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それは不思議にありふれて 〜第一章 【騒霊】 その⑦

 時は遡って夕暮れ。

 猫柳高校の裏門から出て、家までのちょっとした商店街風の通りを辿る千比呂と里緒は、先程までの不思議な時間に未だ気持ちを昂らせたままだった。


「あの蛭児様って、あれっていったい何だったんだろね?」

 どこからいつの間に取り出したのか、千比呂がスニッカーズを齧りながら里緒に話しかけてきた。


「さぁね。結局肝心な事教えてくれなかったよね。あれさぁ、多分本人もわかんないんだよ」

 口をとんがらせて里緒は不満げだ。

「まぁ、わかんないって遠回しに言ってたよね。認めて無かったけど」

 千比呂がから笑う。

「ああいうの理系っぽいよね」サラッと理系に失礼なことを里緒が言う。


 アハハと笑いながら覗き込んだ里緒の顔は、何か考え込んでいるようでもある。千比呂にはその原因が何か察しがついたが、それを里緒に直接尋ねるのには少し気が引けた。里緒にしてみれば隠し続けて来たことで、他人に触れられたくない部分であることはよく理解していたからだ。


 まぁ、こんな風にわたしに気を回されてる時点で隠しきれてはいないんだけどね。我が子がイタズラをごまかす様子に気づきつつも暖かく見守る母の目線で里緒を眺めながら、スニッカーズの袋を丸めてポケットに突っ込んだ。


 それは甘い甘いキャラメルヌガーが奥歯にひっついているのを舌先で取ろうと格闘していた矢先だった。

 ふと、意を決したような面持ちで里緒が真直ぐな視線を千比呂に向けて来た。

「聞いて欲しいことがあるの!!」


 突然の展開に少し面を喰らった千比呂は、「ふぇっ?」っと、変な声を出してしまった。キャラメルヌガーは、まだ取れない。


「あのね、あたし今までちひろに黙ってた事があるの......うううん、ちひろだけじゃない。みんなに知られたくなかったから言えずにいたけど......あたしねっ」

 絞り出すような想いで告白を始めた里緒の言葉を千比呂が引き取った。


「お化け見えるんしょ?」

 舌先の感覚の三分の一を奥歯に傾けながらあっさり先を繋ぐ。

「知ってたの?」

 ひとり、悲劇のヒロインのテンションに浸っている風にもみえる里緒だった。


「知ってたってゆうか、バレバレだったよ。突然変な所をじっと見つめたり、急に飛び退いたり。最初何かと思ったけどその内、ああ、そういうことなんだなぁってわかっちゃったもん」

 口の中をモゴモゴしながら話す千比呂を見て、ポカンとした表情を浮かべた里緒だったが、そのうちみるみる顔が赤くなり、終いには涙目になってきている。


「気づいてんだったら言ってくれたらいいじゃん!」

 里緒はもうすっかり涙声で地団駄を踏んでる。

「いや、なんか知られたくなさそうだったしぃ、わざわざ訊いた所でぇ、なんかあるかっていったらぁ......ねぇ」

 千比呂は申し訳なさそうに頭を掻く。


 困った様子の千比呂の様子を見て里緒はプッと吹き出して暫くお腹を抱えて笑っていた。情緒が壊れたかな? と千比呂は心配になっておたついてしまう。その姿がまたなんとも可笑しく思えて里緒は腹筋が痛くなってしまった。


「......あ〜あ、バカみたいじゃんあたし」

 涙を拭いながらやっと一息ついた里緒は、エヘヘと笑う親友のみぞおち辺りを2、3度軽くパンチした。当然のごとく千比呂には全く効いていないばかりか、胸を張って鼻をフンっと鳴らしている。


 ふたりは睨み合うと、また大きな声で笑った。


 笑っていたら、里緒のスマホが鳴った。フゴフゴと豚の鳴き声が響いた。

「あれ、Nodeが来た。誰だろね?」

 里緒のNodeの着信音は子豚の鳴き声だ。ちなみに千比呂のは定食屋さんが炒飯を作る時の、鍋をお玉で煽り叩く音を録音させてもらったもので、これは千比呂の密かな自慢でもある。


「きゃあああああああ!!!」

 唐突に里緒が悲鳴をあげた。いや、あのニヤケ面は歓喜の雄叫びのようだ。

「どした?だれから?」

 千比呂は尋ねてみたが、だいたいの察しはついている。里緒がこんな反応をする時はあの野郎しかいない。

「翼さ〜ん!!!」

 全身くねらせながら目をハートにした里緒がスマホの画面を見せてきた。


『里緒ちゃん、いま千比呂と一緒にいる?』Nodeのメッセージは簡素なものだった。


「り、里緒ちゃん!ちゃんだって!!きゃああ!!!」

 鼻血を出さんばかりに興奮している里緒に何の用かとメッセージを返すように伝えると、千比呂は自分のスマホの電源を切ったままなのを思い出した。

 電源を入れると兄からの不在着信とNodeに『買い物頼みたいからメッセよこせや!』とメッセージと怒れるランボーの絵文字が届いていた。


 絵文字を並べまくった所で主たる内容は『一緒にいますよ〜♡』とだけの返事に推敲に推敲を重ねている里緒を尻目に、千比呂は翼に電話を架けた。


 呼び出し音2コールで出ると翼はモシモシもなしに、

「お前、スマホの電源ぐらい入れとけよな!大事な連絡あっても繋がんないだろ!!」と、いきなりクレームを入れてきた。

 わたしのスマホをどうしようが、わたしの勝手だ。とも思ったが、口に出したら後が面倒くさいのでただ「買い物ってなに?」とだけ答えた。


 いつも千比呂がこの調子なものだから、翼は諦め半分にクレームを控えて買い物の内容だけ伝える。

「今日、父さんが出張で、母さんも遅くなるそうだから俺がシチューを作るけど、バターと玉ねぎが無いからお前、たまも屋で買ってこれるか?シチューで良いよな?」


「別に良いけど、わたしパンで食べたいからバケットも......あっ!!」

 そこまで言った所で、急に横から里緒が手を伸ばしてきて、通話画面のスピーカーボタンを押すものだから、千比呂は思わず声をあげてしまった。


「翼さ〜ん!どうも〜里緒で〜す!!」

 キラッキラの瞳で千比呂のスマホを奪い取らんばかりの勢いで里緒が話しだした。


「ああ、里緒ちゃん。さっきはNodeしちゃって悪かったね」翼の返事に更に色めき立つ。

「いいえ〜、これからもドンドンNodeください!しまくっちゃってください!」

 スマホを死守せんと頭上に掲げて身を躱す千比呂にまとわりつくように飛び跳ねながら、里緒がド根性で会話を続ける。


「そうだ、良かったら里緒ちゃんも今晩うちでご飯食べてかないか?千比呂とふたりで食べても美味くないからさ」「良いんですか?!行きます行きます!」

 翼の呑気な申し出に間髪入れずに里緒が応えた。高々と掲げられたスマホもなんのその。もはや千比呂に登りだしそうな勢いである。


 こうなってしまうと、もう千比呂の中で決定的な何かが切れた。感情は無となり凪となる。仏のようなアルカイックスマイルさえ浮かべている。


「じゃあ、りおと一緒に買い物して帰るね。お兄ちゃんもバケットにする?」

 事務的な響きすら感じさせる声の無機質な千比呂。

「里緒ちゃんも来るならミートドリアも作ろうかな。里緒ちゃん好きだったろ?お前足りなきゃバケットも買ってこいよ。あと、なんかデザートにケーキとコーラの1.5リットルの冷えたやつも頼むよ」


 ただのお料理男子だとばかり思っていたら、こんな気遣いも出来るようになったんだなぁ。と、兄の成長を噛み締めつつ「了解。じゃあね」とだけ言って電話を切った。

 気がつくとコアラのように千比呂に抱きつきながら里緒が大号泣している。


 千比呂が呆れ顔で「どしたん?」と問えば「翼さんがぁ、あたしがドリア好きって覚えててくれた〜〜」だそうだ。


 落ち着きを取り戻すとふたりは、自宅のある住宅街の曲がり角を曲がらずに通り過ぎて、先に三角ケーキ屋でタヌキケーキとスィートポテトを3つずつ買ってから、信号を渡り向かいの湘南DEランチ2という商業施設を目指した。


 この辺りは、もともとあった公団団地をリニューアルして、中規模商業施設を中心に市役所の出張所などの行政施設などのほか、教育施設に福利厚生施設などをこれでもかとぶちこんだ、蝶ヶ崎市プチ都市計画のモデルタウンを実現させていた。


 湘南DEランチは、その中心となる商業施設で、1〜3号館に別れて、道路を挟んで建てられている。千比呂達が目指しているスーパーたまも屋は、その2号館の1階にあった。


 青果生鮮食品のみならず、輸入食材もそれなりに揃った使い勝手の良い店である。


 ふたりは時折ふざけ合いながらも、翼に頼まれた品を購入し、千比呂がリュックから引っ張り出したエコバックに詰め込むと、施設に横付けされたキッチンカーの鯛焼き屋さんでそれぞれ1尾づつ購入し、食べながら帰る事にした。

 里緒はカスタード入り、千比呂はお好み焼き入りにした。


 ちひろだけなんでそんだけ食べて太らないのかと、里緒にやっかまれた。


 来た道を少し戻ると、車2台が何とかすれ違える脇道に入る。緩やかな坂を登って50メートル程進むと千比呂の家が見えた。そこから6軒先が里緒の家である。何年か前に通りの街灯がLEDに交換されたのだが、なんだか少し薄暗く冷たい感じになってしまって、ご近所さん達には不評である。


 家に着くとリビングの灯りが目立つくらいに陽は落ちていた。千比呂は踵でずらして靴を脱ぎ、里緒は框に腰掛けスニーカーの靴紐を解いて、出入り口に向けて揃え、千比呂の脱ぎ散らかした超速と並べて揃えた。


 千比呂の家は、もともと地元で商売をしていた祖父の家だったのだが、父が商売を継がなかった為、店を畳んだ祖父母は、この家を千比呂の父に明け渡すと、平塚の山の方で5人の仲間達と田畑付きの古民家を購入し、そこで農業を営みながら暮らしていた。


 地元の発電事業の開発会社に就職した父は、若くして150坪の庭付き一戸建てを手に入れる事となり、そこで家庭を持った。母は、父の大学時代の後輩で、卒業後就職したゲームメーカーで今でも働いていて、毎日品川まで電車通勤をしている。


 そんなわけで、父は出張も多く、母は毎日帰りが遅い。兄妹ふたりで夕飯などいつものことだ、兄妹が小さい時は父の幼馴染である里緒の父親の計らいで、よく晩御飯をご馳走になっていたが、7年程前に里緒の母親が病気で他界してから、今度は里緒が独りの夜は、大伴家に来て食事を摂る事も多くなった。


 ただいまと、おじゃましますの声が玄関の方から聞こえると、翼はキッチンで食材を刻む手を止めること無く、大声でもなく、いつものように落ち着いた声でおかえりとだけ返した。


 リビングに入ると、アイランドキッチンのむこうで翼が忙しなく手を動かしている。

 ふたりはソファーの脇に荷物を置くと、キッチンに移動しながら「手伝うね」と壁に掛けられたエプロンを制服の上から着けながら言った。


「バターと玉ねぎ買って来ましたよ〜、何をすればいいですか?」

 里緒が小首をわざとらしくかしげながら尋ねると、

「そうだね、里緒ちゃんはそこの赤いボウルをラップかけてチンしてくんない?600Wで4分ね。千比呂はフライパンにバター1センチ厚で切ってオリーブオイルを2回しして、熱くなったきたらそこの刻んだ玉ねぎを飴色になるまでちょい弱火で炒めてくれ。飴色になったら、ご飯茶碗に3杯分ライス入れて、バジルと塩コショウ軽く振って、油が回るまで炒めてよ」


 セリフ考えてたのか? というくらいテキパキと翼の指示が飛ぶ。その間にも半冷凍したひとパック分の豚小間を薄く縦横に刻んで叩いて粗挽きのミンチ肉が翼の手許で量産されていた。


 冷蔵庫にケーキを箱ごと仕舞い、勝手知ったる感じでラップを棚から取り出し指示通りの作業を済ますと「はい、チンしてま〜す」と、絶対的仕事量の少ない里緒が媚びた声で報告する。仄かにアルコールの香りが鼻をくすぐる。どうやら白ワインがボウルの食材に振りかけられているようだ。


「ありがとう、じゃあ里緒ちゃんは、そこの玉ねぎを角切りにしてオーブントースターから鶏肉出して一緒に炒めてくれるかな」

 何処で学んできたのだか、時短のための下ごしらえは半ば済んでいるらしい。


 わざと肩が翼に擦れる程に身体を寄せながら作業台で包丁を奮う里緒をまるで意識すること無く、翼はドンドン下ごしらえを進めてゆく、それでも瞳に掛かりそうなサラリとした黒髪が揺れる様を横目でチラ見しながら、顔がニヤけるのを押さえられない里緒だった。


「こっち出来たよ」

 千比呂の持つフライパンの中で薄黄金色にライスが色づいている。これだけでも食欲に火をつけるには充分そうだ。

「じゃあ、それを耐熱皿に3つに分けて盛り付けて」

 翼の素早い指示が飛ぶ。


「あいよ」

 3つ並んだ耐熱皿のひとつにだけやたらと大盛りの皿を作り、残りを2つの皿に分けて盛り付けた。等分にせよとは言われていない、これは特権である。と、千比呂は確信を得ている。


 翼は、その上に椎茸と刻み玉ねぎとバターをオーブントースターで熱してウスターソースとケチャップとコンソメと砂糖を混ぜ合わせ、挽肉を加えてレンチンしたミートソースもどきをバターライスの盛られた耐熱皿に等分にかけていく。異様に盛られた耐熱皿を見てちょっと舌打ちをしたが、千比呂のやることなど想定内だったのでそのまま作業を進める。


 ミックスチーズを振ったら、レンジをオーブンに設定し耐熱皿を天板に並べ、中段に押し込むとスイッチを入れた。後は焼目が着いた頃合いで取り出し、パセリでも振ったらミートドリアは完成だった。


 丁度、鶏と玉ねぎを里緒が炒め終わった頃合いで、先程レンチンして貰った材料を鍋に移し、翼が混ぜ合わせておいた煮汁を注ぎ、温めている所だった。


「オッケー後はひと煮立ちしたら小麦粉溶いた牛乳とミックスチーズを入れて、ゆっくり煮たたらせないように温めたら完成だな」

 ひと仕事終えたような顔で翼は満足気だった。


「じゃあ、俺は鍋見ながら洗い物してるから、千比呂と里緒ちゃんは、テーブル片付けて食器並べておいてくれるかい?」

 鬼軍曹翼の最後の指示に声を合わせて「サー、イエッサー!」と敬礼で答えるふたり。


 テーブルに置かれた雑誌やリモコンを片付けて布巾で拭き、ランチョンマットとコースターを並べてコーラを注いだコップを運んでドリア皿を乗せる鍋敷きを用意する。

 カトラリーは、ナフキン代わりの折りたたんだキッチンタオルの上に並べた。

 バケットは切られて売ってるメーカー物を買ってきたので、そのままパッケージから取り出すと平皿に乗せておいた。これで用意は万全である。


 暫し出来上がりを待ちながら、テーブルで無駄話をしていると、翼がキッチンからトレイに乗せてドリアを運んできた。甘味と酸味とチーズの香りが食欲をそそる。ランチョンマットの上の鍋敷きに据えて、タバスコの小瓶を残して行くと、キッチンに取って返し、シチューの入った鍋ごと運んできてテーブルの角に置いた大きめの鍋敷きの上に下ろした。


 器にシチューをよそい、それぞれに行き渡ると厳かな『いただきます』の合唱を合図に食事が始まった。

 時短で45分程で完成したとは思えない出来栄えでとりわけシチューの鶏肉がホロホロで、絶妙な塩味を含み笑顔を誘う美味しさだった。


「どう?」

 否定的意見など端からありえないと思っているのがありありと伺えるドヤ顔で翼が感想を求めてきた。

「美味しい。美味しいです!市販のシチューの素を使ってないのにすんごく美味しいです!!」

 忖度抜きで感動している里緒。


「今日特に美味しいじゃん。どこのレシピ見たの」

 ぶっきらぼうな遠回しの褒め言葉しか千比呂は出てこなかった。


「料理は科学なんだよ。素材の成分と変化を考えながら反応を導けば、自ずと美味いものが出来るんだよ」

 翼が千比呂と里緒をスプーンで指し示しながら、いつものように料理理系論を語り始めた。これさえ無ければ本当に美味しい料理なのだが、こういう言い方をされると意地でも粗を見つけたくなって来る千比呂だった。


「みんなで作って、みんなで食べるから美味しいんだって言っとけば、きっとお兄ちゃんも生きやすくなると思うよ」

 憎まれ口を叩いてやった。

「生きにくさについては、お前程じゃ無いと思うけどね」

 兄は、千比呂の性格をよく理解していた。


「美味しい物に理由なんか要らないですよ。だってすんごく美味しいんだから。」

 里緒なりに気を使った発言に、まぁそりゃそうだでその場がまとまった。


 テーブルの上の料理はみるみる内になくなった。これについてのMVPは千比呂だったことは言うまでもない。里緒はひと切れもバケットを食べないうちになくなっていた。


 各人満腹になった所でデザートタイムになだれ込む。

 流石に、翼と里緒はスィートポテトまで食べられないので、タヌキケーキとコーヒーだけにした。余ったスィートポテトは、千比呂の眼の前の皿に肩を寄せ合うように仲睦まじく並んでいた。


 ブラックでコーヒーをひと口すすると、翼が口を開いた。

「そういえば今日、部活説明会だっていってたよな? ふたりともどこにするか決めたのかい?」


 不意の問いかけに、思わず顔を見合わせた後、里緒の頷きを受けて千比呂が言った。

「生徒会のね、斎事係って所に入ることにした」


「ふたりとも?」意外な答えにちょっと目を大きく開く翼を見て、里緒の胸がキュンと締まった。

「そう」「はい」ふたり声を重ねながら答える。


「へぇ、3年の時の同じクラスの女子がその係だったっけかな、実際なにする所なんだい?」

 サラッと尋ねる翼の言葉にふたりはなんとなくざわつくものを感じた。


「まって、その女子って美術部も兼部してた?」

 千比呂が質問で返すと、翼はちょっとびっくりしたような顔になった。

「知ってんの? なんか1年の時からずっとものいみごとがかり? ってのと美術部兼部してて、美大志望なのに理系の進学クラスに来た変わった奴だったな......剣崎優子」


「その人、優子さん。神社の御守りデザインとかしてました?」様子を伺うように里緒が切り出した。

「そうそう、そんな事言ってたなあ。面白い奴だったんだけどね。結構バイタリティーがあってさ。でもね、可哀想にな、去年事故で死んじゃったんだよ。俺、クラスの奴らと葬式に行ったんだよ。中央公園脇の葬儀場だったな」


 宝先生が話してた人だ。間違いない。そうか、お兄ちゃんと同級生だったのか......

「宝先生もお葬式に行ったのかな」つい言葉にして漏らしてしまった。


「係の指導担当の科学の先生だろ。友達が見かけたって言ってたよ。なんか泣いてるみたいだったって。あの先生、いつもピリッとしていて、そんなイメージ無いからさ。なんかその話覚えてんだよな」

 翼は少し遠い目をしながら灯りを落としたキッチンの奥を見つめている。


「先生さ......あいつって言ってたよね」

 里緒がうつむきながら千比呂に話しかけた。

「言ってたね」

 千比呂の声も少し震えてしまった。

「付き合ってたのかな?」

 膝の上で握りしめた手の甲に雫が一滴落ちたのが見えた。

「どうだろう......でも、好きだったんだろうね」

 千比呂は涙の跡を包み込むように里緒の拳に掌を重ねて包みこんだ。


 暫く重い空気が流れたリビングの空気を打ち払うように翼が努めて明るく声をあげた。

「で!ものいみごとがかりって実際何するとこなんだ?」


 どうやら林の奥に神社があることは学校では有名らしいが、一般生徒は立ち入りが禁止されていて、あの奥がどうなっているかほとんど誰も知らないみたいだった。

 千比呂達にしたって守秘義務を課せられたものだから、ほとんど何も語れないし、ましてや蛭児様のことを話すなど出来るわけがないし、言ったって信じてもらえる筈はなかった。


「たまに神社の境内のお掃除をやったり、御守りの発注を手配したりするくらいの楽なお仕事ですよ〜」

 里緒が肝心な部分をゴッソリ削ぎ落として伝えていたが、多分これが正解なんだろうなと、千比呂は納得することにした。


 デザートも食べ終わりお開きの頃合いになったので、翼に里緒を送って行くように命じた。真っ赤になりながら、すぐ近所だから迷惑かけちゃうからと、全力で固辞する里緒の指先は翼のシャツの裾をつまんでいる。本当に可愛い奴だとも思ったが、里緒を将来、姉と呼ぶことになるやもしれぬと、ふと頭を邪が駆け抜けてゆくと、なんだかムカムカしてきた。


「じゃあね!バイバイまた明日〜!!」

 玄関口でふたりを見送る、背を向けた瞬間を狙いすまし、翼の背中を蹴り飛ばすと急いでドアを締めてやった。


 よろけた弾みで、翼が里緒を抱きしめる形になったのを知ったのは、翌朝に里緒から許容量を超えた感謝のスキンシップを教室で食らわされる事になった後だった。


【騒霊】 その⑧へ続く

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