第81話 新たなる『美徳』の形
ミントは踵を返し、執務室へと駆け戻る。彼女の背後では、帝都の夜空が、転移陣の不気味な光と、集結し始めた艦隊の灯火によって、かつてないほど騒がしく照らし出されようとしていた。
一方、帝都直通高速転移陣の制御室では、「ハイパーレバレッジ全ツッパ友の会」会長ドミニエフが、ミントからの緊急出撃要請を受け、禿げ上がった頭に汗を滲ませながらも、その顔には熟練の勝負師のような冷静沈着さと、抑えきれない高揚感が同居していた。彼の背後では、「ハイパーレバレッジ全ツッパ友の会」の会員たちが、緊張感を保ちつつも、的確にコンソールを操作し、転移陣の出力を限界以上に引き上げようと集中している。
「首席補佐官殿! 転移陣の魔力循環率、一億万円%突破!しかし、敵のジャマ―により 空間座標の固定に、僅かながら揺らぎが発生しております!彡 ⌒ ミ」
リチェードが、状況を正確に報告する。その声には、興奮よりもプロフェッショナルとしての使命感が勝っていた。
「流石Arcane Genesis教の戦闘艦それに膨大な亡霊鏡教の呪力、素晴らしい! これでこそ『ハイパーレバレッジ』にふさわしいリスク! しかし、諸君、忘れるでないぞ! リスクへとただ闇雲に突っ込むものではない。計算し尽くし、制御し、そして乗りこなしてこそ、真の『リターン』へと繋がるのだ!彡 ⌒ ミ✨」
ドミニエフは、会員たちに力強く、しかし落ち着いた口調で檄を飛ばす。彼の言葉は、単なる精神論ではなく、長年の相場師としての経験に裏打ちされた、確かな指針だった。
一方、ノキ・シッソは、いつものように飄々とした態度で、制御コンソールの一角に腰掛け、何やら複雑な数式が羅列されたホログラム画面を眺めていた。
「ふむふむ、この時空振動のパターン…実に興味深い。ドミニエフニキの『ハイパーレバレッジ』がこんなに味滲み深い現象が生まれるとは。これはもう、芸術の域ですな」
「首席補佐官殿! 感嘆も結構ですが、この揺らぎは放置できません! 転送艦隊の安全確保のため、早急な対策が必要ですぞ!彡 ⌒ ミ」
ロドニーが、冷静ながらも強い口調で進言する。
「おやおや、それは困りましたな」
ノキは、全く困っているようには見えない表情で、コンソールに数本の指を滑らせた。
「では、少しだけ『道案内』をして差し上げましょう。目的地はルビークロス、ただ一つの『正解』へと、導いて差し上げませんとね」
ノキの指先から放たれた黒い霧のようなエネルギーが、転移陣の制御システムへと流れ込み、暴走寸前だった魔力の奔流が、計算された精度で、しかしどこか予測不能な要素を秘めた形で収束を始めた。
「おおっ! 転移陣の魔力循環率、5000兆円欲しい%突破!座標、再固定完了! 目標座標周辺に、複数の『未確認高エネルギー反応』及び『時空断裂の兆候』を感知! これは…我らにとって、絶好の『投資機会』となり得るかもしれませぬぞ!彡 ⌒ ミ」
リチェードが、新たな表示に目を見開き、即座にその戦略的価値を分析する。
「ふふふ、どうやら、ルビークロスは大変な『お祭り』になっているようですな。そして、この『祭り』こそ、我らが『友の会』が、GoldenRaspberry教の真の力を、宇宙に示す時!彡 ⌒ ミ✨」
ドミニエフの目が、金色の鋭い光を放った。彼は、この混乱の中に、短期的な利益だけでなく、長期的な戦略的優位性を築くための布石を見出していたのだ。
「全艦隊に通達! 転移完了後、各自、状況を冷静に分析し、『市場介入』の最適タイミングを見極めよ! 目先の『戦利品』に惑わされることなく、Arcane Genesis教への『貸し』を作り、亡霊鏡教の『信用失墜』を誘い、そして、ルビークロスの『復興支援』という名の、未来への『先行投資』を行うのだ! GoldenRaspberry教の教え、『汝、市場を制覇せよ、されど、その先に更なる市場を創造せよ』を、今こそ実践するのですぞ!」
「ニキ! それでは、ほたる様の救援という当初の目的は!?」
ロドニーが、戦略の優先順位を確認する。
「無論、それも最重要ミッションの一つ! ミント様達からの信頼は、金銭では計れぬ『信用資産』! これを確実なものとしつつ、我らは我らの『ゲーム』を展開する! 救援、利益追求、そして外交的布石! 全てを同時に、そして完璧に成し遂げてこそ、真の『ハイパーレバレッジ・ストラテジスト』と言えるのですぞ!彡 ⌒ ミ✨」
ドミニエフは、魔法金の杖を掲げ、その顔には冷静な計算と熱い情熱が同居していた。彼は、ただの博打打ちではない。全てを賭けて勝利を掴み取り、そしてその勝利を更なる勝利へと繋げる、貪欲なる戦略家なのだ。
転移陣の光が最高潮に達し、帝都の艦隊とネリウムの子たちが、次々とルビークロスへと送り込まれていく。その中には、ドミニエフ率いる「ハイパーレバレッジ全ツッパ友の会」の私設艦隊も含まれていた。
彼らの魔導戦艦は、GoldenRaspberry教の潤沢な資金力と塔道築の生産力に物を言わせた歩留まり度外視での生産、そしてドミニエフ自身の先見性によって選び抜かれた最新鋭のものであり、その船体には、巨大な黄金の果実の紋章が、揺るぎない自信の証のように輝いていた。
「よし! 全艦、フォーメーションを維持しつつ突入! 目指すは、戦場という名の『ブルーオーシャン』! 亡霊鏡教の『不良債権』は徹底的に叩き潰し、Arcane Genesis教には『救いの手』という名の恩を売りつけ、そして、ルビークロスの『復興特需』という名の黄金の鉱脈を掘り当てるのだ! 我らの行動一つ一つが、未来という『複利』を生むことを忘れるな!彡 ⌒ ミ✨」
ドミニエフは、自ら旗艦のブリッジに立ち、魔法金の杖を指揮棒のように的確に振りながら、冷静かつ情熱的に指示を飛ばす。その瞳は、複雑怪奇な戦場の流れを正確に読み解き、その中に潜む無数のビジネスチャンスを見抜いていた。
彼の指示通り、「友の会」の艦隊は、ミントの主力艦隊の側面支援と戦域確保を完璧にこなしつつ、戦場全体の情報をリアルタイムで収集・分析し、最も効率的な「介入ポイント」を模索し始めた。
「ニキ! 亡霊鏡教の鹵獲したArcane Genesis教の艦影を確認! 孤立している模様、絶好のチャンスですぞ!彡 ⌒ ミ」
「よし! 我が隊の一部を派遣し、Arcane Genesis教の艦艇を『奪還』せよ! 我らの目的は、あくまで『友好的な介入』をアピールすることにある! 彼らに『借りができた』と認識させることが肝要なのだぞ!彡 ⌒ ミ✨」
大混戦のルビークロス上空で、ドミニエフニキは、冷静な頭脳と熱い情熱を胸に、まるで熟練の指揮者のように、この混沌とした戦場という名のオーケストラを操り、自らの望む「黄金の旋律」を奏でようとしていた。彼の頭皮は、激しい思考と興奮で、知的な輝きを放っていた。
ノキ・シッソは、その様子を遠隔モニターで眺めながら、満足そうに、そしてどこか楽しそうに呟いた。
「いやはや、ドミニエフニキの『市場原理に基づいた人助け』、実にエレガント。これぞ、混乱の時代が生んだ、新たなる『美徳』の形ですな」




