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6話 入江の隠れ家

 私達の乗ったボートにはオールがありませんでした。どうやって進むのかと思っていると、エマが頑丈そうな紐を結んだ自転車のゴムチューブを二本、イルカ達に放りました。レオンとマルコはわかっているようで各々チューブを咥えると揃って泳ぎだしました。まるで水上スキーみたいです。


『キュキューキュィ♪』

「わぁ、速いっ!」

「シッカリ掴マッテナ」


 イルカ達に引っ張られて辿り着いたのは島の反対側にある小さな入江でした。その場所は背後が切り立った絶壁になっており、よそ者の侵入を阻んでいるかのようでした。その入江の奥にフィオ達の“家”はありました。逆さにした木造の廃船を屋根にバナナの葉を重ねた壁が囲っています。


「ツイタヨ」

「あれがフィオとエマの家だね?」

「イエス、ミスボラシクテゴメンネ?」

「ううん、素敵なお家よ。私都会育ちだからこういうワイルド系って憧れるの」

「ソウ?ヨカッタデース?」


 浜辺に付くとエマが最初にボートから降りて買い物袋を家の方へ運んでいきました。一方、私とフィオはゴムボートを流されないように砂浜へ乗り上げさせ、風で飛ばされないように石で抑えます。波打ち際ではイルカ達が未だに『キューキュー』と鳴き続けておりました。


「とても懐いているのね」

「当然!ワタシの大事なパートナーデス!」

「さっきの芸も凄かったし、どうやって訓練したの?」

「?ワタシが彼らを愛して、彼らがワタシを愛しただけデース」


 ちょっと話がかみ合いません。彼女の言う"パートナー"はショーの仕事仲間とはちょっと違うようです。


「家の中案内スル!」

「コンナ家に案内はイラナイヨ、フィオ、魚ヲ捕ッテキナ!」


 私の手を引いて家へ案内しようとしたフィオにエマが注文を入れます。フィオは口を尖らせてぶー垂れます。


「エー、今からデスカ!?」

「客を呼んでオイテ出来合いのモノはダメダ。さっさと行ってきナ」

「オゥーケェィ……」


 するとフィオは何を思ったのか、着ていたワンピースをその場で脱ぎ始め、肌着も取り去ってすっぱんぽんになってしまいました。彼女の張りのある褐色の肌が南国の日差しを受けて輝きます。


「ヘイ!ドント ショーネイキッド!」

「プリーズ ウォシュマイクロウズ アンテル アイキャッチフィッシィズ♪」

「オゥ、トムボーイ……」


 脱いだ服をエマに押し付けたフィオは、さっきより生き生きとした表情でイルカ達のいる海に走っていきました。イルカと一緒に魚を捕るのでしょうか?彼女が沖へ去るとエマは私の手を引いて家の後ろへ案内します。そこには雨水を貯めていると思われるドラム缶や炭が入った樋地倫、洗濯板が入ったタライなど、生活に使うものがいっぱい置かれていました。


「ホラ、脱イデ」

「へっ?」

「ソノ服、海ニ入ッタダロウ?」

「あ……はいっ」


 唐突に言われて身構えてしまいましたが、確かに私の服は海水で濡れていました。常夏のこの気候で既に乾いていますが、所々にシミができて塩がふいています。ちょうど下は水着ですし、せっかくのご厚意なので私はその場で脱いでエマに渡しました。エマはドラム缶からタライに少量の水を採って慣れた手つきでそれを洗っていきます。洗剤はないようですが塩分さえ落とせれば十分でしょう。


「ナカナカ良い体つきヲシテイルネ?」

「あぅ……見ないでください、こんなお粗末な体」


 水着を着ているとはいえ、身体をまじまじ見られるのは同性相手でも恥かしいです。しかも起伏の殆どない貧相な体はコンプレックスでもあります。ついその場に蹲ってしまう私にエマは笑いながら語りかけます。


「ハハハ、恥ズカシガルコトナイサ。今ニ心カラ愛シ合エル相手ガデキル」

「そうでしょうか?」

「確信スルネ。モウ逢ってイルカモシレナイヨ?」

「?」


 私は首をかしげました。何しろ今は失恋してまだ間もない状況です。少なくともこの島に来てから、心から愛し合えそうな男に心当たりがありません。もう先輩と心は離れていますし、資料館のガイドの人は好みではありません。フィオのショーに観戦に来ていた男共などは死んでも嫌です。

 考えているうちに私の服が洗い終わり、船から張られたロープに吊るします。午後ですがこの気候なので、夕暮れになる前に乾いてくれるでしょう。


「オツカレ」

「エマもお疲れ様です。うーん♪」


 昼下がりの陽の光を浴びながらぐぅんと伸びをします。潮風がとても気持ちいいです。ちょっとひと泳ぎたい気持ちにさえなっています。


「エマー!ナツミー!」

「あ、フィオ?」

「帰ッテキタカイ?」


 フィオの声が聞こえて振り返ると沖の方からイルカ達と共に帰ってくるところでした。肩には魚の入った魚籠を携えています。やはりイルカと協力して魚を捕ってきたようです。エマが話してくれた昔の島民たちの暮らしがそこにありました。


「お帰り、フィオ」

「タダイマ、ナツミ!」

「オーケー フィオ。ソレをキッチンニ……ヘイッ!ドント スローザット!」

「ナツミ!コッチ来て一緒に遊ビマショ」


 エマはフィオが魚の入った魚籠を大雑把に小屋の戸口に投げ込んだことを怒っていました(当然です)。けれどフィオは気にせずそのままイルカたちと戯れ始めます。一昨日私が廃漁港で見た光景そのものでした。そして私にも手招きしてきます。


「マッタク仕方ナイネ。ナツミ、食事ノ準備がデキルまでフィオと遊ンデオイデ」

「え?手伝わなくていいのですか?」

「イイヨ。アイツにトッテ初メテノ客ナンダ。付キ合ッテアゲナ」

「は……はい!」


 エマはフィオが投げた魚籠を拾うとまた小屋の裏へ戻っていきました。食事の準備をするのでしょう。なんか少し悪い気がしましたが、ここも厚意に甘えさせていただくことにします。サンダルを脱いでフィオ達のいる浅瀬に飛び入りました。


『キューキュキュ』

「ひゃん!?」


 腰のあたりまで海水に浸かると急にレオンとマルコが寄ってきて私の腿や腕に身体をこすりつけてきました。イルカの肌はツルツルしていて、固いウレタンのような触り心地です。


「レオン?マルコ?すごい寄って来る……」

「ナツミが可愛いカラデス。レオンもマルコも可愛いガールが大好キ」

『キュキュキュ♪』


 これは後で知ったことなのですが、イルカは嗅覚や超音波で人間の性別を識別することができます。特に雄のイルカは人間の女性に対して好意を示すこともあるそうです。


「オゥン、マルコ……コッチ来て」

『キュィキュ』

「アァ、イエスッ!マルコ、アイラブユー」

『キュッキュウ♪』


 海中で抱き合うフィオとイルカは本当の恋人同士に見えます。この時ふと私はエマが話していた「イルカの嫁」の伝説を思い出しました。


「ね、ねぇ……フィオってもしかして……きゃ!?」

『キュー』


 しかし正面から『かまってー』とばかりに寄って来たレオンに気づきませんでした。不意を打たれた私は砂に足を捕られて海中に倒れ込みます。まるでベッドに押し倒されたみたいな感じでした。


「わぷっ……ちょ……レオン?」

『キュキュー』


 体勢を立て直す暇もなく上からレオンが圧し掛かって来ました。海中で無防備になった私の身体に彼の逞しい肉体が重ねられ、海底の砂地に押し付けられます。


「んっ、ブクブク.。o○……ぷはっ!!」

「ナツミ!?」


 一瞬気が動転しかけましたがすぐに圧はなくなるので、私は砂地とレオンの間から脱出して海面に浮上しました。フィオが心配そうな顔で見てきます。


「ナツミ!アーユーオーケィ?」

「うん……大丈夫よ」


 何かをされたわけではないです。怪我もありませんでした。けれど何故か私の心臓だけは早鐘のように鳴っていたのです。



 その後エマが作ったランチを御馳走になりました。メインディッシュは魚を植物の葉で包んで蒸し焼きにしたもので、この島の伝統料理だそうです。素朴な味でしたがとても美味しかったです。


「ごちそうさまです……」

「ナツミ、日本のコト色々教エテ」

「フィオ、アンタは勉強ナサイ」

「オゥケイ……」


 エマに言われてフィオは少し渋々といった形で教科書を広げます。聞くと彼女は通信制の教育を受けており、もうじき高校卒業資格がもらえるらしいです。


「すごいじゃない」

「ワタシ、日本の大学イク。●×大学ヲ目指シテ勉強してイル」

「●×大学?」


 驚くべき偶然ですが、フィオの目指している大学と私の第一志望校は同じでした。それを言うと彼女は目を輝かせました。


「ファンタスティック!一緒に頑張ロウネ!」

「うん、頑張ろう!」


 フィオが勉強している間、私とエマは家の裏で食器を洗います。洗剤は使わず、砂を使って洗うそうです。


「あの娘、"イルカの嫁"サ」

「っ!」

「彼女ハ多クノ別れヲ経験シタ。頼レルノはイルカだけダッタノサ」

「フィオ……」


 何があったのか詳しい話は聞かせてくれませんでしたが、野生のイルカとじゃれ合う彼女の過去には、色々とつらい出来事があったみたいです。


「アノ子ノ友達にナッテホシイ」

「言われずとも、フィオとはもう友達です。私だって負けないくらいイルカが好きですから」


 私のしっかりとした返事を聞いたエマは満足げに頷き、皺くちゃの手で私の手を握りました。祖母の手のように温かかったです。

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