とは比べ物にならない程の技術を持ち得る。
数値にすれば見やすく思えるが、3と4の間にはそれなりに大きな壁があり、4と5の間には超えられない壁がある。
それらの数値が、戦闘に扱われるあらゆる武器や魔法に、割り振られている。
俺は王都にある大教会の次男として育ったせいで、やろうと思えば一通りそれらを見る事が出来てしまう。
だが、俺がさっきリューネの魔法適性が4だと見抜いたのは、単純に彼女の行動から考えた予測だったが、然るべき儀式を以て、彼女を測ったならば色々な事が見えるのかもしれない。
だが、俺はこの行為があまり好きではなかった。何故ならば、人間の限界を勝手に決め、断定しているところが、何処か腹立たしい。
だから俺は観測して予想するだけだ。
余程の事がなければ、教会で行うレベルの儀式を用いる適性監査など、する事はない。
「やめてよ、私も追放者よ? というかそもそもこの村にいる殆どが追放者なのに、そんな事された暁には惨めもいいとこじゃない」
アンナさんが、一括りにした茶色いポニーテールを揺らしながら首を横に振る。
「どうだかなぁ……アンナさんの短剣適性は、少なくとも4あたりだと思うんですがね」
これはお世辞でもなんでもない。儀式を行って正確な数字を見ないと分からない事も多いが、個人個人が使う武器や魔法、それに魔王軍と人間軍がぶつかっている前線基地に近いこの場所までやってこれたという時点で、追放されていても何らかの技術適性が高いのは間違いないのだ。
「まぁ、リューネも怯えているみたいだし、このあたりにしよう。それで、適当な依頼はありそうか?」
「随分と緊張してて可愛いけれど、それでも可哀想よ? ヴァルド。運搬任務あたりを……」
アンナさんが言いかけた所で、リューネが口を開く。
「い、いえ! 私、頑張れますから。討伐任務を教えて下さい!」
その勢いに、俺もアンナさんも少しだけ驚き、アンナさんだけが小さく笑っていた。
リューネはどうやら、大きな声を出したのが恥ずかしかったのか、赤い顔をしている。
「ふーん、見た目より根性があるみたいね? だったらこの三つから選ぶといいわよ? さぁリューネちゃんは、何を選ぶ?」
アンナさんが記帳の中から、三つのページを魔法によって複写し、俺達に渡してくる。
一つ目は、自動生成されたダンジョン内に生息している魔物の処理。前線基地近くに入れば、定期的に魔力によりダンジョンが形成され、そこが魔物の巣になる。それを片付けるのはこの村を危険に晒さない為に重要な討伐任務だ。魔物の一体一体は弱いものの、油断をすると村に潜み始めて、面倒な事になる。
リューネが追放される事になった任務も、これに近しいものだった。
二つ目は、生半可な装備や、状態が整ってないならばここまで到達した勇者パーティーでも逃げた方が無難だと言われる。森に住む巨人族の目撃情報だ。これは逆に、村に来た時点で村人全員が迎撃体制を取れるから対処はしやすい。ただし、一撃が死に至る可能性もあるので油断が出来る相手ではない事は確かだ。前線に出られる戦力でさっさと倒すのが無難だろう。
三つ目は、レッドドラゴンを倒すという内容。これはあまりにも難度が高い。俺達の手に負えるような任務では無いし、この村を通る勇者パーティーすら見て見ぬふりをする。
しかし、倒せさえすれば水場や森での活動がかなり楽になる。ただこれはあくまでこの村が発展するという事だけであり、だからこそ勇者パーティーは興味を持たないというわけだ。
リューネはそれらをじーっと見つめている。正直、この中からどれを選ぶかで、俺とアンナさんからの彼女の印象は大きく変わる。そうして、それを達成出来たのなら、彼女は初めて元追放者の傭兵という立場を得られるのだ。
「一つ目と二つ目は、きっと皆さんの力でどうにかなりますよね?」
リューネは、念を押すように聞いてくる。
情報だけをまとめたら、確かに、一つ目と二つ目については危険度はそこまで高くない。
難度だけで並べるならば、三つ目の龍、二つ目の巨人族、一つ目のダンジョンの順番に難しいだろう。
「そうですね……でも……うーん」
随分と悩んでいるようだった。彼女に出来る事と、俺に出来る事を照らし合わせているのだろう。
だが、俺は彼女に出来ることを知っているが、彼女は俺の出来る事を良く分かっていない。
その上で、彼女が選ぶ答えは、意外な物だった。
「ダンジョンは、一旦放置します。魔物を見た感じでは、一撃で命を奪う程の魔物はいなかった……と思います。なら何かあっても村人の皆さんで耐えきれるはず」
まず、一番簡単な選択を潰した。
――そうして、彼女は二枚の紙切れを手に取る。
つまり、俺達は森に向かう事になるらしい。
「まずは、私とヴァルドさんの戦闘がどうなるかを巨人相手で試します。それでどうにもならなかったら、そのときはまた違う方法を考えましょう。そうして通用するようならば、そのままドラゴンの討伐に動いてみたいです。討伐するという意味ではなく、私達に何が出来るかというかという事を、確かめたいんです」
確かに、それは理にかなった方法ではある。
ダンジョンでの戦闘を再現したなら、彼女が追放された時の状況の再現になる可能性がある。
しかも、邪魔が入らない制限だと考えたなら、俺とバディを組むなら、簡単な任務だと捉える事が――出来ない事もないかもしれない。
ただし、彼女の中で未知数の巨人族についての戦闘は未経験なのだろう。だからこそ、大きい壁のようには思えるが、俺との相性を測るには相応しいと判断したのだろう。
「俺を買いかぶりすぎちゃいないか?」
「いいえ、私が思うに、ヴァルドさんは気を抜いているだけだと思います。追放監査のダンジョンでだって、私達の邪魔をしないように、だけれど傷一つ負わずに、向かってくる敵を静かに倒していましたよね? 使っていた『魔法みたいなもの』の原理は知りませんが……」
本来はパーティーの動きで視野が狭まるところを、彼女はきちんと俺の観測にまで回っていたという事だ。
それに彼女は俺の攻撃方法まで把握した上で、しっかりと分からないと告げているあたりに、少し好感を持った。
「ほらほら、褒められてるよ? ヴァルドくん?」
アンナさんは俺と茶化しているが、実際リューネは間違った事を言っていない。
俺はあの追放監査のダンジョンにて最低限の戦闘しかしていない。だからこそ彼女にとって、俺は完全なる未知数なのだ。ただ一つ知っているのは、俺が彼女の言う『魔法みたいなもの』を使って魔物を倒していたという事実だけだ。
――それが魔法じゃないという事も、見抜いている。
技術適性では測りきれない、半強制的に埋め込まれる『権能』という特殊な能力。
彼女はそれを見て、即座に魔法ではなく、それでも魔法としか呼びようがないと判断したのだ。
権能については、そうそう多くの人間が知っている事ではないから、当然といえば当然だが、権能を知らないまま、そこに違和感を覚える人間は、少なくとも俺は見た事がない。
そこまでの観察眼があるならば、彼女が選んだ巨人族討伐と、可能性としてのドラゴンへの挑戦も、あながち筋が通らない話だとは思えない。
「あぁ、いいよ。じゃあそれで行こう。ただしもう一度言うけれど、俺を買いかぶるなよ? 俺だって言ってしまえばただの追放者なんだからな?」
彼女は、少しだけ沈黙してから、何かに納得したように――だけれど決心を伝えるように首を縦に振った。
彼女がどういう事を考えて、こういう事をいい出したのか。
理屈は通ってはいる。
「うん、決まりでいいなら、この手配書と……処理はすぐに済ませておくわね」
アンナから手渡された手配書は羊皮紙で出来ており、それらも魔法を存分に使った、手配書というよりも魔術具に近い物だ。対象との生命リンク、そうして所有者との生命リンクが発生する。情報はある程度まで共有され、任務を受けた時点で俺達は観測される側になるとも言える。
要は、たまたま出会った勇者が倒したなんていう、何の努力も無しに見返りだけ手に入れるルートを完全に絶っているのだ。
「リューネ、分かってるのか? ギルドってのは冷たいからな、状況把握しても助けちゃくれないぞ?」
「心外ね、要は君らがちゃんと頑張ればいいだけよ、ね? リューネちゃん?」
どうやら、アンナの言葉でも、リューネの決心に揺らぎは無いようだ。
「仲間以外の誰かに頼って生きていこうとしていたら、私も、あの人達もここまでは辿り着けていませんから……大丈夫ですよ」
任務概要が書かれている羊皮紙が淡い光を放つ。つまり、この瞬間から俺達は口約束を越えたギルドの依頼を受け、明確な成功失敗がギルド側に伝わるという事になる。俺達が死という形で依頼を完遂出来なかった場合も、その情報はギルドに伝わる。
――簡単に決めたようで、重い選択。
だけれど、リューネはそれを選んだ。追放されて尚、取り乱しはせずに、その選択をしたのだ。
俺の力はともかくとして、彼女がどういう根拠で任務を完遂出来ると考えたかは、分からない。
ただ、その理由を知りたいが為だけに、俺は二枚の手配書を互いに一枚ずつ分け、アンナの気の抜けた応援を背に、ギルドの外へと、リューネの歩幅より少しだけゆっくりと歩き出した。




