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「お母様は悪役令嬢」  作者: 輝く泥だんご
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第89話 『突っ込み全ツッパ』

「…すごい奔流...! これが、宇宙の『本当の姿』…!」


ローラは、周囲を渦巻く圧倒的なエネルギーの奔流に、息を呑んだ。探検服に施された醉妖花の祝福がなければ、彼女の存在そのものが、この奔流に一瞬で飲み込まれ、分解されていただろう。


「ええ…そして、あの『友の会』の連中は、これを制御し、自分たちの…いえ、私たちの世界に引き込もうとしているのね。狂気の沙汰だけど、その熱意だけは認めざるを得ないわ」

醉妖花は、ローラの前に立ち、自らの永久尽界を盾のように展開し、荒れ狂うエネルギーからローラを守りながら、冷静に周囲を分析する。彼女の青い瞳は、混沌の中心にある一点――エネルギーの発生源であり、同時に暴走の核となっているであろう特異点――を捉えていた。


「醉、どうすれば…!」


「この奔流そのものに『心』を与える。私の『心』の法則を、この混沌に刻み込むの。そして、ローラ」

醉妖花は、ローラを振り返り、その瑠璃色の瞳を真っ直ぐに見つめた。

「あなたの『観測』で、この奔流が鎮まり、安定したエネルギーの流れへと変わる未来を、『確定』させてほしい。私たち二人なら、きっとできる」


「…ええ、やりましょう!」

ローラは、恐怖を振り払い、力強く頷いた。彼女の瞳が、決意の光を湛えて輝き始める。

醉妖花は、目を閉じ、深く息を吸い込んだ。彼女の全身から、淡く、しかし力強い青白いオーラが立ち昇り始める。

【超越汎心論解放】

 彼女の本質が、エルドラド・ストリームの混沌としたエネルギーそのものへと語りかける。

『目覚めなさい。汝らは、ただ無秩序に荒れ狂うだけの存在ではない。汝らの内にも、美しい調和への渇望があるはずだ。私の声を聞き、私の『心』の法則を受け入れなさい。さすれば、汝らは破壊の力ではなく、創造の恵みへと変わるだろう』


 醉妖花の言葉ではない、しかし彼女の意志を乗せた響きが、ストリームの奔流を構成する永久尽界粒子の一つ一つにまで浸透していく。荒れ狂っていたエネルギーの流れが、わずかに、しかし確実にその勢いを弱め始めた。混沌の中に、微かな秩序の萌芽が見え隠れする。

「ローラ! 今よ!」


【観測】する。


 ローラの瑠璃色の瞳が、ストリームの中心核を射抜く。彼女の意識は、現在の混沌ではなく、その先にあるべき「調和した未来」だけを捉える。エルドラド・ストリームが、破壊的な奔流から、ルビークロスと、そしてその先の宇宙へと安定したエネルギーを供給する、恵みの河へと変貌する未来。ドミニエフの艦隊が、その流れを安全に利用し、塔道築教の民が、新たな知識と力によって目覚める未来。そして、何よりも、醉妖花と共に、この困難を乗り越える未来。


 その「確定された事実」が、ローラの全存在をかけて、この混沌の渦へと投射される。

 

 その瞬間、旗艦『ゴールデン・ラズベリー・タワーMAX』のブリッジで、ドミニエフが絶叫した。

「おおおおおっ!? ストリームのエネルギーパターンが…変化している!? まるで…まるで我らが『ハイパーレバレッジ』に応えるかのように、より『効率的』で『制御可能』な流れへと…!? これは…天啓か!? いや、これは…醉妖花様とその伴侶様の御業! 我らが魂たる『突っ込み全ツッパ』が、ついに天に通じたのだ!彡 ⌒ ミ✨✨✨」


 リチェードもロドニーも、そして全ての「友の会」会員たちが、コンソールに表示される奇跡的なまでのエネルギーパターンの変化に、言葉を失い、ただ打ち震えていた。彼らの無謀な挑戦が、思いもよらぬ形で、醉妖花たちの行動と共鳴し、そして「成功」へと導かれようとしていたのだ。

 

 エルドラド・ストリームの中心核。醉妖花の青白いオーラと、ローラの瑠璃色の光が完全に融合し、巨大な光の繭となって二人を包み込む。そして、その光の繭から、エルドラド・ストリーム全体へと、まるで蜘蛛の巣のように、無数の光の糸が伸びていき、荒れ狂うエネルギーを優しく、しかし確実に編み上げ、調律していく。

 

 混沌は収束し、調和が生まれ始める。それは、まさに宇宙規模の奇跡の顕現だった。

赤い砂漠では、ヴィクター・フェイザーが、その光景を一部始終観測していた。彼の思考ユニットは、もはや分析を超え、畏敬に近い感情を記録していたのかもしれない。

「…これが、『探し人』と『太母』の共鳴…? Arcane Genesis教の基幹データベースにも存在しない、未知の『現象』…。記録だけでは、この『美しさ』は伝えきれない…」


 彼のヘルメットの下の表情は、誰にもうかがい知ることはできない。しかし、『False Harbinger』の機体は、わずかに、まるで感動を覚えたかのように、微振動していた。

エルドラド・ストリームの鎮静化は、まだ始まったばかり。しかし、その中心で輝く二つの光は、混沌の中に、確かな希望の道筋を照らし出していた。


”何を呆けているの、A7”


ヴィクターの永久尽界ネットワークに、猫がじゃれるような、しかし底知れない響きを持つ意思が流れ込む。


”失礼した。ゼノビア・ゼノビア殿”


”それにしても『また』というべきか『今度も』というべきか、これだけのことをしでかしておいてのんきに花見とは、私の方が呆れてしまいそうだわ”


 ヴィクターのヘルメット内で、彼の虹彩を模したレンズがわずかに絞られる。リゼビア・リゼビア。Arcane Genesis教のoverrankerの一人。その言動は常に計算され尽くしたヴィクターのそれとは対照的に、享楽的で、予測不能な女性。


「これは『花見』ではない。未知の『花』の開花、及び、異なる種の『花』による共鳴現象の観測だ。評議会への報告義務を遂行しているに過ぎない」


ヴィクターは、変わらぬ合成音声で事実だけを返した。


”ふふっ、評議会、ね。あの石頭たちは、貴方が提出するであろう『観測史上、最も詩的なバグ報告書』を前に、眉間に皺を寄せるだけでしょうね。でも、私は違うわ。貴方の『逸脱』が、この宇宙にどれほど刺激的な『不協和音』を奏でるのか、それを楽しみにしているのよ”


ゼノビアの言葉は、ヴィクターの行動を咎めるようでいて、その実、彼の規格外の行動を煽っているかのようだった。


「私の行動は『逸脱』ではない。より大きな『調和』のための、必然的な『調律』だ」


”その『大きな調和』とやらが、いつも宇宙規模の大混乱を引き起こすのだから、始末に負えないわ。まあ良いわ。存分になさい。ただし、評議会への『建前上』の報告は怠らないこと。私も、貴方の『花見』の邪魔をするほど野暮じゃないわ”


 そう言い残し、ゼノビア・ゼノビアの気配は、ヴィクターの永久尽界ネットワークから静かに消え去った。


 ヴィクターは、再びエルドラド・ストリームの中心核へと意識を戻す。ゼノビアとの通信は、彼の思考に何ら影響を与えない。彼の興味はただ一点 、今、目の前で起ころうとしている、未知の奇跡に注がれていた。


エルドラド・ストリームの中心核。


 醉妖花の『超越汎心論』が混沌の奔流に秩序を与え、ローラの『観測』がその秩序あるべき未来を確定させる。二つの絶対的な力が共鳴し、奇跡の調律が最終段階へと移行していた。

「…見える…」

 

 ローラの瞳から、瑠璃色の光の涙が零れ落ちる。彼女の意識は、もはやこの時空を超え、エルドラド・ストリームが安定した未来、そして、その先に広がる無数の可能性を『観測』していた。

「醉…あなたの『心』が、この宇宙の…新しい道になる…!」


「ええ…そして、その道を照らすのは、あなたの『光』だ、ローラ」


醉妖花は、ローラの言葉に応えるように、その身に宿る力の全てを解き放つ。


光の繭が、内側から弾けるように、無限の光を放った。


荒れ狂っていた虹色の奔流は、その勢いを完全に失い、まるで天の川のように、穏やかで、壮麗な光の河へと変貌を遂げていた。永久尽界粒子は安定し、異次元の法則は調和の取れた形で再構成され、ルビークロス星系に、清浄で豊かなエネルギーを供給し始める。

混沌は、完全に鎮められたのだ。


 力を使い果たしたローラは、ふらりとその場に崩れ落ちそうになる。その身体を、醉妖花が優しく、しかし力強く抱きとめた。

「ありがとう、ローラ。君がいなければ、成し得なかった」

醉妖花の囁きは、感謝と、そして深い愛情に満ちていた。


「ううん…」

ローラは、醉妖花の腕の中で、安堵の笑みを浮かべた。


「私こそ…あなたと一緒だったから、ここまで来られた」

二人の間には、もはや言葉は必要なかった。共に最大の困難を乗り越えた事実は、彼女たちの魂を、以前とは比較にならないほど強く、そして深く結びつけていた。


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