プロローグ.2
教室の外の景色がなくなった。
文字通り景色がない。
本当なら少し白んだ空とグラウンドが見える窓は真っ黒。
有名な、光の吸収力の高い塗料で染めたような。黒より黒い漆黒。
ドアが閉まっていることなんて些細なことになるほどの異常。
ドアだって閉まっているはずがないんだ。
開閉時には音がなるし、
閉めなきゃいけないと思ってたから誰かが閉めたら気づく。
窓だけじゃない。
ドアの小窓の景色も廊下を映すことなく、窓と同じ漆黒を映している。
「なにこれ。」
「ん?なんじゃ?…なんじゃこりゃあ!!」
「は?おい!ドア開かない、んだけど…?」
「まど!窓は開く?誰かやってみて!」
「無理!そもそも鍵が動かない!」
漆黒がクラスメイトの恐怖を煽る。
何度も。既にした行動を繰り返し。
「開かない」と、同じような言葉が飛び交う。
僕と爺さんが教室に入った時、窓からの景色は普通だった。
意味が分からないけど、一瞬で今の状況が生まれたのだろう。
その仕掛けを考える必要はない。
現状把握と、何が狙いか。それが今は必要だ。
……1人だけ冷静なことが、悲しい。
きっと思考回路が違う。
そんな僕は、クラスメイトと同じ人間なんだろうか。
今は。この思考こそが。無駄だ。
改めて教室を見回す。
教室のドアは男子2人がかりでも動く様子はない。
窓もクレセント錠、鍵が動かない。
携帯も電波が入らない。
一瞬で暗くなった。皆既日食?
んなわけないわな。暗すぎるし、電波が入らないことの説明がつかない。
常識に当て込んで考えてたら答えが出る気がしない。時間の無駄。
待て。ここまでパニックになってたら机でも使って窓を割るだろ。
でも、誰もしていない。
というか、来た時と机の位置が変わってなくないか?
これだけ暴れて?そんなことありえるわけない。
近くの机を触って、押して、持ち上げようとして。
動かない。
動かないのは窓とドアだけじゃない。机と椅子も。
本当にそれだけか?
床に置かれている段ボールを拾い上げる。拾い上げようとした。
まるで地面と一体化したように動かない。
鞄も動かない。
試しに。携帯を地面に置いた。
そして、地面から持ち上げられなくなった。
電源ボタンすら押せない。液晶も反応しない。
地面との、同化?
ならなんで上履きは大丈夫なんだ?
そもそも同化じゃ景色について説明できない。
接着…結合?いや、どれも説明がつかない。
……固定?固定、か?
固定でも外の景色について説明できないだろ。
でも、妙にしっくりくる。
動かないドアに窓。それだけじゃない、机や椅子に鞄。
持ち上げられなくなった携帯。
すべてがこの教室に固定されてしまった。
逆に固定されていないものは僕ら。
そしてそれらが触れているもの、身に着けているもの。
外の暗闇を見て。自分の考えをあざ笑う。
この教室の僕ら以外が固定されているとしたら?
教室の外の光すらも固定されているのだとしたら?
「いやいや。神秘的すぎる」
だいたいなんのために。
「伯爵!どうなっとるんじゃこりゃ!」
「僕もわからないよ。」
分かるわけがない。
なんのために?
仮にこれが固定されているのだとしよう。
動けるのは人だけ?
この教室で育ててる生き物はいない。
いや。いるだろ。もし動けるのが生物なら虫が。
初めて天井を見上げる。
いるじゃん。そして、動いてるじゃん。
この教室の天井の角には蜘蛛の巣がある。
見えるところに蜘蛛がいるか、動いてるかは確率の低い賭けだった。
でも、蜘蛛はいたし。動いていた。
ならこの空間で動けるのは、生物と生物が身に着けているものだけ?
嫌な、想像をした。
どうして固定するのか。その固定した空間の中にいる何かが欲しかった。
その何かは生物だから、生物以外は固定してしまえばいい。
今、その空間には生物だけが動けている。
生物の中でも特定の何かを求めているなら…
そこまで想像して、次にイメージに出てきたのはふるいだった。
粉ふるいのように選別される。そんなイメージをしてしまった。
「床に穴が開くわけないしな」
「なにを言うてお、お?おおおおおお!?」
床に穴は開かなかった。
ただし、床は床ではなくなった。
床は天井になってしまった。
何を言ってるか分からない?
大丈夫。僕も分からない。
簡単に言うなら天地逆転。
床は天井に。天井は床に。
床に立っていた僕らは頭から落ちていく。
クラスメイトの悲鳴、絶叫が響き渡る。
教室の天井の高さなんて2mと少し。受け身さえとれば大事にはならないのに。
「もう訳がわかんないわ。」
天井に墜落する直前に、意識は暗転した。