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「お母様は悪役令嬢」  作者: 輝く泥だんご
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第86話 『エルドラド・ストリーム』

 ルビークロスの赤い大地が、微かに、しかし確実に震えた。聖域の赤い結晶が共振し、不協和な音を立て始める。


「何事じゃ!?」

 エレーラが驚きの声を上げる。バステは既に警戒態勢に入り、セレフィナたちも緊張した面持ちで周囲を見回す。

 

 月跡の銀色の瞳が、鋭く聖域の外、遥か上空の宇宙空間へと向けられた。

「…これは、ヴィクター・フェイザーの仕業ね。彼が、この惑星の時空に大規模な『調律』を試みているようだわ」


「調律? あの鉄クズ野郎、一体何を企んでやがるんだ!」

ほたるが忌々しげに吐き捨てる。


「彼の言う『諦観』とは、無為に過ごすことではないのでしょう」

醉妖花は冷静に分析する。

「亡霊花ヶの力の残滓、あるいはそれによって生じた時空の歪みを、彼なりに修正しようとしているのかもしれない。Arcane Genesis教の『調和』の理念に基づいた行動…しかし、その方法は私たちには予測できないわ」


 その言葉を裏付けるかのように、ルビークロスの空の一点が、まるでガラス細工のように細かく砕け散り、そこから虹色のエネルギーの奔流が、宇宙空間へと向かって間欠泉のように噴き出し始めた。それは、ヴィクターの『調律』が、この惑星の不安定なエネルギーバランスに干渉し、予期せぬ「裂け目」を生み出してしまったかのようだった。


「…まずいな。あのエネルギーの奔流、ただ事じゃないぜ」

ほたるが、本能的な危険を感じ取り、身構える。


 その「裂け目」から噴出するエネルギーの奔流は、通常のセンサーでは捉えきれないほどの複雑な情報と、未知の物質の粒子を含んでいた。それは、まさに宇宙の法則が一時的に書き換えられたかのような、特異な現象だった。

そして、その異常なエネルギー変動を、ルビークロス近傍の宙域に展開していたあの艦隊が、見逃すはずもなかった。

「ニキ! 解析結果が出ました! あの『エルドラド・ストリーム』と呼称されるエネルギー奔流は、Arcane Genesis教の機体…『False Harbinger』による意図的な『時空調律』作業の副産物である可能性が極めて高いですぞ!彡 ⌒ ミ」

リチェードが、興奮と冷静さが入り混じった表情で報告する。その手元のコンソールには、ヴィクターの機体から放出された特有のエネルギーパターンと、ストリームの発生源との強い相関関係を示すグラフが表示されている。


「ふむ…やはり、あの『鉄の巨人』が一枚噛んでいましたか彡 ⌒ ミ」

ロドニーが、腕を組みながらスクリーンに映るヴィクターの機影を睨む。

「Arcane Genesis教…彼らがこのルビークロスで何をしようとしているのか。その目的次第では、我々にとって無視できない『変動要因』となり得ますな彡 ⌒ ミ」


「その通り! さすがは我が友ロドニー!彡 ⌒ ミ✨」

 ドミニエフは、魔法金の杖でホロスクリーンをゆっくりと撫でるように指し示した。その杖の先端が、エルドラド・ストリームの奔流と、砂漠に降り立ったヴィクターの機影を交互に示している。


「Arcane Genesis教という『巨大機関投資家』が、このルビークロスという『新興市場』に本格的な『介入』を開始した。これは、我々にとって千載一遇の『ビジネスチャンス』であると同時に、下手をすれば全てを失いかねない『超ハイリスク案件』でもある!彡 ⌒ ミ✨」


彼の言葉に、ブリッジの空気がピリリと引き締まる。


「全艦に通達!彡 ⌒ ミ✨」


ドミニエフの声が、ブリッジに厳かに響き渡る。

「我ら『ハイパーレバレッジ全ツッパ友の会』は、これより、Arcane Genesis教の行動を徹底的に『市場分析』する! 彼らがこの『エルドラド・ストリーム』を生み出した真の目的、彼らがルビークロスで何を成そうとしているのか、そして、その行動が我々の『ポートフォリオ』にどのような影響を与えるのか! 全ての情報を収集し、分析し、そして『予測』するのだ!彡 ⌒ ミ✨」


「ニキ! では、エルドラド・ストリームへの直接介入は…?」

リチェードが、僅かな期待を込めて尋ねる。ストリームから放出される未知のエネルギーは、依然として魅力的だった。


「焦りは禁物だ、我が友リチェード!彡 ⌒ ミ✨」

ドミニエフは、リチェードを諭すように言った。

「虎穴に入らずんば虎児を得ず、とは言うが、無策で飛び込むのはただの『養分イナゴ』だ。まずは『情報』という名の『武器』を揃え、戦場の『地形』を完全に把握する。Arcane Genesis教という『ハイパークジラ』の足元で、我ら『子供』がいかにして立ち回り、最大の『利益』をかすめ取るか…それこそが、この『ゲーム』の醍醐味ではないか!彡 ⌒ ミ✨」

彼の瞳には、狡猾な狐のような、それでいて熟練の狩人のような鋭い光が宿っていた。


「第一に、我が艦隊は、ヴィクター・フェイザー及びArcane Genesis教との直接的な武力衝突を絶対に回避する! 我々は『隠密なる投資家』に徹し、彼らの『市場操作』の全貌が明らかになるまで、その『順張り』に専念するのだ!彡 ⌒ ミ✨」


「第二に、エルドラド・ストリームから放出されるエネルギー及び未知粒子のサンプル収集は、最小限のリスクで行える範囲に限定する! 得られたサンプルは、将来の『交渉材料』あるいは『技術的ブレイクスルー』の種となる。しかし、深追いは禁物! 足元を掬われては元も子もない!彡 ⌒ ミ✨」

「そして第三に…彡 ⌒ ミ✨」

ドミニエフは、ホロスクリーンに映る、聖域があるであろう方向を、魔法金の杖で指し示した。

「あの『天花』たち…醉妖花様一行の動向も、並行して『情報収集』の対象とする。彼女たちが、このArcane Genesis教の『市場介入』にどう反応し、どう動くのか。あるいは、彼女たち自身が、Arcane Genesis教にとっての『取引対象』なのか、それとも『排除対象』なのか…それを見極めることは、我々の今後の『戦略』を決定する上で、極めて重要となるだろう!彡 ⌒ ミ✨」


「つまり、ニキは…彡 ⌒ ミ」

ロドニーが、ドミニエフの意図を察し、息を呑む。


「そうだ!彡 ⌒ ミ✨」

 ドミニエフは、満面の笑みを浮かべた。それは、複雑怪奇なパズルを解き明かす楽しみを見出した子供のような、純粋な興奮に満ちた笑顔だった。


「我々は、このルビークロスという『劇場』で繰り広げられる、Arcane Genesis教と天花たち、そして亡霊花ヶという三つ巴、いや、それ以上の勢力が入り乱れるであろう『壮大なドラマ』の、最高の『観客』であり、同時に、最も抜け目のない『スポンサー』となるのだ! そして、物語がクライマックスを迎えた時、我らが全ての『利益』を総取りする! それこそが、我ら友の会の会則、『我ら、市場の混乱をこそ好機とする』を体現する、至高の『投資戦略』よ!彡 ⌒ ミ✨」


 ドミニエフの言葉に、ブリッジの会員たちは、一瞬の静寂の後、熱狂的な歓声で応えた。彼らの会長の深謀遠慮と、その壮大なビジョンに、魂が震えたのだ。

「全艦、現宙域にてステルスモードを維持! Arcane Genesis教の動向、及びエルドラド・ストリームの変動を継続監視! 同時に、ルビークロス地表、特に聖域周辺の通信傍受及びエネルギー反応の分析を開始せよ! 我らが『ゲーム』の盤面は、今、まさに動き出したのだぞ!彡 ⌒ ミ✨」


 ドミニエフの号令一下、『ゴールデン・ラズベリー・タワーMAX』をはじめとする友の会の艦隊は、その姿を光学的に、そして魔力的にも巧妙に隠蔽し、ルビークロスの混沌とした状況を静かに、しかし貪欲に「分析」し始めた。彼らの頭皮は、これから始まるであろう情報戦と心理戦への期待感で、まるで超新星のように輝きを増していた。

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