表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/15

福岡の怖い噂といえば① 犬鳴峠に幽霊は出るのか

 福岡の心霊スポットといえば犬鳴トンネルが全国区、みたいなトコロがありますが

「じゃあ、犬鳴峠に出る幽霊って、いったい誰の幽霊なんだよ?」

というと曖昧模糊あいまいもこ、これといった主体がハッキリしません。


 もともと福岡市から筑豊方面に抜ける峠道としては犬鳴峠(県道21号 福岡県糟屋郡久山町~宮若市)以外にも

〇八木山峠(国道201号 福岡県糟屋郡篠栗町~飯塚市)

〇ショウケ越え(県道60号 福岡県糟屋郡須恵町~飯塚市)

〇猫峠(県道92号 福岡県糟屋郡篠栗町~宮若市)

と複数本あって、幽霊が出るというウワサが『無かった』のは、バッキバキに交通量が多い国道201号線の八木山峠だけ。

(ま、国道201号は篠栗さんの霊場参拝者も多いため、変なウワサを流すことがそもそも不可能だったという事情もあったのかも知れない)


 そして犬鳴・ショウケ・猫の各幽霊噺にしても

「どうも女の幽霊が出るらしいよ!」

「いやいや鎧武者だってハナシだぞ……」

と、ふわっとした雑な噂だったわけです。


 しかもショウケ越えと猫峠にトンネルはありませんから、その女幽霊だか鎧武者だかが、峠道のどこに出るのかもハッキリしないんですよ。

 だから峠三兄弟の中で、犬鳴峠が特に名をはせたのは『犬鳴隧道(旧犬鳴トンネル)』があり、目的地が明確だったからと言えましょう。


 肝試しをするにしても好きな女の子を深夜ドライブに誘うにしても、峠のどこに幽霊が出るのかが判然としないショウケや猫より

「犬鳴トンネル、行ってみようや」

と言うほうが分かり易い。

 肝試しには分かり易さがキモ、ですからね。


 その犬鳴隧道なんですが、開通したのは1949年(昭和24年)。1945年(昭和20年)の終戦から4年後です。

 ただし着工は1884年(明治17年)とムチャクチャ古く、中断を挿んで65年間もかかっています。難工事だったのが窺われますね。

 開通の翌年(昭和25年)には、福岡~直方のうがたを結ぶ国鉄バスの運行が始まったのだとか。

 ただしこのバス、昭和26年にガソリンエンジンになるまでの一年間、木炭エンジンで運行してたんだそうですよ!

 木炭バスというのも時代色が出てて趣深いのですが、石炭ドコロの筑豊でも、石炭燃料ではなく木炭というのが面白い。SDGsに配慮したんでしょうか。


 一方、新犬鳴トンネルが開通したのは1975年。旧隧道開通から26年後ということになります。

 2車線道路だし勾配も緩やか。難所感はありません。

 冬場には交通規制がかかることもありますが、それは降雪量が少なく、冬場でもノーマルタイヤの車ばかりの福岡の道路であるせいですね。東北・北陸・信州のドライバーなら、鼻で嗤ってしまう程度の『難所』でありましょう。

 都市伝説にしたところで、旧隧道にあやかった作り話感が丸出し。

「女には向かない職業」ではないけれど、「肝試しには向かないトンネル」でありましょう。



 さて、ローカルでは有名ドコロだった犬鳴隧道にしたところで「何の幽霊が出るのか」モンダイというのは、長らく謎のままであったわけですが、1988年に半グレ少年たちが中学時代の顔見知りを殺害したことで全国区的に有名になってしまいます。


 この凄惨なリンチ殺人事件に関しては、様々な書籍が既に世に出ていますから、ここで述べることは致しません。私のような興味本位の半端者が、笑い話にしてはいけない、と感じるからです。


 それでこの場では、1988年の殺人事件以前の犬鳴隧道がどういう場所だったのか、実際に「行ってみた」人から聞いたハナシを書いてみたいと思います。


 ま、飲みの席での与太噺ですから、ホントウのことは知りませんけど。



 その人によれば

「ラッタッタではキツクて登れない道路と聞いていたので、カブで行った」

という事でした。


 ラッタッタというのは、1976年からホンダが売っていたロードパルという原付の愛称です。

 いかにも自転車にエンジンを乗っけただけ、という愛らしい外見で、当時は女性向けのオシャレな原付として大ヒット商品だったようです。

 カブは1958年から販売が開始されたホンダ スーパーカブの事。

 今でも世界中で売れ続けている超ロングセラー原付ですね。


 で、犬鳴隧道に続く道路は「カブならローギアで登れるけれど、ロードパルだと厳しい」と、当時は噂されていたみたい。


 木炭バスが商業運行してたくらいだったら、エンジン付き自転車でも登れそうな気はするんですが、ま、そこはそれ。


 新トンネルへ向かう道から旧道に逸れ、愛馬(友人からの借り物)を駆って青空の下、緑の濃い山道を突き進んだのだそうですな。

 その当時は旧道もまだ通行止めにされてはおらず、林業関係者さんたちが通常利用していたのか、道は荒れてはいなかったそうです。

 普通、新トンネルを使う方が楽なので、他の人や車には行き会わなかったそうですけどね。


 で、ウワサの犬鳴隧道に到着。

 緑の中に黒々とした穴。

 さすがにヒンヤリとしたものを感じたのだとか。


 カブを停めて中を覗き込んでみると、隧道の壁面は手掘りのような凸凹で、その上にコンクリが塗ってあるという仕上げ。

 だからヘッドライトに照らされてコントラストが強まり、余計に壁面の『しわしわ・ひだひだ』が強調されて人間の腸内のように見えた。


 真昼間だったけれどさすがに心細くなり「引き返そうか……」と思ったそう。


 けれど「ここまで来たからには!」と『スーパージェッター』と『マッハGO! GO! GO! 』を大声で熱唱しながら突入。

(両方ともSF・冒険物の古いアニソンですな。良い歌です)


 アニソンから勇気をもらって、無事走り切った、とのことでした。



「それで、不思議な事とか怪しい事とか、無かったんですか?」

と訊ねてみると

「ぜんぜん」

との返答。


「もしかしたら(幽霊orあやかしの)声くらいはしてたのかも知れんけど、大声で歌ってたから、自分の声が(トンネル中に)ワンワン反響してて。他の音なんて聞こえるわけ無いよね」


 まあ確かに。


「帰りはどうしました? また大声で歌を歌って戻ったんですか?」

と訊くと

「いやぁ、何もなかったんだけど幽霊の話を思い出してヤッパリ怖かったからね。そのまま新道まで下って新トンネルで帰った」

との事でした。


 何も無かったという事は分かったので

「でも何で犬鳴隧道に行こうなんて思ったんです? 本当に幽霊なんてものが存在するとしたら、見てみたかったとか?」

と質問してみました。


 話を聞いてみた人物が、スリルを求めて心霊スポット巡りをするようなタイプの人ではない、と思っていたので。


 すると「信じていた人間に裏切られて、人間不信になっちゃっていたから」という意外な返事が返ってきました。


「どうなってもイイや、みたいなヤケクソですか?」と重ねて問うと

「違う違う。ヒトを信じることが、また出来るようになるため」

とのこと。


「実際には隧道を急いで走り抜けちゃったんだけど、予定ではトンネルの中で時間をかけ、自分と向き合ってみるつもりだったんだな。

 怖い場所で一人っきりの時間を過ごしたら、ヤンキーでもヤーさんでも、誰でもいいから通りすがりがいたらホッとするだろうと思ったんだよ。やっぱり生きている人間は良いなぁって。

 そしたら頑固な人間不信にもヒビが入るだろうと考えてね」



 理由と言いますか『動機』は分かりました。

 腑に落ちた、というよりは「I understand」に近いニュアンスですが。


 けれど――


「幽霊もヤンキーも出なくて良かったじゃないですか。アソコ、後に殺人事件起きますよね? それも昔の知人に、生きたままガソリン掛けて焼き殺すっていう。それも知人の車を奪ってナンパしたかっただけという、短絡的な理由で」


 こちらの指摘に、話を聞いた人は「そうだね」と返してきました。


 だけど、その『そうだね』もまた「I understand」なのでしょう。


「幽霊なんかより生きている人間の方が怖い。これは『ある意味』鋭い所を突いてはいるんだけど、私の場合は『生きている人間の怖さ』が、暴力的な意味ではなく未だに心の奥底にわだかまっていてね」

と相手は「そうだね」の後に続けました。


「生きている人間は必ず裏切って来る。そう思えてならないんだよ。だから――隧道の中で幽霊を見ることが出来ていたら、違った人生もあったかも知れない。そんな風にも思えてね」


 相手はそう言うと、ひっそりと嗤いました。


                         おしまい

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 語り部と話し手の温度の低い会話から、生きている人間の方が怖い……という言葉が重みを持ちますね。 幽霊に遭っていたら、自分の方がマシと思えたのか、共感だけしてあちらの世界へ連れて行ってしまわれ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ