7話 イルカの嫁
※イルカ×人間を匂わせる描写があります。
片づけを終えてそろそろお暇する旨を伝えるとフィオは残念そうな顔をしていました。干していた服を回収しているとレオンとマルコが浅瀬に寄ってきました。別れを察したのでしょうか?特にレオンは浜辺に乗り上げて『キュー、キュー』と囀りかけてきます。
「レオン?どうしたのかしら?」
「何カ渡シタイモノガアルミタイ」
確かに、どこか訴えかけるような鳴き方です。服をエマに預け、浅瀬にそっと足を踏み入れてレオンに近づいてみます。よく見ると口に何か咥えています。
「っ!これって……!」
『キュー』
「見つけてくれたの!?」
『キュッキュー!』
受け取ってみるとそれは昨日海で失くしたハンドバッグでした。ボロボロで中身も殆ど流されていますが、唯一祖母に貰ったあの髪飾りだけは無事でした。形見を取り戻せた私は嬉しさのあまりレオンに抱き着いていました。
「ありがとうレオン!!」
『キュイッ!キュィッ!』
レオンも嬉しそうに私に身体を擦り付けてきます。彼のつるつるした肌の感触が気持ちいいです。なんか、このままお別れするのは名残り惜しい気がします。
「セッカクダカラ、お別れスル前にモウ一度イルカと遊ンダラ?」
「エマ!」
「オオ、ソレハイイ考えデース。ワタシモ……」
「ユーはモウチョット勉強シナ!」
まだ夕方には時間があるのでお別れする前にレオン達ともう一度遊ぶことにしました。祖母の髪留めで髪をしっかり纏め、二人に見送られながらイルカ達と海へ泳ぎだします。
「きもちいい♡」
やっぱり泳ぐのは楽しいです。しかも今回は大好きなイルカと一緒なのが嬉しい所。レオンとマルコも嬉しそうにしきりに身体を擦り付けてきます。そこまでされるとくすぐったいです。
『キューキュー』
「レオン?エスコートしてくれるの?わかった!」
何となくですがレオンの言っていることがわかった私は、エマに借りた紐付きのゴムチューブを彼に噛ませます。するとレオンは私を引っ張って海の中へ潜っていきました。
「ブクブク.。o○」
最初はゆっくりとですが、だんだん速くなっていきます。私も彼に負けじと、一緒に脚と腰をくねらせます。するとどうでしょう?自分もイルカになったように水流を纏い、泳いでいるではありませんか!水泳のバタフライでやるドルフィンキックとは違った感覚です。
「ぷはぁっ!」
しかもレオンは私に配慮して海面に浮上してくれます。イルカの息は人間より断然長いですが、彼は人間の息を止められる長さを完全に把握しているようでした。野生の獣とは思えぬ思いやりに、私はすっかり惚れ込んでしまいました。
『キュー♪』
「んぱぁっ♡」
何時しか私の息も彼と合うようになり、自分でも驚くほど長い時間潜れるようになっていました。海面で一緒にジャンプもします。最高の気分です。
「……ぷはぁっ!はぁ、はぁ、はぁ……」
『キューキュッ』
海中をしばらく泳いだ後、私達は円形状の珊瑚礁で囲まれた小さな浅瀬に辿り着きました。透き通った蒼の中に白い砂が浮かび上がり、溶けかけのブルーハワイシャーベットのように輝いています。
「綺麗……もしかして、レオンの秘密の場所?」
『キュッキュッキュッ♪』
そこは誰にも知られていないレオンだけが知る穴場でした。珊瑚礁が防波堤になって浅瀬はとても穏やかです。少しの間ここで浮かんでのんびりするのも悪くありません。
『キュキュッ♡』
「レオン?」
浅瀬に漂ってくつろいでいるとレオンが、先ほどよりも活発に身体を私の素肌に擦り付けてきます。それはあたかも恋人の男性がする愛撫のようでした。
『キュキュキュ……』
「レオン……」
求められた気がした私は身体の力を抜き、受け入れるように彼を抱きとめます。イルカの弾力のある肌を全身で感じ、私は身体の芯が熱くなるようでした。
『キュィ!』
「あっ……」
気が付いた時にはもう夕方になっていました。その後迎えに来たマルコの助けも借りながらフィオとエマが待つ入江に戻ります。
「ありがと……」
『キュィ♪』
「ナツミ―!」
そこでは二人が波打ち際まで出迎えてくれました。二人は私が何をしていたかを察しているようで、にっこりと私に笑い掛けます。
「ナツミ、レオンと仲良くナレタ!ヨカッタネ!」
「ありがとうフィオ」
「ドウダイ?イルカの嫁にナッタ気分ハ?」
「……すっごく不思議な気分です。まだ夢の中に居るような……」
ちょっと気恥ずかしくなってきますが、とっても満ち足りた気分でした。ただ一つはっきり言えることは……。
「もう人間の男には興味ないですね♪」
「ソレ、ワカリマス!ワタシモ人間の雄はお断リデス!」
「ハッハッハッハッハ!面白イ娘タチダネェ!」
その後、エマは私が先輩たちと泊まっていたホテルまで送ってくれました。フィオもついてきます。
「本当に今日はお世話になりました。とても……楽しかったです」
「コチラコソ楽シカッタヨ。アナタならフィオと気ガ合ウト思ッテタ。感謝シテイル」
「感謝するのはこちらの方です。いろいろ迷惑もかけちゃって」
エマはまるでこれからもよろしくと言わんばかりに手を握ってきます。彼女もまた満ち足りた表情です。
「ワタシはウレシイ。新タナ『イルカの嫁』誕生ノ瞬間ヲ見届ケラレタ」
「もぉ……ここでその話はしないでください」
私の顔は真っ赤になってしまいます。"嫁"だなんて言われるだけで気恥ずかしくなってしまいます。けれど大好きなイルカが相手ですから、悪い気はしません。
「ナツミ……」
「フィオ……」
船の家からここに来るまで無言だったフィオが心痛な面持ちで私の顔を見てきます。やっぱりいざ別れる時となると辛いのでしょう。けれど次の瞬間、その碧い瞳に決意の光が灯りました。
「ワタシ、絶対ニッポンヘ行ク!」
「フィオ!」
「ソレマデノお別レ!」
私たちはきつく抱きしめ合いました。互いに涙を見せないように。
「ナ……ツミ、泣イテル」
「……泣いてないよ」
「ヨカッタ。もしナツミが泣イテイタラ、ワタシまで泣クトコロダッタ」
「私もフィオが泣いてたら泣くところだったよ」
「青春ダネェ」
二人と別れた私は部屋に戻って帰りの支度をまとめると、夕食も食べずに泥のように眠ったのでした。
翌朝、私は先輩達に連れられて港に来ていました。ここから日本行きの船に乗ります。甲板のテラスの椅子に座りますが、まだ疲れが残っているのか時々うつらうつらと舟をこいでしまいます。
「七海、ずいぶん眠そうね?」
「き、昨日一日中受験勉強してたから……」
私は内心冷や汗をかきながら、適当な答えを出します。幸い昨日は二人ともおそらくずっと部屋でイチャイチャしてたっぽいので、私が居なくなったことに気付いてはなさそうです。
「あんま無理するなよ?」
「う、うん……あ、そうだ!」
私は翔先輩の顔を改めて見ます。彼もどことなく疲れた顔……なんか干からびているような、そんな印象を受けます。私は軽く頭を下げました。
「翔先輩、今までお付き合いいただきありがとうございました!」
「え?」
「姉さんのこと、大事にしてくださいね?」
「っ!?」
「あら?何の話をしているの?」
先輩は唐突に浮気がバレたことに慌てふためいていました。その様子を見て満足した私は席を立ち、船の欄干に寄りかかってどんどん離れていくフィンドル島を眺めます。その時、島の方から一頭のイルカが泳いで来るのが見えました。曲刀の刃の如くカッコいい背びれを持つイルカです。
「レオン!」
彼はジャンプしてアピールしつつ、追いかけてきているようでした。蓮子姉さんと翔先輩も気づいたようです。
「あのイルカちゃんずいぶん元気ね?」
「俺たちを見送っているのか?」
他の乗客もレオンに気付いて手を振っています。違うんです!彼が見ているのは……。私は船の欄干から身を乗り出し、周囲の人を気にかけずに大声を張り上げました。
「レオォォン!!また会おう!!絶対会おう!!愛してる!!レオン!!」
私とイルカの愛の物語はまだまだ始まったばかりなのです。
ここまで読んでいただきありがとうございました。コメントとか頂けると嬉しいです。