プロローグ.3
天井に墜落することはなかった。
それこそぶつかる直前に視界が暗転して、体の感覚が消え去った。
気絶、とも少し違う。
ブレーカーが落ちるように前振りもなく、暗転した。
そして、ブレーカーが復旧するように視界が戻ってくる。
うん。笑えばいいのかな。
頭でもおかしくなっただろうか。
もしかしたら天井に頭から墜落していて、そのせいで頭がおかしくなったんだ。
そうだ。そうに違いない。
だって、戻った視界に映る世界は紛れもなく宇宙。
ネットの動画やサイト、テレビで見たことのある宇宙空間が広がっている。
ただ、地球もなければ月も太陽も見当たらない。
名前も知らない惑星が暗闇に散りばめられた装飾のように存在している。
父さん、母さん。ごめんよ、息子は頭がおかしくなったらしい。
まぁ現実逃避していても始まらない。
ここが現実なのかは分からないけどさ。
まずは自身の確認。
手もある。足もある。部位欠損も見受けられない。
次に周りの確認。
景色は宇宙。でも、呼吸ができる…。じゃあ宇宙じゃないのか?
教室にいた僕も含めた16人。一人も欠けることなくいる。
「なんなのっ!!これはっ!!!」
「はっ、あはは……死んだんでしょ。は、ははっ」
「あああああああああああああああああああああああああああああ」
欠けることはなかった。けど、それは無事ということじゃない。
錯乱。自失。発狂。
それは伝播して、伝染する。
床がないのも恐怖を煽ることに一躍を担ってる。
そう、床…というか地面がない。
僕らは惑星の上に立っている訳じゃない。
何もないところに立っている。
本当の宇宙は無重力だから浮いていても不思議じゃない。
でも体の感覚は重力を感じているし、何かの上に立っている実感がある。
なのに何に立っているのか見ることはできない。
だから動くことができない。
踏み出した先の足場はないかもしれないから。
こんなにも広い宇宙空間で、
僕ら16人は手を伸ばせば誰かに届く距離でまとめられていた。
身を寄せ合うように。
ただ、互いを助けてはいない。むしろ足を引っ張り合っている。
近いからこそ恐怖の伝染は早く、
狂うまでの時間を競っているようにさえ感じられる。
狂ってしまえた方が楽、だよなぁ。
なんで僕は、状況把握なんてしているんだか。
狂ったクラスメイトを見ても恐怖の伝染は僕に届かない。
むしろ、狂ったらこの状況は好転するのか?という疑問すら湧いてくる。
「見てるだけなの?君は。」
問いかけはクラスメイトに宛てたものではない。
闇に紛れるように立っている第三者に。
身長は180前後、だろうか。
この宇宙空間ではサイズ感が判断できない。
そもそもその人物は黒いローブを纏っている。
この暗闇の宇宙空間で黒いローブのせいで、どこまでが宇宙で。
どこまでがローブだか、境界が曖昧になっている。
さらにローブのフードを被っているせいで顔すら認識できない。
人物とは言ったが、人かすら曖昧。
宇宙空間にいるのだから宇宙人でいいか。
ローブは宇宙人の骨格すらも曖昧にして、男女があるかさえ分からない。
まぁほとんどが不明。
なのに。見てると安心感を感じるから本当に意味が分からない。
『ゴメンネ。話。聞イテ。欲シイ。』
宇宙人が口を開いた。口を動かした?
見てたけど口と思われる場所が動いたようには見えなかった。
まぁ、言語が違うわけでも。意思疎通の気がないわけでもないらしい。
カタコトというか機械音声的というか。拙い言葉だったが。
そんな宇宙人が発した一言でクラスメイトの狂騒は静まった。
宇宙人の姿だけじゃなく、声まで、聞いた相手に安心感を与えるらしい。
なんでこんな訳わからないのに安心感を感じるんだか。
『君タチ。異世界転移。選バレタ。』
宇宙人の言葉に素直に頷くクラスメイト。
狂信者みたいだな、なんて感想を思いつつ
僕も宇宙人の言葉を真剣に聞いている事実に恐怖を感じる。
なにこれ。洗脳?
『端末。手。アル。プレゼント。選ンデ。』
いつの間にか手には携帯のようなものが握られていた。
……いつの間に?いつから?
どうして疑問を感じるのか。そんな感情が僕の中にある。
でも、おかしいよな。普通は疑問に思って当然なはずだよな?
当然のように端末を使い出すクラスメイト。
それを見て、やっぱり疑問を感じないのが普通。という思いが強まる。
だから僕も端末を使う。
意味の分からなさに呼吸が荒くなっていく。
webサイトのような画面が映し出され、タイトルに【ギフト一覧】。
補足するように【表示制限:適正のみ】と。
そして下には単語が表示され、スクロールして見ることが出来る。
まるでゲーム。
表示される単語は【(スキル)高速思考】や【(魔法)火】など。
一応、下までスクロールした。が、しっかりと見たかと言われれば適当だった。
一番上に表示されていた単語に全ての意識が向いていたから。
その単語は【(種族)吸血鬼】。
こういうのって勇者とか賢者、みたいなのが普通じゃない?
僕の選べる単語にそんなものはなかった。
だが、吸血鬼はあった。
異世界の定番と言ってもいい吸血鬼。
ただ。その立ち位置は敵であることの方が多い。
亜人などと言われる作品の多いエルフやドワーフ、獣人。
彼らは少なくとも人ではある。
だが、吸血鬼は魔族と言われる作品の方が多い。
人らしくない僕にピッタリだろ。
【(種族)吸血鬼】をタッチする。
【「(種族)吸血鬼」を選択します。
他の能力を選ぶことは出来ません。確定しますか。】
躊躇いはなく、確定をタッチした。
【確定を確認。】
そんな画面が見えた。
認識した次の瞬間には風に舞う砂のように端末ごと消えていった。
なんで僕は当たり前のようにギフトを選んでいた?
気づけば過呼吸一歩手前まで呼吸が荒くなっている。
深呼吸を、する。
おかしい。
何が?
状況?クラスメイトの変わりよう?
いやいや。宇宙人が全ての原因でおかしさの塊でしょ。
教室で起こった異常事態。
あれが僕の想像通り、人の選別なら。
それをしたのはコイツ。宇宙人の仕業だろ。
なのに僕は宇宙人に安心感を感じて、彼の言うまま従った。
恐怖を感じて。警戒して。なのに、宇宙人を視界に捉えると安心して。
警戒心が霧散する。
『全員。選ンダ。アリガトウ。今カラ。転移。スル。』
転移する世界はどんなところ。何をするのか。
そんな質問を受ける気はないらしい。
そもそも受け答えしたタイミングなんて一度もなかった。
全部一方的に宇宙人が言って、僕らは従っただけ。
教室での暗転と同じように視界が消え去った。
やっぱ教室のアレも宇宙人が元凶じゃね?
プロローグ終わり。異世界、いきます。