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2話 先輩と私と髪留め

 ビーチを出ておしゃれなレストランで夕食をとった私たちは、宿泊先のビジネスホテルにチェックインして各自に割り当てられた部屋で休みます。私の部屋は海がよく見える南向きの個室でした。


「いいでしょ?この眺め。七海は海が好きだから、一番眺めのいい場所を選んだのよ」

「うん、ありがとう蓮子姉さん」

「ふふ、見とれ過ぎて窓から落っこちないように気を付けてね?」

「もぉ、子ども扱いして……」


 蓮子姉さんのお節介に苦笑しながら部屋の窓を開けます。日が暮れているので外が見えないのが残念ですが、潮風が気持ちいいです。私の反応を見て満足した蓮子姉さんはポケットからメモを取り出して私に渡します。


「もしお腹が空いたらこれ見てルームサービス頼めばいいから」

「ありがとう蓮子姉さん」

「じゃあ、おやすみ。勉強は程々にね。夜更かしは美容の天敵よ」

「わかってる」


 お節介焼き姉さんはようやく部屋を出ていきました。私はふぅー大きな息を吐くとベッド脇に置かれてある旅行バッグを開け、家から持ってきた参考書を机に広げて勉強を始めます。息抜きの旅行だからってサボりません。


「あの娘は誰だろう……」


 ですがあの浜辺で見た光景が頭について離れません。イルカ好きの私にとって、野生のイルカと思う存分触れ合うのは夢でした。小さい頃は休みの度に水族館へ行ってイルカと触れ合ったものです。もしイルカと一緒に泳げたら……そう思ったのは一度や二度ではありません。


「ふぅ……」


 結局、あまり集中できなかった私は寝ることにしました。大切な髪留めを外し、服を脱いでバスルームでシャワーを浴びます。今日一日の汗を流してさっぱりしていると、部屋のドアがノックされました。


「ふぇ!?」

「やあ七海、起きてるかい?」


 バスルームを飛び出して覗き穴を見ると翔先輩一人でした。待たしてはいけないと思った私はバスタオルを体に巻いた恰好のままドアを開けます。


「おっと……お風呂の途中だったのかい?悪いね?」

「いえ、その……」


 正直……気が動転していました。付き合っている相手とは言え、男の人の前でタオル一枚という大胆な格好で出てしまったのです。今更ながらに顔を赤くして口をパクパクする私ですが、先輩はお構いなしに部屋に入ってきました。


「受験は順調かな?」

「はっ……はいっ!」

「俺と同じ大学を目指しているって聞いてね」


 先輩は机に広げられた参考書に目をやりながら言いました。そうです。私は翔先輩を追いかけて同じ大学を第一志望にしています。その偏差値は高く、今の私ではちょっと厳しいです。だからこそ必死に勉強に励んでいます。


「頑張っているようだね?」

「はい……だから先輩……」


 待っててくださいと言おうとした私の唇を翔先輩が塞ぎます。そして力強い二本の腕で抱き寄せてきました。同時に私の身体に巻かれていたバスタオルがはらりと床に落ちます。


「久しぶりに会えたわけだし、今夜は特別なご褒美をあげるね」

「先輩……んっ」


 先輩は生まれたままの姿の私をベッドへ運び、白く清潔なシーツの上へそっと横たわらせます。そしてベッドサイドを除く照明を落とすと、ギシリと音を立てて体を覆いかぶせてきたのでした。



 翌朝、朝食を食べに部屋を出たら蓮子姉さんと鉢合わせになりました。


「よく眠れたかしら?ちょっとしんどそうね?」

「えっええ、まぁ……勉強してて」


 まさか先輩と久しぶりに夜の時間を過ごしたなんて言えないので、私は適当に言葉を濁します。因みに今日の蓮子姉さんは薄いカーディガンとノースリーブやミニスカートで決めた南国ファッションです。毎度ながらレベルの高い服装をしております。


「今日も気合が入ってますね、蓮子姉さん」

「女は衣装髪かたちよ。あなたもうかうかしているといい男を見逃すわよ」


 そう言ってウインクして見せる蓮子姉さん……とても色っぽいです。彼女は仕事柄人付き合いの幅が広く、その分男性経験も豊富だったりします。所謂“行きずりの関係”に彼女はロマンを感じているらしく、この島でもいい人を見つけるつもりみたいです。まぁ、私には関係ないことですが。


 朝食後、私は一張羅の花柄ワンピースに身を包み、祖母の髪留めで髪をきちんと留めると、スマホを入れたハンドバッグを携えて先輩たちとホテルを出ます。今日は大きな繁華街で買い物をした後、旅行パンフレットにあったイルカの資料館に行く予定です。


「プリーズ、カム トゥーシー……オゥ!」

「あ……」


 繁華街の入り口でチラシを配る女の子と再会しました。あの廃漁港でイルカとエッチしていた娘です。今はイルカのような灰青色のワンピースを着ています。


「ヒヤユーアー」

「あ……サンキュー」

「七海、離れないように手を握って」

「あ、ちょ……」


 渡されたチラシを反射的に受け取りましたが、人ごみの中先輩に手を引かれて話かけることもできずに通り過ぎてしまいました。せめて名前だけでも聞いておけばよかったと後悔しますが後の祭りです。


「何それ"魅惑のイルカショー"?"フィンドルに舞い降りた天使"?」


 蓮子姉さんが隣からのぞき込んでチラシを読みます。英語で書かれていますが語学に長けた彼女はすらすらです。一応スマホに翻訳アプリは入れてあるのですが、出番はありませんでした。


「ふーん、面白そうじゃないか。場所は丁度資料館の近くらしいな」

「うん」

「じゃあ、資料館に行った後で覗いてみましょう。時間的にもぴったりだし」


 蓮子姉さんの提案に一同同意し、繁華街に入って行きます。人ごみの少ないところに私と蓮子姉さんを待たせ、先輩は資料館のチケットを買いに行きました。


「へぇー、このワンピース、この島伝統の染料で染められてるんだって」

「……ふーん」


 露店の一つで蓮子姉さんが見つけたのはあの女の子が着ていた色のワンピースでした。姉さんはしばらくそれを見定めた後、元の場所に戻しました。


「うーん、私はもうちょっと明るい色がいいかな?七海もそう思うでしょ?」

「う……うん」

「おーい、重間、蓮子、チケット買って来たぞ!」

「先輩!」


 翔先輩が人ごみの中をかき分けてこちらに駆け寄ってきます。手には三枚のチケットが握られていました。


「遅かったじゃない。荷物持つのお願い」

「こんなにあるのか……仕方ないな。おっと重間、チケットだ」

「ありがとう」


 資料館のチケットを見て私は胸を躍らせます。やっぱりイルカが好きなんだなと、自分で改めて思います。先輩は蓮子姉さんが増やした荷物を担ぎ上げると、ハンドバッグ以外何も持っていない私を見て聞きました。


「重間は何か買わなかったのかい?」

「うん……それより資料館!」


 私は作り笑いで誤魔化すように駆け出しました。この日の為に貯めたお小遣いの半分近くは今着ているワンピースにつぎ込み、残りは電子マネーとして持っています。お土産の一つや二つは買える金額ですが、受験の息抜きということもありおいそれと使う気にはなれませんでした。


 辿り着いた資料館は見た目が博物館のように豪華なデザインでした。なんでもとある環境団体の財団が関わっているらしく、かなりの支援金が投入されたとのことです。館内ではフィンドル島の住人がガイドをしていました。


「ドルフィン オン ディス アイランド アー ディクリーシング イヤー バイ イヤー ビコーズ オブ ザ アイランズ ディベロップメント」

「ふむふむ『この島のイルカは、島の発展のために年々減少しています』かあ」


 独特な訛りで話す島民の英語を、蓮子姉さんが通訳してくれます。翔先輩が減少した数を質問すると『だいたい3割くらい』と曖昧な答えが返ってきました。どうやら独自の調査はしていないようで、ネットでも手に入れられるレベルの内容の薄さです。


「他に聞きたいことある?」


 蓮子姉さんが私にも聞いてきたので昨日あの浜辺で見たことについて質問することにしました。と言っても「この島でイルカと遊んでいた女の子を知っていますか?」なんて聞くわけにはいかないので遠回しに尋ねることにしました。


「ええと……この島の人はイルカと特別な関係だったりする?」

「何その質問?まあ、一応聞いてみるけど……」


 蓮子姉さんの質問に解説をしていた島民は首をひねり『別に特別なことはない、普通だよ』と返ってきました。そして質問に答えるのに疲れたのか、別の展示を見るように私たちを促したのでした。


「思ったより早く終わったな」


 三十分もしないうちに私たちは資料館の外にいました。あの後見た他の展示もこれといって内容のあるものはなく、終盤に至っては何故か島と全然関係のない日本の捕鯨問題が取り上げられているありさまでした。建物だけは立派なだけに「拍子抜け」だったのです。


「この島のイルカについてもっと詳しい話が聞けると思ったのに……」

「仕方ないさ。この島のイルカの保護が話題になったのは最近らしいからな。ほら」

「え?」


 翔先輩は私の目の前にクリップ式の髪留めを差し出しました。べっ甲と呼ばれるウミガメの甲羅を加工したもので、精巧なお花の意匠が彫られています。


「チケットを買いに行く途中で見つけたんだ。今着ているワンピースに似合うかと思って」


 そう言って先輩は私の後ろに立って祖母の髪留めを外すと、買ってきたばかりの髪留めを付けてくれました。なんだかドキドキしてしまいます。


「やっぱり、今着ているワンピースに似合ってるよ」

「あ、ありがとう翔先輩」

「あら、バンスクリップじゃない?」


 目ざとく見つけた蓮子姉さんは先輩にしだれかかるように粘着してきます。


「いいなぁーあたしにも一つ買ってよぉ“翔先輩”?」

「いや、あんだけ買ってまだ欲しいのかよ……」


 姉さんのわざとらしく色っぽいおねだりに翔先輩は笑いながら困っています。相変わらずな二人のやり取りに苦笑しながら、私は外された祖母の髪留めを失くさないようにバッグの奥に仕舞いました。

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