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「お母様は悪役令嬢」  作者: 輝く泥だんご
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第83話 『亡霊花ヶ』

『星幽次元懲罰砲』の発射シークエンスが、最終段階へと移行する。漆黒の機体から放たれるプレッシャーは、もはやルビークロス星系全体を覆い尽くし、帝都艦隊やドミニエフの艦隊の機能すら一時的に麻痺させるほどだった。


 『星幽次元懲罰砲』から放たれた、次元そのものを切り裂くかのような閃光が、亡霊鏡教の超巨大聖都星へと到達しようとした、まさにその刹那。

 

 突如、聖都星の中心から、おぞましい程の死の気配と、凝縮された虚無のエネルギーが、黒い太陽のように噴出した。それは、まるで聖都星そのものが断末魔の叫びを上げているかのようであり、同時に、その深淵に潜む何かが覚醒したかのようでもあった。

 

 黒いエネルギーは急速に形を成し、巨大な、何重にも花弁が重なり合った禍々しい黒薔薇の幻影として、ヴィクターの攻撃の直前に立ち塞がった。花弁の一枚一枚には、無数の苦悶に歪む顔が浮かび上がり、その中心からは、魂を凍てつかせるような冷たい声が響き渡る。


『――我ガ庭ヲ、何者モ穢ス事ヲ許サヌ――』

 

それは紛れもなく、亡霊花ヶ自身の力の一部、あるいはその強力な分霊の顕現であった。その存在感は、ルビークロスにいる醉妖花、そして帝都からルビークロスへと向かっていた月跡にも、肌を刺すような強烈な波動として感知された。


 帝都のネリウム支店で戦況を見守っていたミントが、ホログラムスクリーンに映し出されたその光景に、息を呑む。


「…亡霊花ヶ…! やっぱり、ただでは済まないと思ってたんだなお…!」


 『星幽次元懲罰砲』の閃光と、亡霊花ヶの顕現した黒薔薇の幻影が激突する。宇宙空間が、二つの絶対的な力の衝突によって激しく歪み、ルビークロス星系にまで、その衝撃波が到達する。

 黒薔薇の幻影は、ヴィクターの禁断の魔導砲の直撃を受け、その花弁を大きく散らしながらも、完全には消滅しない。超巨大聖都星は、その身を盾にした亡霊花ヶの力によって、完全破壊こそ免れたものの、その表面は大きく抉られ、無数の亀裂が走り、内部からは黒い炎と絶望のオーラが絶え間なく噴き出している。まさに半壊状態であり、その機能の大半を喪失したことは明らかだった。



 「…亡霊花ヶ。自らの聖都を守るために、その力の一端を顕現させたか。だが、それも計算のうちだ」

 ヴィクターは、目の前の光景を冷静に分析する。彼の目的は、亡霊鏡教の戦力減退であり、その点においては十分に達成されたと言える。そして何よりも、亡霊花ヶという、Arcane Genesis教にとって最重要観測対象の一つである「花」の、新たな側面を観測できたことは大きな収穫だった。

 

 ノキ・シッソは、亡霊花ヶの顕現に眉をひそめつつも、内心では一定の安堵を覚えていた。「さいなまれる大樹」の忌み枝が直接刺激されるという最悪の事態は、ひとまず回避されたように見えたからだ。

「しかし、亡霊花ヶめ…この機に乗じて、さらに厄介な『種』を宇宙にばら撒いたかもしれんな…そしてあの搭乗者、その力、やはりただ者ではない…」


 『False Harbinger』の圧倒的な性能による、常軌を逸した「調律」。それは、亡霊花ヶという更なる脅威の顕現と、ノキ・シッソの新たな疑念を生み出し、ルビークロスの戦場を、予測不可能な、そしてより危険な局面へと導いていく。ドミニエフは、半壊した聖都星の「再建事業」という新たなビジネスチャンスに、既に思考を巡らせているかもしれない。ミントは、ただただ、この悪夢のような状況の早期終結と、ルビークロスにいる仲間たちの無事を祈るしかなかった。


 ヴィクター・フェイザーは、静かに、半壊した聖都星と、そこに未だ残る亡霊花ヶの気配を分析している。彼の「調律」は、まだ終わらない。この宇宙には、彼の理解を超える「花」と、そして「災厄」が、あまりにも多く咲き乱れているのだから。

 

 その頃、月跡はルビークロス星系に到達した。彼女の銀色のオーラは、まるで極夜のオーロラのように宇宙空間に広がり、亡霊鏡教の残存ステルス艦のセンサー類を焼き切り、その存在を完全に隠蔽していた。彼女の目的はただ一つ、通信が途絶えたほたるの救出と安否確認、そして醉妖花とローラへの脅威の排除である。


 永久尽界を極限まで拡張し、ほたるの残留思念と魔力の痕跡を追う。ヴィクター・フェイザーと亡霊花ヶの激突によって生じた時空の歪みとエネルギーの残滓が、探索を困難にしていたが、月跡の集中力は途切れない。


 月跡の脳裏に、ほたるの勝気な笑顔と、仲間を思う強い心が浮かぶ。


 やがて、月跡の永久尽界が、破壊された亡霊鏡教のステルス艦の残骸が漂う宙域で、微弱ながらも確かにほたるのものである魔力の反応を捉えた。しかし、同時に、そこには複数の亡霊鏡教徒の気配と、そして…先ほどまでとは質の異なる、より凝縮された悪意に満ちたエネルギー反応も感知された。

「…見つけたわ。でも、状況は良くなさそうね」

月跡は、一瞬のためらいもなく、その宙域へと全速力で向かった。銀色の流星が、星々の間を切り裂いていく。

一方、その宙域では、ほたるが絶体絶命の窮地に立たされていた。

彼女は、通信が途絶える直前、味方の撤退を助けるために追撃してきた亡霊鏡教の精鋭部隊と死闘を繰り広げ、その大半を殲滅することには成功した。しかし、その代償として自身も深く傷つき、永久尽界も消耗しきっていた。


「はぁ…はぁ…しつこい蝿どもが…!」

 ほたるは、Ⅲ両刃双の大鎌を杖代わりに、破壊された艦の残骸に身を隠しながら、荒い息をついていた。彼女の冒険服はズタズタに裂け、全身から血が流れている。

 

 彼女を包囲しているのは、亡霊鏡教の中でも特に強力な「魂縛の呪人」と呼ばれる者たちだった。彼らは、ヴィクターの攻撃を辛うじて逃れた残党であり、その執念は凄まじい。さらに、彼らの背後には、半壊した聖都星から漏れ出した亡霊花ヶの濃密な瘴気が、まるで生き物のように蠢き、呪人たちの力を増幅させていた。


 ほたるは唇を噛む。逃げようにも、呪人たちの包囲網は狭まってきていた。大鎌を握る手に力が入らない。

「見つけたぞ、異教の小娘!」

魂縛の呪人の一人が、歪んだ笑みを浮かべながら、ほたるへと近づいてくる。その手には、魂を直接引きずり出すという禍々しい鉤爪が握られていた。

「貴様の魂も、亡霊花ヶ様の栄光のために捧げられるのだ!」

ほたるは、最後の力を振り絞り、大鎌を構え直した。たとえ相打ちになったとしても、一矢報いる。その覚悟が、彼女の瞳に再び闘志の炎を灯した。


「かかってこいよ、クソ亡者ども! このほたる様が、お前らまとめて地獄に送ってやるぜ!」

ほたるが叫び、魂縛の呪人たちが一斉に襲いかかろうとした、その瞬間。


突如、戦場全体が、絶対零度の静寂に包まれた。


呪人たちの動きが、まるで凍りついたかのように停止する。彼らの顔には、驚愕と恐怖の表情が浮かんだまま、固まっていた。


そして、ほたるの目の前に、銀色の光と共に、月跡が舞い降りた。

その姿は、まるで月から遣わされた処刑人のように冷徹で、そして神々しいまでに美しかった。


「…月跡?」

ほたるは、信じられないというように、月跡を見上げた。


「遅くなってごめんなさい、ほたる。もう大丈夫よ」

月跡は、ほたるに優しく微笑みかけると、ゆっくりと呪人たちへと向き直った。

「私の大切な友人に…そして、醉妖花様の眷属に手を出したこと、後悔させてあげるわ」

月跡の言葉と同時に、彼女の周囲から銀色のオーラが奔流のように溢れ出し、魂縛の呪人たちを包み込む。それは、彼女の本質「焼き尽くす」力の顕現。しかし、それは単なる炎ではない。存在そのものを、概念レベルで消滅させる、絶対的な破壊の力。


魂縛の呪人たちは、悲鳴を上げる間もなく、その姿を銀色の光の中に溶かし、塵芥すら残さずに消滅していった。後に残ったのは、ほたるの荒い息遣いと、宇宙空間に漂う、月跡の放つ清浄なオーラだけだった。

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