第74話 悪戯っぽい笑み
「エレーラ、君を中心に、天花たちの力を結集し、この聖域の力をさらに高めてほしい。守護の理は施したけれど、それはあくまで『盾』。より能動的に、この星の生命力を活性化させ、亡霊花ヶの力を打ち消す『光』を放つ準備をしてほしいんだ。バステには、君たちを守り、補佐してもらいたい」
「我らだけで…?」
セレフィナが不安げに問う。
「前回、君たちは見事にやってのけたじゃないか」
醉妖花は微笑んだ。
「君たちの力は、私が保証する。セレフィナ、あなたが皆をまとめ、エレーラを支えてあげて。そして、この聖域に残された古代の知識を解き明かすことも重要だ。そこには、亡霊花ヶに対抗するヒントが眠っているかもしれない」
「…わかりました、醉妖花様。お任せください」
セレフィナは、覚悟を決めた表情で頷いた。他の天花たちも、それに続く。
「ローラ、いい?」
醉妖花がローラに確認する。
「もちろんよ。二人なら、きっと大丈夫」
ローラは力強く答えた。醉妖花と共に未知の世界へ踏み出すことへの不安よりも、信頼と、自らの力を試したいという気持ちが勝っていた。
「では、決まりね」
醉妖花は、赤い結晶の門へと向かった。
「バステ、エレーラ達のこと、頼みましたよ」
バステは深く頭を下げた。
「エレーラ、セレフィナ、またすぐに連絡するわ。希望を捨てないで」
醉妖花はそう言い残し、ローラと共に門をくぐり、再びメタリックレッドの砂漠へと降り立った。バステは、彼女たちの安全を祈るように、その後ろ姿を静かに見送っていた。
赤い砂漠に降り立った醉妖花とローラ。先ほどまでの聖域の清浄な空気とは打って変わり、再び灼熱の風と、遠くに漂う亡霊花ヶの禍々しい気配が二人を迎えた。しかし、醉妖花の施した守護の理が星全体を覆っているためか、以前のような直接的な圧迫感は薄れていた。
「さて、まずはどうするの?」
ローラが、周囲を見渡しながら尋ねた。地平線まで続く赤い大地。どこへ向かうべきか、見当もつかない。
「情報収集と言っても、当てずっぽうに動くわけにはいかないね」
醉妖花は、少し考えてから言った。
「Arcane Genesis教のヴィクター・フェイザー。彼がまだこの星にいるなら、接触を試みるのが一番手っ取り早いかもしれない」
「あの鉄仮面とまた会うの? 正直、あまり気乗りしないわね」
ローラは少し顔をしかめた。ヴィクターの冷徹さと、全てを見透かすような分析的な視線は、彼女にとって心地よいものではなかった。
「気持ちは分かるよ。でも、彼らは亡霊花ヶについて、私たちよりも多くの情報を持っているはずだ。それに…」
醉妖花は悪戯っぽく微笑んだ。
「彼が本当に『観測』だけを続けているのか、少し探りを入れてみるのも面白いかもしれない」
「探りを入れるって…大丈夫なの?」
「ふふ、大丈夫だよ。私には『心』を読む力もあるからね。彼が何を考えているか、少し覗かせてもらうだけさ」
醉妖花の瞳が、深い青色にきらめいた。彼女の本質は、機械であるヴィクター・フェイザーの思考回路にさえ、干渉できるのかもしれない。
「ただ、彼の精神は、Arcane Genesis教の最高水準のプロテクトによって守られているかもしれない。その深層まで読み解くのは、少し骨が折れるかもしれないけど」
「まあ、醉がそう言うなら…」
ローラは溜め息をついた。
「それで、どうやって彼を探すの? この広い砂漠で」
「それは簡単だよ」
醉妖花は、軽く指を鳴らした。すると、彼女の足元の赤い砂が、まるで生き物のように動き出し、空中に複雑な紋様を描き始めた。
「この星そのものに聞けばいい。私の守護の理は、この星の隅々まで行き渡っている。ヴィクターのような異質な存在がどこにいるか、星自身が教えてくれるはずだ」
砂の紋様は、やがて一つの方向を示し、静止した。
「あちらだね。それほど遠くない。近くの廃墟にいるみたいだ」
「廃墟? 亡霊花ヶのせいで滅んだ街かしら」
「かもしれないね。行ってみよう」
醉妖花はローラの手を取り、砂の上を滑るように移動を始めた。彼女たちの周囲の砂が、まるで二人を運ぶ絨毯のように動いている。
しばらく進むと、前方に巨大な都市の残骸が見えてきた。かつてはルビークリフのように栄えていたであろうその街は、今は見る影もなく崩れ落ち、赤い砂に埋もれかけていた。建物の壁には、黒い煤のようなものがこびりつき、亡霊花ヶの爪痕が生々しく残っている。
「酷い…」
ローラは言葉を失った。
「亡霊鏡教の仕業だろうね。あるいは、亡霊花ヶ本体の直接的な干渉があったのかもしれない」
醉妖花の表情も険しい。
その廃墟の中心部、ひときわ高く聳える塔の残骸の上に、漆黒の機体『False Harbinger』が、その多重センサーを展開し、周囲の空間情報を貪欲に収集しながら静かに佇んでいた。それはまるで、古代遺跡に降り立った異世界の探査機のようだった。
「見つけた」
醉妖花は呟き、移動速度を落とした。
「さて、どうやって声をかけようか」
「普通に話しかければいいんじゃない? 取引は成立してるんでしょ?」
「そうだけど… 少し意表を突いてみたいじゃない?」
醉妖花は楽しそうに笑うと、ローラの耳元で何かを囁いた。ローラは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにニヤリと笑い、頷いた。
次の瞬間、ローラは黒曜星の刃を抜き放ち、『False Harbinger』の巨体へと向かって突進した。
「やあ! Arcane Genesis教のお兄さん! その大きな体、少し邪魔よ!」
ローラの声が、廃墟に響き渡る。
『False Harbinger』の機体表面の一部が滑らかに変形し、そこからヴィクター・フェイザーの人型の半身が、まるで機体と融合したかのように姿を現した。彼のヘルメットに覆われた顔は醉妖花たちに向けられ、機体のセンサー群も同様に二人を捉えていた。
「…何の用件かな、対象Y、そして対象Z」
ヴィクターの合成音声は、相変わらず平板だったが、その背後の機体からは微かな駆動音が響いていた。
「あら、つれないのね」
醉妖花は、『False Harbinger』の巨体を見上げ、そしてヴィクターの人型の部分へと視線を移し、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「少し、お喋りしに来ただけよ。それに、貴方が本当に『観測』だけをしているのか、確かめに来たの」
醉妖花は、そう言いながら、ヴィクターの人型の顔に手を伸ばした。彼女の指先がヘルメットに触れる寸前、突如、醉妖花の瞳の奥で、紅蓮の光が一瞬、激しく煌めいた。




