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「お母様は悪役令嬢」  作者: 輝く泥だんご
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第68話 聖域

「でも、このまま歩いていてはやっぱり時間がかかりすぎるね」

醉妖花は、前方の巨大な岩山――聖域があるであろう方向を見据えながら言った。

「亡霊花ヶ本体が直接干渉してくる前に、聖域に辿り着き、手を打たなければならない」


「じゃが、聖域まではまだ距離があるぞ…この砂漠を歩いては…」

エレーラが不安げに呟く。


「さて大丈夫かな?今の私ならこのルビークロスを侵食する亡霊花ヶの妖気を防ぎながら、聖域を壊さずに空間跳躍できるかもしれないよ?」


「なにそれ、ホントに大丈夫なの?」

ローラが疑わしいとばかりに言い返す。


「正直な事を云うと解放された力を制御するのが難しいんだ。でもそんなことを言っていられる状況ではないよね」

「まあ、確かにそうじゃが、醉妖花殿ほどの力の跳躍となると時空が耐えられないのではないのか」

 不安そうにエレーラが質問する。


「ふふ、それこそ大丈夫だよ。君とローラの協力があればね」

醉妖花は自信ありげに微笑み、エレーラとローラに視線を向けた。

「エレーラ、君が天花として聖域への道を示し、ローラが『観測者』としてその道を確定すれば、必要最小限の力で、そして最も安全に空間跳躍ができるはずだよ」


「わらわが道を示す、そしてローラが…確定する?」

エレーラはまだ戸惑いを隠せない様子だが、醉妖花の真剣な眼差しに、わずかな希望を見出していた。


「やってみるしかないわ」

ローラは覚悟を決めたように頷いた。彼女の中に眠る『探し人』の力、その全貌はまだ掴めない。しかし、今、この場で、醉妖花とエレーラを助けることができるなら、力を尽くすしかない。

「私がどうすればいいか、教えて、醉」


「ありがとう、ローラ」

醉妖花は心からの感謝を込めて微笑んだ。

「まず、エレーラ、お願いできるかい? 君の心に、聖域への最も安全な経路を思い描いてほしい。君の天花としての力が、きっと正しい道を示してくれるはずだ」

「うむ…やってみるのじゃ」

 エレーラは目を閉じ、精神を集中させ始めた。巫女としての修練と、天花としての本能が、彼女の意識を聖域へと導いていく。彼女の周囲に、メタリックレッドの砂とは異なる、清浄な気の流れのようなものが微かに揺らめき始めた。やがて、エレーラの額に、小さな赤い宝石のような紋様が淡く浮かび上がり、彼女の前に、かすかな光の線が空間に描き出された。それは、複雑に歪む時空の中を縫うように伸びる、聖域への経路図だった。


「見事だよ、エレーラ」

 醉妖花は感嘆の声を漏らした。

「次は私の番だね」

 醉妖花は、エレーラが示した光の経路に手をかざした。彼女の掌から、青白い光が溢れ出し、経路を包み込んでいく。しかし、その光は不安定に揺らめき、時折、経路から逸脱しそうになる。醉妖花の力の強大さと、それを精密に制御することの難しさが窺えた。

「やはり、少し力が強すぎるかな…このままでは、経路そのものを破壊してしまうかもしれない」

 醉妖花の額に汗が滲む。

「ローラ、今だよ!」

 醉妖花の声が響く。

 ローラは息を吸い込み、意識を集中させた。彼女の瞳が、通常ではありえない深い瑠璃色に輝き始める。それは「観測者」としての力が発現した証。彼女の視界には、エレーラが示した光の経路と、それを包む醉妖花の不安定な力が映し出されていた。

『観測』する。

 ローラは強く念じた。この揺らぎ、この不確定な未来ではない。エレーラが示し、醉妖花が力を注ぐこの光の道筋こそが、『唯一の正しい未来』であり、『確定された事実』なのだと。

 ローラの視線が光の経路に固定された瞬間、彼女の瞳から放たれる瑠璃色の光が、醉妖花の青白い光と共鳴した。不安定だった醉妖花の力は、ローラの『観測』によって定められた経路に吸い寄せられるように収束し、安定した輝きを放ち始める。光の経路は、もはや揺らぐことなく、確固たる道として空間に存在を確定させた。


「すごい…これがローラの力…」

 醉妖花は驚きと喜びが入り混じった表情で呟いた。ローラの「観測」は、彼女の強大すぎる力を正確なベクトルへと導く、完璧なアンカーとなっていた。


「バステ、エレーラを!」

醉妖花の合図と共に、執事バステはエレーラを、ローラは醉妖花の手をしっかりと握った。


「行くよ!」

醉妖花が力を解放する。

 安定した光の経路が、四人を包み込む。視界が真っ白になり、強烈な加速度にも似た感覚が全身を襲う。空間が歪み、時間が引き伸ばされ、あるいは圧縮されるような奇妙な感覚。 一瞬、遠くで亡霊花ヶの禍々しい気配が空間の歪みを突いて干渉しようとしたが、醉妖花の展開した結界と、ローラの確定した経路によって阻まれた。


 次の瞬間、四人は固い岩盤の上に立っていた。


 目の前には、巨大な赤い結晶で出来た門がそびえ立っている。門の向こうには、赤い砂漠の過酷な環境とは対照的に、青々とした苔が生え、清らかな水が流れる洞窟が続いていた。空気はひんやりとしており、心地よい静寂が満ちている。

「間違いない、ここは聖域じゃ」

 エレーラは、感極まったように呟いた。彼女が示した光の経路は、正確に目的地へと繋がっていたのだ。

 エレーラは、感極まったように呟いた。彼女が示した光の経路は、正確に目的地へと繋がっていたのだ。

「やったわね、私たち!」

 ローラは、まだ少し息を切らせながらも、醉妖花とエレーラを見て笑った。初めての本格的な能力の使用、そして成功。それは彼女に確かな自信を与えていた。


「ええ、ローラの力があってこそだよ。本当にありがとう」

醉妖花はローラの肩を抱き寄せた。その顔には、安堵と、ローラへの深い信頼が浮かんでいた。


「本当に…水があるのね。それに、バステは平気なの?」

ローラは驚き、門の近くを流れる小川に手を浸してみた。ひんやりとした感触が心地よい。そして、平然としている執事に視線を向けた。


「ここは『原初の泉』と呼ばれる聖域。我ら天花の力が満ちる場所じゃ」

エレーラが、少し誇らしげに説明した。

「大地の法則も、我らに合わせて整えられておる。外の者には毒となる水も苔も、ここでは我らの力の源となるのじゃ。我ら天花は、かつてこの星が緑豊かだった頃の始祖の姿に近いからのぅ。バステのような忠実なしもべには、我らの加護が及び、この環境にも耐えられるのじゃ」


「面白いね」

醉妖花は興味深そうに壁の苔に触れた。

「この星の法則とは異なる理が働いている。古代の技術か、あるいはもっと根源的な何か… 天花という存在そのものが、この環境を維持しているのかもしれないね」

「さて、エレーラ。君の仲間たちは、この奥にいるんだね?」

醉妖花が尋ねると、エレーラは力強く頷いた。


「うむ!きっとわらわ達を待っておるはずじゃ!」

その瞳には、先ほどの絶望の色はなく、希望と決意が輝いていた。


 四人は、赤い結晶の門をくぐり、聖域の奥へと足を踏み入れた。亡霊花ヶの脅威はまだ去っていない。しかし、彼女たちの心には、共に困難を乗り越えた絆と、未来への確かな希望が灯っていた。この聖域から、反撃の物語が始まろうとしていた。

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