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それは不思議にありふれて 〜第一章 【騒霊】 その③

 今度もじゃんけんの結果は、里緒の勝ちだった。こういう時の運の良さは、一種神がかり的なものを感じる。


 満面の笑みで職員室の前扉の前で足を止めた里緒の手を引っ張り、後扉の前で千比呂は息を整えた。

「なんでわざわざ遠回りしてんの?」里緒が不満げに訊く。


 それを聞いて、ここぞとばかりに丸出しのおでこを光らせながら千比呂が一気に語りだした。

「よく聴きなさい里緒くん。この学校には、1年生から3年生まで全34クラスある、それぞれに担任、副担任がいてそれだけで68名の教師を必要としている。そして、それらはすべて職員室の前方にある教頭先生の机から、ほど近い所に座っているわけだ。なぜなら、日々の伝達事項が聞き取りやすい位置に配置されて然るべきと推理されるからだ。今回、我々が用のあるのは、一教科担任の科学教師だ。彼らは、当然クラス担任とは一線をおかれ、職員室の後方に追いやられていると......」そこまでまくし立てたところで、里緒に口を塞がれた。


「何みた?」真顔で千比呂に問いただす。

「犬神家」照れ笑いで里緒に答える。

「もうっ!早く入れ〜っ!」

 里緒におでこをペシペシ叩かれたので、仕方無しに職員室のドアをノックして引き戸を開いた。


「しっつれいしまっす!」

 中から溢れてきた喧騒に負けまいと比較的大きな声で挨拶をしてみた。しかし、誰も聞いていないようなので、そのままコソコソと侵入する。


 手近なところで書き物をしていた中年の男性教師に、科学の宝先生はどちらかと尋ねてみた。

「ああ、宝先生ね。理系の先生だったら窓際の方だな。悪ぃ、始業式前に先生たちも席替えして場所わかんなくなっちまったから、理系の島で訊いてみな」


 たいして悪びれる風でも無く、オジサン先生は、手刀を立てながら笑っていた。ごめんよ先生、うちらもあなたのことわかんないわ。心の中でそう詫びる千比呂と里緒だった。


 理系の島と呼ばれた辺りに上陸すると、なんだか雰囲気が少し変わった。何より、立ってウロつく教師が少ないし、職員室全体に眼鏡人口の比率は高いのだが、文系の島より金属製フレームを使用している割合がグッと増えた。


「すみませ〜ん......宝先生ってどちらですかぁ?」里緒がオズオズと、誰に尋ねるともなく、その辺に座ってる先生方に向かって、声をかけてみた。


 すると、一番手前に座っていた若い女の先生が、気さくに対応してくれた。どうやら宝先生は、不在らしい。首を伸ばして警戒する小動物のように辺りを見回し、他の先生に心当たりを訊いてくれた。


「ごめんなさいね、さっきまでいたんだけどね。教科の準備で科学準備室に行っちゃったみたい。しばらく戻ってこないと思うから、訪ねていった方が早いわね。言伝で良ければ聞いとくわよ」

 あまりの気さくさに拍子抜けしながら、里緒が応えた。


「いえいえ、あたし達、斎事係についてお伺いしたかったんで。直接宝先生の所にいってみますぅ」

斎事係と聞いて、女教師の目の色が変わった。


「やだ、なに?あなた達も興味あるの?ほんとに?ほんとに?」

 やおらに机の引き出しを開け、引っ掻き回すとパンゲアという有名なオカルト雑誌を周りから隠すようにチラ見させてきた。


「え?なんですか?」千比呂がドン引きしながら応じると、先生は更に勢いづく。

「やだ、隠さなくっていいわよ!あなたもパンピーじゃないの?」

「パ、パンピーってなんですか......?」

「パンゲアピープル。略してパンピー。じゃなきゃ斎事係なんかに興味持たないでしょ?」


 アハハと女教師が笑ってる。はぁ、とか、えへへ、とか言いながら小声で礼を述べると、後退りしながらふたりは職員室を後にした。


「けっこう先生って人数いるんだね」

「それな。スゴくなかった?さっきの先生」里緒が思い出して笑ってる。

「いい人だったんだけどね」故人みたいな言いまわしになっているのに千比呂は気づいていない。


「で、次は科学準備室ですか?」大きく背伸びしながら里緒が言う。

「みたいすねぇ」ひと仕事終えたかのような疲労感に千比呂は少しボーッとしている。


「場所知ってんの?」髪の毛を弄りながら里緒が上目遣いで尋ねてきた。それを見て千比呂はカワイイなと思った。同時に、これは自分に不向きな仕草リストにも登録した。

「りおが知ってんじゃないの?」ぶっきらぼうに返す。

「はぁ、知らんし。え、じゃあこれどこに向かって歩いてんの?」

「え〜、わたし、りお様がこっち歩いてったから付いて来ただけなんですけど」


 はぁ〜っと、深い溜息をついて2人は足を止めた。

「誰かに訊くかあ」

「しかねぇべさ」

 互いに深くうなだれる。


 すると、良いタイミングで階段に2階から降りてくる女子2人組が見えた。これ幸いと、声をかける。

「すみませ〜ん、科学準備室って知りませんか?」

 ああ、それなら4階のこの階段登ったところ。と、2年の校章をつけた女子2人組は教えてくれた。


 里緒が、ありがとうございます。と、頭を下げる。千比呂も続いて「どもです」と素早くお辞儀をした。「どういたしまして」手を振り微笑む2年生達が立ち去ろうとした時、少し上の踊り場で重い金属製の何かが倒れるような音が、ガキーンと響いた。


 とっさに里緒が階段に立ちすくむ千比呂の方にぶつかってきた。

「え、何?」里緒を見ると階段下を見つめてから視線を廊下の先へ素早く移動させている所だった。あたかも何かを視線で追いかけるかのように。


 手すりに身を隠しながら、そっと踊り場を覗き込むと、壁の隅に置いてあったであろう消化器が倒れていた。2年生の女子達も「何だろね?」と、不思議そうに顔を見合わせている。


 特に設置台に何か不備があるわけでもなさそうなので、そのまま、元あったであろう場所に消化器を戻した千比呂は、あらためて2年生にお礼を言うと共に、オーバーアクションで驚きを伝えている里緒に声をかけると、先輩方に深くお辞儀をして科学準備室を目指した。


「で、なんか見た?」2人きりになったところで千比呂が尋ねる。

「うん、見た。てゆうかいた」里緒は身体をよじって右足を見せた。白いソックスの少し上にうっすら赤く3本のミミズ腫れが出来ていた。


「わぁ、痛え?」「痛かぁ、ねぇ」特に血も出ていないようだったが、それが不思議だ。今しがたの傷でミミズ腫れになるような傷つき方なら、多少なりとも傷があるんじゃなかろうか?

 千比呂が頭をひねりながらミミズ腫れを見つめていると、里緒がそれを隠すように身体をよじった。


「あんま見てっと恥ずいじゃん」頬を赤らめる素振りを見せる里緒に千比呂が尋ねた。

「これ、どうしたの?」


 少し考えて里緒が照れ笑う。

「猫だと思うけど。階段上からダダダッて走って来て、すれ違いざまにひっ掻かれちゃった。消化器倒した犯人かも。多分だけど。」

「見たの?」

「見たよ」そう言い切られては何も言えない。


 それでも千比呂は考えた。やっぱり何かおかしい。さっきの2年生達もわたしも何も見ていない。あの場の共通認識は、なぜだか勝手に消化器が倒れた。になっているはずなのに、里緒だけが猫?を見たと言う。

 わたしそんなにボーッとしてたかなぁ?


「田舎の学校は、動物入り込みまくりだね」そう言って笑い、里緒は階段を軽やかに駆け上がった。足は全然平気だといったパフォーマンスだろう。千比呂に心配させまいと。優しい奴。

 まぁ、秘密にしたければ里緒から言い出すまでほっといてやろう。それが女子高生の友情ってやつってもんだ。


 階段を上りきるとA棟の最上階4階に到着した。この階は、専門教室がずらりと並び、フンガフンガと何処からか吹奏楽部の練習する管楽器の音がかすかに響いていた。廊下には、それなりに部活見学の1年生がうろついている。2人が目指す科学教室は、階段のすぐ脇にありその先に科学準備室のプレートが見えた。


 階段を登って右手どんつきのトイレ脇にやたら大きな鏡があった。里緒と千比呂は、その前で身なりを整えながら、ギャルピースや変顔をしてひとしきり楽しんだ後、科学準備室を目指した。

 今度のノールックじゃんけんも里緒の勝ちだった。


 確率とは......? 渡来する空虚な想いをいだきしめながら、千比呂は外開きになっている準備室のドアをノックした。

 返事はない。ドア向こうからかすかに一定のリズムで低音が響いているので、誰かいる事は間違いないだろう。

 里緒を見ると、両手で親指を立てグルグル回しながら腰を振って、口の形だけでGO!GO!と、言っている。


 下唇を突き出しながらレバーノブを引き、扉を開けた。途端に大音量で音楽が流れ出す。これは千比呂も知っている。兄の翼がよく聴いている曲だ。確かニルヴァーナという外国のバンドの長いタイトルのやつだ。イントロのギターのカッティングは千比呂も好きだった。


 あっけに取られて立ちすくんでいると、不意に音楽が途絶えた。一気に静寂が訪れる。吹奏楽部の奏でるフンガフンガだけが静かに漂う。


「悪い悪いびっくりさせたな。えーと君たちは......?」

 部屋の奥でマグカップを片手に、作業台にかがみ込むような姿勢でノートパソコンを弄りながら長身の男が立っていた。ジーンズ履きにノーネクタイのYシャツを第一ボタンまで外した縁無し眼鏡という出で立ちだ。歳の頃は30手前といった所だろうか。大人の男の色気というやつが漂っている。


「あの、斎事係についてお話を伺いに参りました!1年2組の大伴と申します!宝先生でよろしいでしょうか?!」

 嫌々ながらも体育会系で培われた元気な挨拶を千比呂が披露している後で、千比呂の耳許にキスをせんばかりにくっつきながら、「実におもしろい。実に面白い」と、クスクス笑いながら里緒が囁いていた。


「ああ、私が宝だよ。そんな所に立ち止まってないで、こっちへ来て座りなさい」準備台の周りに置かれた丸椅子を指さした。

 千比呂と里緒は、腰を低めに手刀を切りながら申し訳無さそうに席につく。


「コーヒーでいいかな?」宝が尋ねる。

「あ、じゃあわたしはブラックで」

「あたしは、ミルクとお砂糖多めでお願いします」

 ちょっと待ってて。と、言って宝はコーヒーメーカーから使い捨てのカップに2つ、コーヒーを注ぎ、里緒の方にはミルクのポーション2個とシュガースティックを2本にマドラーを添えて置いた。千比呂の前には、そのままカップだけを置く。


 それぞれ、テーブルの縁から15センチ程開けた位置に置かれている。なんとなく几帳面な部分と宝の神経質を垣間見た気がした。


「それで。希望者は、君の方かな?」宝が縁無し眼鏡を光らせながら千比呂に訊いた。

「まだ、斎事係がどんなお仕事かわからないので、あたし達とりあえず内容だけでもお聞きしたいなぁと思いまして......」エヘヘと笑いながら里緒が口を挟む。手許でミルクコーヒーを作る作業は止まらない。


 千比呂は、コーヒーをひと口すすると、「とりあえず、何をする係なんでしょう?」と、あらためて尋ねた。

「そうだなぁ......」顎先に左手の親指を当てながら、宝は質問の答えを整理し始めた。そこは、眼鏡を人差し指でクイッてやるところでしょうがっ!と、里緒は心のなかで叫ぶ。


 宝先生の話では、斎事係とは学校全体だけでなく、その周辺に関わるお祓い事や、祈祷といった神事の補佐を行う係らしい。

 猫柳高校の敷地内、校庭の藪の奥に小さな御社を構えた猫柳神社という古い神社があり、猫柳高校の敷地は、もともと神社の境内だったそうだ。第二次世界大戦後に、高校の設備の充実が計画された際に、隣接する猫柳神社の広大な敷地が5代前の神主より提供され、今日のような形になったそうだ。


 しかし、猫柳神社は元来この周辺を鎮守する土地神様で、郷土史にも深く関わる存在である上、祭事などの取り仕切りを行う由緒正しき神社であった為、御社は校内の敷地に残し、その役割はその時代の神主に任される事になったのだそうだ。


 そして、たまたま教員免許を取得していた当代神主の宝先生は、科学の専任教師をしながら、神事に従事する折の巫女として生徒会付けの斎事係を伴い、それらの役目をこなしているのだそうだ。


「ちなみに観光協会で領布されている物の業者とのやり取りなんかもお願いする感じかな」そう言って、棚の中から御守りや御札や破魔矢などが入った箱を取り出し見せた。

「観光協会から何を何個欲しいって連絡があるからその数を業者に伝えるだけなんだけどね」


 そんなに面倒くさい事もなさそうだし、要は正月に大きな神社で雇ってる巫女さんのバイトみたいなもんかと千比呂は考えた。最もこちらはボランティアみたいなもんだが、その分仕事は楽そうだ。時々着る巫女さんの衣装というものにも興味がある。


 千比呂が、う〜ん。と、悩んでいると里緒が元気に手を上げた。

「先生、あたしその神社見てみたいです!!」

 宝先生は、手首のスマートウォッチに目を落とし、時間を確認すると「じゃあ、これから行ってみるか?」と、言って眼鏡を光らせた。


【騒霊】その④へ続く

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