第一話『実力不足ですから』
寒村に吹く風は、涙を乾かすには冷たすぎる。
今日も、数多ある勇者パーティーのメンバー追放について、俺は監査官の立場から追放の手続きを全うした。追放監査官『ヴァルド・グレイ』の名を持って、目の前にいる小柄な魔法使いの少女『リューネ・ペイル』は、勇者パーティーから追放と相成った。彼女は涙こそ流していないが、ぼうっと、空虚な顔で、元パーティーメンバーを眺めている。
「俺達と君とじゃ、どうしてもレベルが違ったんだ。悪いね、リューネ」
勇者パーティーのリーダーの男が、少し申し訳なさそうに、だが悪びれる様子もなく、冒険者ギルドから出て行く。それに連なって、おそらくはリーダーと恋仲になりたいように見えた僧侶の少女や、戦士と射撃手が何も言わずに出て行った。
何も言わないのは、目の前の追放された少女も同じだ。
先程まで共にダンジョンの探索に監査として付き合った事実として、追放理由は合理的な物だった。
明らかに、戦闘の軸に噛み合っていなかったのは、周りから見て明白だっただろうと思う。
「……いいのか?」
「あ、挨拶はすべきだったかもしれませんね。ぼーっとしちゃってました」
スタタ、と彼女はギルドから出て行き、そうしてすぐに戻って来た。
戻って来る理由も、よくよく考えると無いのだが、どうにも今回の追放監査については違和感が大きい。
「いいのかって言ったのはそういう事じゃあなくてだな。追放されても良かったのか?って話だ」
大体の追放者は、絶望の表情や、涙を浮かべる。
少なくともこの前線に近い村まで辿り着いているならば、ある程度の時間を共にしているはず。
だけれどこの目の前にいる娘は、特にそういう事もなく、何かを考えているように見えた。
「いえ、仕方なかった事ですよ。実力不足でしたからねぇ」
その言葉に、俺は改めて、今度は明確な違和感を覚える。
――彼女は、自分の行動を妨害されていた事に気付いていないのか?
監査中、明らかに彼女は自分自身のポテンシャルを発揮できない状況に陥らされていた。
主に同じ僧侶の動きが邪魔で、かなり戦闘がやりにくかったはずだ。
「俺は職務上、勇者側からの強い要請と、単純な戦闘結果でしか物を測れないが、お前は妨害されてたよな?」
「ええ、まぁ……だけど、それも含めて、私の実力不足だったと思いますよ? 役に立てなかったのは私の責任です」
妙に落ち着き払っていて、対応に少し困ってしまう。
次の職場なり、この村で仕事をしてもらうなりの、ケアまでが俺の仕事なのだが、ここまで冷静で、しかも妨害された事について理解した上で周りを責めないという追放者は、滅多に見た事がない。
「それにしたって……いや、追放を許可させた俺が言うのもおかしな話だが、何を以て実力不足だと考えてるんだよ。ありゃお前のせいというよりも、周りがお前を役に立てなくさせる為の連携プレイみたいな物だったぞ?」
「んー、強い人ならそれもどうにか出来たんじゃ? 立ちはだかる僧侶さんの合間を抜けて近接で魔物を怯ませる敏捷性だとか、勇者さんが前に出る前に魔法を用意しておくだとか。いくらでも可能性はあったはずですが、私はそれらに対応出来ませんでしたから、まぁ仕方ないかなぁって」
そう言われてしまえば元も子もないが、つまりこの子は構造こそ分かっていても、技術でそれに追いつけていない事を自覚しているという事だ。
ダンジョンでの最後の戦闘は、水場での対多数戦闘だった。
勇者が水場に突撃し、僧侶がその周りをうろちょろと動く。
射撃手は高台から弓矢を打ち続けて、戦士は斧で応戦していた。
かくいうリューネは、魔法使いとして出来る事は何も無いと言わんばかりに、向かい来る敵に対して、その手に持つ杖を使いながら攻撃を受け流し、簡単な詠唱魔法で片付けていただけだ。
これは結果だけ見ると、追放を許可せざるを得ない。
「やけに受け流しが手慣れていたが、杖の扱いは、習ったのか?」
「いえ? 適当に。来る物拒めって感じですね、流石に痛いのは嫌なので……」
それにしては、妙にこなれ過ぎている気がする。違和感が募っていくのと同時に、興味も湧き始めている自分がいた。
「魔法適正は? 4あたりか?」
「流石ですね、監査官さん。魔法適性は4らしいです。とはいえ、あの場で高出力魔法を使う事は出来ませんでしたけどね……」
彼女はたはは……と笑うが、笑ってる場合かと突っ込みたくなる気持ちをおさえて、状況を思い出す。
「お前のとこにも結構な数の魔物が来てたと思うが、全部一撃だったな。意図的か?」
「それはまぁ、そりゃそうですよ。一回で倒せる敵に何回も撃つのは、ちょっと面倒だし微妙かなって思います。別に、戦いが効率ってわけじゃないとは思いますけど、ちょっとあの人達とは考え方が違ったかも?」
考え方が違うというよりも、この子の考え方だけが理屈として機能した結果、突出しているという事なのだろうと思った。
「じゃあ、お前から見てあの水場の攻防、最適解は?」
「誰も水場にいない状態で、私が雷系統の魔法で一掃する事ですね。それが明確な最適解です」
「正解だ。それはあの場にいるパーティーの誰もが、分かっていなかった事だろうよ」
そこまで理解していながら、彼女はあくまで自分の技術不足だと言っている。
「本当は、射撃手さんの矢に雷を纏わせたらもう少し楽だったんですけどねぇ……どうにもあの人の弓矢の軌道は読みづらくて」
それは俺も見ていて気付いた事だった。あの射撃手は速射性にこそ優れていたが、その的中率と、軌道にはムラがあった。しかし、俺が気付いた事はそこまでだ。彼女はその矢に雷を乗せて戦闘の時短まで考えていたという事だ。
「実力不足は、あいつらだったんじゃないか?」
思わず、本音が口から出てしまった。俺の想定を超える答えを出す追放者なんてのは、そうそういない。
「でもですね、監査官さん。あの時のパーティーの動き、見てましたよね? 最善の動きも次善の動きも潰されちゃったんです。勇者さん達が水場に入っちゃっていて、最善が封じられた。次善としての射撃手さんの腕についても、それに合わせる程の技術を私が持っていなかった。だったらそれはやっぱり、理想論でしかないです」
「妨害されてたんだから、仕方のない話だろ?」
「でも私の詠唱速度が勇者さん達のスピードに勝てていたら良かっただけの話でした。それに私がブレる弓矢に魔法を当てる正確性があればいいだけの話でもありました。パーティーって、互いのズレを技術で補う物だと思ってます。だから、やっぱり私の実力不足ってのが落とし所としては正しいんじゃないかなって」
俺は静かに、ポケットから噛み葉入れを取り出し、齧った。口内に走る強い苦みを受け入れる。気持ちの苦々しさより、口に取り込む苦みの方が、まだマシだ。こういう事があるから、追放というシステムは、好きになれない。
「噛み葉、ですか。苦そう……」
「だから、良いんだ。此処には煙草もロクに配給されないからな。そこらへんに生えてるもんを加工するのが関の山なんだよ」
俺達は、何となく二人でギルドから外へと出る。
もう勇者パーティーの姿は無い。大した物も無い寒村だ。国の政策で村々にそこそこ立派なギルドは立てられているものの、それ以外は場所によっては非常に寂れている。
その、非常に寂れているのがこの村だ。
「良いところですね、静かで」
「そう思うか? 退屈な所だよ。仕事なら山程あるけどな」
彼女は長めの白いローブに羽織った茶色いケープをぎゅっと身体に寄せて、白い息を吐いた。
「戦う以外の事、かぁ……あんまり考えたこと、無かったな」
「奇遇だな、俺も無かったよ。昔はな」
二人で白い息を吐きながら、俺は苦々しい気持ちを一緒に吐き出す。
彼女は一体、何を吐き出しているのだろうか。
「少し、傭兵紛いの仕事でもしてみるか? この村に来るパーティーはそう多くない、俺も普段はそいつで飯を食ってる」
「でも、足を引っ張るかもしれませんよ?」
彼女に足りないのは、強いていうなら自信と、自我の強さかもしれない。
「構わねえよ。あれくらいの分析能力を持ってんだったら、俺がカバー出来る」
少なくとも、あの勇者パーティーのような動きをするつもりは、少しもない。
逆に言うならば、彼女の判断力から考えたなら仕事は楽になると考えてもいいかもしれない。
「強いんですか? 監査官さんは」
「まぁ……あいつらよりかはマシさ。それと監査官ってのは辞めてくれ。追放ってのは、好きでやってるわけじゃないんだ」
俺の性質上、相性が良いからやっているというだけの話。だけれど、俺の状況把握を、彼女は一瞬でも上回ったのだ。それが面白い以外のなんだろうと言うのだ。
正直、勿体ないと思ったのだ。追放されたという烙印を持たせたまま、一人で生きて帰れるかもわからない王都へ帰すのも。この村で適当な仕事をさせるのも、勿体ない。
彼女には、何かあるような気がする。俺もロクな人間じゃあないかもしれないが、ことそんな勘だけは、当たりやすい。
「えっと、じゃあなんて呼べば?」
「ヴァルドで良い。お前も……ペイルでいいな?」
俺がペイルの名前を呼ぶと、彼女は少しだけ驚いたようにこちらを見る。
その拍子に、彼女の短めの黒髪が、ふわっと風にさらされた。
「あれ?! 名乗りましたっけ?」
「あー、書類にな? ちなみにお前は仲間のことも役職で呼んでたのか?」
「まぁ……その方が楽でしたので、でも理由があるなら、そう呼びますよ。ヴァルドさん」
俺は、向こうから出された手を、軽く握る。
「追放者同士、適当にやっていこうや」
「ええ、実力不足は、補ってくださいね?」
俺が元追放者だったという言葉は伝えていなかったはずなのに、彼女はそれに驚きもせず、頷いた。
それに面白さを感じながら、俺はこの不思議な追放者の、青い目を笑って見つめていた。




