魔の森.1
ブレーカーが復旧するように体の感覚が戻ってくる。
うん。もうさ、このくらいじゃ驚く気が起こらないよ。
復旧した視界が映し出すのは薄暗い森。
あたりを見回したところで視界に映るのは木だけ。
そんなうっそうとした森の中で、木が生えていない円形の空き地。そこに僕ら16人は転移した。
宇宙空間と全く同じ立ち位置で、場所だけが森に変わったような感覚さえ覚える。
もしかしたら、この空き地は宇宙人によって作られたのかもな。
転移させるときに、元あった木は邪魔だった。だから消して空き地を作った。
あほらしい考えだけど、空き地の広さが僕らが収まるのにぴったりなんだよ。
ぴったりだったから選ばれたのかもしれないけど。
はぁ。そんなことはどうだっていい。
これからどうするのがいいものか。
とりあえず、眩しい。眩しすぎて嫌だから、木陰に移動する。
空き地は木が無いから、見上げれば空がよく見える。
太陽が2つある空がよく見えるんだよね。
眩しいったらない。
そして、ここが異世界だということを示して来やがる。
魔獣といきなり出会うとかでもいいじゃん。なんで太陽が2つあることで理解させられなきゃいけないんだよ。僕への嫌がらせだろ。
とにかく。ここは異世界で。異世界の森の中に僕らは転移した。
何をするかはクラスメイトに任せてもいいだろう。
「うおお!太陽が2つあるぞ!?まじで異世界だ!」
「太陽が2つ?太陽Aと太陽Bとかなのかな?モブみたいな名称だな??」
「い、異世界ならいるはず…ケモ耳!!」
僕よりもよっぽど現状に適応してるもん。
放っておいてもそのうち方針を決めるだろう。
だから僕は違うことをする。
宇宙空間と同じ立ち位置で森に転移したんだ。
なら、宇宙人の立っていた場所に何かがあるかもしれない。
とはいえ、宇宙空間では距離感がつかめなかった。
だからその方向に生えている木を一本ずつ確認していく。
木の中に何かが隠されていたら見つからないだろう。斧もないから切り倒すことは不可能だし。
あったとしても、当たりがどれだか分からない。当たりがあるかすら分からない。
うん。正直、当たりがある可能性は低いと思ってる。
だからこの作業は僕だけでいいんだよ。何しに来たのかな、爺さん。
「伯爵。ワシは、ギフト選びを…失敗したかもしれん。」
「あー。つまり、逃げたんだ。僕からしたらどうでもいいよ。」
死にそうな顔をした爺さん。
爺さんがそんな表情をするのは珍しい。
それこそ爺さんの異能に関することじゃない限り。
「伯爵はどうでもいいかもしれんがの。誰かに言わないと辛いんじゃ。」
「別に聞かないなんて言ってないよ。それで?ギフトのなかに【勇者】でもあった?」
爺さんの身体能力は前の世界で、異端で異能だった。
その能力を間近に見た相手を絶望させるくらいには異常。
だから爺さんは、運動やスポーツから距離をおいて老人口調をしていた。
距離を置くまでは理解できるとして、老人口調は未だに意味が分かんないな。
まぁどうでもいいんだけど。
それにしても爺さんなら何でもありだと思って【勇者】なんて言ったけど。
爺さんの驚いた顔的に本当にあったんだ。
本当に何でもありだな、爺さんは。
「…あった。【勇者】も【剣聖】も。【狂戦士】なんてものまであった。
だが、ワシはそれを選べんかった。伯爵の言ったように逃げたんじゃ。
それらを選んでおれば、今後救えた命が出てくるかもしれんかったのに。」
「それは傲慢じゃない?それに。そのギフトがなかったら命は救えないの?
救えなかったとして、それは爺さんの責任じゃないし。
全ての命を救いたいなら神にでもなればいいと思うよ。なれば?
それに、悔やんでるとか言ってるけどさ。
今、選びなおしができるとしても選べないでしょ?」
「ははっ。そう。それ。それが聞きたかったんだよ。
確かに、今選び直せるとしても選ばない…選べないわ。
何を悩んでたんだろうな、俺は。」
「老人口調どこいったー?着ぐるみの中身は出てこない方がいいんだよ?」
「むぅ、たしかにのう。ワシのこれは着ぐるみか。
ただ、本心が出たときくらいは許してくれてもよかろうて…
伯爵相手にしか出せないんじゃから」
クラスメイトは爺さんの異常性を知らない。
まぁこの歳で老人口調なのは異常性と言えるのだけど。
身体能力という本当の異常性を知ってるのは僕だけ。なんで僕には話したのか分からないけど、僕だけ。
「はいはい。で?用事は終わり?あいつらの話し合いに爺さんは必要だろ?」
爺さんはクラスのムードメイカーで中心人物の一人なのだから。
僕としては今後の方針を早く決めるためにも爺さんは話し合いに入ってほしいのだけど。
「あれに混じるのは、ちょっとのう…。正直、神経使うから嫌じゃな。」
「神経使う?爺さんは反射でしゃべるような性格だろ。何言ってんだ?」
「ワシの評価!?なんじゃ。伯爵は気づいとらんのか?あやつらの精神状態に」
「精神状態?普通にしか見えないけど?」
ちらとクラスメイトを見るが、談笑していて気にするようなことはないように見える。
「普通なのが異常なんじゃよ。はぁ。これはワシの推測じゃよ?
教室でのパニック。直後に宇宙空間で阿鼻叫喚の地獄じゃ。
そして、あの人物のおかげで冷静を取り戻した。
今。あやつらの脳みそは、2度と精神の崩壊を起こさないように制限をかけとる。
精神の壊れるようなことを認識しないように。思い出さないように、な。」
「地雷を踏みぬいて、精神が壊れることを思い出させたら終わりってことか?」
「そうじゃ。あやつらは今の状況をゲームか何かのようにしか感じておらん。
現実逃避と言えばよいのか?そんなところに入るのは嫌じゃろ。」
なんだそれめんどくさい。
「伯爵よ、そんな嫌な顔をするもんじゃないぞ。あれが普通の反応じゃ。ワシらの方が異常なんじゃからな。」
「わかってるよ。それと、話し合いに入らない理由も分かった。僕も入りたくない。」
爺さんまでそっち側じゃなくてよかった。
僕だけだったらクラスメイトの状況を理解できずにいただろうから。
……とはいえ、どうしようか。