福岡の怖い噂といえば⑤大蛇と切磋琢磨する
蛇と人間の交流といえば、記憶に残っている印象的な民話・伝説・ウワサを思い出してみると、異種婚姻譚が多いような気がする。
まあ異種婚姻譚以外にも俵藤太(=藤原秀郷)が三上山(近江富士)の大蛇から、「三上山を制圧した大ムカデを退治してほしい」と依頼される話なんかもあるわけですが。
ちょいと横道に逸れますが、ヘビとムカデは折り合いが悪いようで、戦場ヶ原(栃木県日光市)の戦いも、男体山がヘビ軍で赤城山のムカデ軍と大戦争をする。
うろ覚えの記憶だと、男体山のヘビも三上山のヘビ同様、俵藤太に助っ人を頼んでいたような気がするのだが、ごっちゃになっているのかな?
(念のためにウィキで確認してみたら、男体山のヘビに味方するのは小野猿丸だった)
さて異種婚姻譚の場合、ヘビ(♂)が美女を見初めるパターンとヘビ(♀)が美男を見初めるパターンの両方があります。
ヘビ(♂)が美女の元に通うタイプの場合は、奈良の三輪山、大神神社が代表格と言って良いでしょう。
大神神社と書いて『おおみわじんじゃ』と読みます。
ご神体は三輪山自体。デッカイご神体ですね。
主祭神は大物主大神。この大物主が蛇体だとされておるわけです。
ヤマトトトヒモモソヒメノミコトという予知能力を持ったハイスペック美女が奈良に住んでいたのですが、この美女、縁があって大物主と結婚します。
通い婚の時代で、夫となった大物主はスゴく良いダンナなんだけど、必ず日が暮れてからやってきて夜明け前には帰ってしまう。ヒメノミコトは愛する夫の顔を見ることが出来ないんですよ。
それでヒメノミコトは或る日、通ってきた大物主の着衣に、糸を通した針を刺すことを思いつきます。
夜が明けて大物主が帰ったあとに、糸を辿って昼間の居場所を突き止めてみよう、と考えたんですな。
首尾よく大物主を昼間に見つけたヒメノミコトですが、実は大蛇でビックリ!
――というのが、日本書紀に載っている大物主関連の伝説です。
次にヘビ(♀)が美男に恋する話ですが、これは安珍・清姫の道成寺伝説が有名でしょうか。
この物語は原型が平安時代の「今昔物語集」に入っていて、そっちは読んだのですけれど、「法華験記」の方が今昔より古いらしい。
旅の僧に恋した娘が、ヘビに姿を変えて後を追います。
僧と娘に、それぞれ安珍と清姫の名が付与されるのはかなり後になってから。江戸時代のことです。
するとまあ、安珍・清姫はヘビ(♀)が美男に恋をする話ではなく、恋した少女がヘビになってしまうというわけで、ヘビと人間のラブラブ噺とは違っておる! と言われてしまいそうですが、実は今昔の元ネタが古代中国の「白蛇伝」であるとすれば、一応は美男がヘビ(♀)から恋される話であるといえましょう。
白蛇伝では、ヘビ(♀)は男を食い殺す妖怪であったものの、獲物(美男)に恋してしまった挙句、身を滅ぼしてしまいます。雨月物語の「蛇姓の婬」は、安珍清姫のバリエーションではなく、白蛇伝の系統ですね。
◇
さて、奈良の伝説と和歌山の伝説(もしくは古代中国の民話)、どちらも福岡の怖い噂とは関係ないじゃん! と思われるかも知れませんけど、福岡(正確には糸島)に伝わっているウワサというのが「異種婚姻譚とは縁がない」いわば第三のパターンであるので取り上げてみたく思います。
えーと、具体的に言うと「ヘビと励まし合って己を高める」という、掟破りの変てこパターンなんですよ。
なんじゃそれ? というウワサの場所は糸島半島の糸島市二丈佐波。
そこに龍棲岩という、大蛇の住処だった岩が残っているのです。
前にも引用した改訂版 糸島伝説集から「養円寺の龍棲岩 救った蛇と修行比べ」(p219~223)というエピソードをザックリ掻い摘んで御紹介してみます。
◇
上方の武家の次男坊であった男が、親友を切り故郷から逃亡。
糸島の海辺で自決しようとしていたところを養円寺の庵主に救われ、出家します。
出家し教清と名を改めた次男坊だったが、親友を殺した罪の意識から逃れられず悶々としておりました。
ある日、教清は岩に挟まれて動けなくなっている大蛇を発見。岩をどかして大蛇を助けました。
するとその夜、大蛇が夢枕に立ち、礼を述べると同時に
「自分は龍に出世しようと修行中の身である。共に高みを目指そう」
と経典をプレゼントしてくれます。
その後二人は励まし合い、なんだかんだで大蛇は竜巻に乗って龍へと昇天し、教清も修行を重ねて立派な僧侶となって多くの人々を救いました。
めでたし。
◇
――という話なんですな。
いや、怖いトコロは微塵もない伝説で、異種婚姻譚にありがちな艶っぽい展開も皆無な話なのですが、妙に良いエピソード。(まあ短くガッツリ掻い摘みまくったんで、伝わりにくいとは思いますが)
それと、ウワサというのは言い換えれば「gossip」でありますな。
ゴシップ雑誌のゴシップ。
割れた大岩を見て
「あれは昔、大蛇の住処だった岩で、岩に棲んでいたヘビは修行の末に龍になったんだよ」
と噂するのは「へー」と楽しいゴシップですが
「あそこの住職、今では立派になったけど、元は人を殺して逃げてきた男らしいぞ」
とヒソヒソ話をするのは、少し怖い気がします。
いや、勝手な想像ですが。
◇
なお糸島市二丈には、浮嶽白竜神社が祀ってある洞窟があり、その洞窟に棲んでいた龍は千加という娘さんを妊娠させたとされています。
こちらの方は、ある意味典型的な龍(もしくは蛇♂)と娘の異種婚姻譚で、千加は若者の着物に糸付き針を刺し、若者の住処を見つけ出します。
ただし身バレした若者は堂々と「浮嶽の竜神である」と正体を明かし「生まれた子供は天下に名を轟かせる武将に育つ」と予言。
糸島伝説集によれば、生まれた子供は神功皇后の部下となり、羽白熊鷲討伐で活躍した、という事です。
こっちの伝説も、めでたし系ですね。
おしまい