魔の森.5
「爺さん。あれどうする気?」
あれ、とはもちろん尾行者のこと。
僕1人で確認しに行っても良いけど、爺さんは気づくだろうし。
隠すと拗ねる…拗ねるだけで済むかなぁ、怒るだろうなぁ
「なぁんで伯爵が気づけとるんじゃ。」
「爺さんが気づいてるのに気づいたから気づけた。」
「なんじゃその分かりにくい説明は…まぁ、動物の可能性だってあるじゃろ。
異世界なのじゃから魔獣かもしれんが…
どっちにしろ来ない限り放置でいいじゃろ」
??
獣?爺さんは獣だと思ってるのか?
「爺さん。尾行者について何が分かってる?」
「何が、って。こちらの様子をみてることくらいしかのぅ……尾行者じゃと?
待て。伯爵には何が分かっておるんじゃ?」
はー。様子を見てるんだ。
気配察知?ん?まぁいいや。
「あれ、二足歩行。人なのか、亜人なのか。
はたまた二足歩行の魔獣なのかは分からないけど。
二足歩行なのは間違いない。」
爺さんが目を細めて僕を見てくる。
……何さ。
「二足歩行、のう。あれに気づいたことといい、二足歩行に気づいたことといい。
何か隠しとるじゃろ……まぁ今はそれよりも尾行者とやらが先か。
人なら放置するのは、微妙じゃしな。」
あ、爺さんに吸血鬼だってこと言ってなかったっけ。
そういえば言ってなかった気がするわ。
まぁ人だった場合、放置するのが微妙という意見には賛成。
だって、そもそも僕らは今。人のいる場所を探して歩いてるんだから。
それに。襲われる可能性だってある。
例えば人さらい。
聞こえる足音は1つだが、仲間を呼んで来るのを待っている可能性がある。
だからこそ、尾行者が1人の今のうちに接触する必要がある。
「接触しに行くに1票。ってことで行ってくる。」
「おいおい、ちょっと待てい!なに1人で行こうとしとるんじゃ。」
行こうとしたら腕を掴まれて引き留められた。
「なにさ。2人で行くの?でも、2人で行ってもどうしようもなくない?
今、尾行者に気づいてるのは僕と爺さんの2人だけ。
もし尾行者に敵意があって、2人ともやられたら
尾行されてることにすら気づいてないみんなは何もできずに全滅するよ?
なら1人が接触しに行って、1人はみんなと一緒にいる。その方がいいでしょ。
それとも尾行されてることをクラスメイトに伝える?
それって地雷案件じゃないの?」
「地雷じゃろうなぁ。じゃが、接触するのはワシでもいいじゃろ。」
「それ本気で言ってる?」
僕と違って爺さんはクラスのムードメイカーであり、中心人物でもある。
尾行者に敵意があることが判明して逃走することになった時、
クラスを引っ張るのに適してるのは爺さんだ。
それに、爺さんがいなくなればクラスメイトは絶対気が付く。
まだ歩き始めて数十分。その間に爺さんは5回以上話しかけられている。
僕は0回……友達がいないわけじゃないし。クラスメイトから離れて歩いてただけだし。
「伯爵の方が、適任か……。
こんなことは言うたら良くないのは分かっておるんじゃが。
クラスメイトの安全より、伯爵の安全の方が大事だと思ってしまうんじゃよ」
「なに?告白?僕、普通に女の子が好きだからごめん。」
「告白なわけあるか!それにワシも女の子が好きじゃ。」
「分かってるよ、僕も一緒だから。
でも、僕も爺さんもクラスメイトを犠牲にしたら責任感じるでしょ。
それを感じたくないから動くだけ。今回は適任が僕だっただけ。
以上、行ってくるわ。」
なんかいつまでも話がまとまらない気がしたから無理やり切り上げる。
これ以上話し合っても結果は変わらないだろうし。
本当に尾行者の増援が来たら目も当てられない。
「無理すんなよ。」って僕の方を向かずに爺さんが言った。
たまに老人口調じゃなくなるけどさ。調子狂うからやめてほしいわ。
一瞬誰が言ったのか分かんなくなるから。
クラスメイトの一団から離れて、尾行者に近づいていく。
もちろん尾行者の場所は一方的に分かってる。
尾行者は僕に気が付く様子もなく、距離が縮まっていく。
距離が近くなれば、音も鮮明になる。
地面を踏みしめる足音1つとっても得られる情報が増える。
僕よりも質量のある足音。
しかし巨漢というわけではなさそう。単純に身長が高いんだろう。
うん。やっぱ身長は180㎝弱くらいかな。
尾行者の呼吸音のする位置で身長が明確になった。
尾行者は男性。
身長は180㎝弱。
おそらく布製の服を着ている。
そして、剣を持っている。
剣。剣かぁ……物騒だなぁ。
一度も尾行者を視認していないのに僕の頭には尾行者の姿が鮮明に想像できる。
悪人ではない、と思う。本当に僕らの様子を伺っているだけのような気がする。
尾行者との距離は10m。
この木の陰を飛び出せば、尾行者と対面することになる。
……行くか。