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「お母様は悪役令嬢」  作者: 輝く泥だんご
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第67話 「Quartz Gestalt」(クォーツ・ゲシュタルト)

”『死の花弁』単独撃破おめでとうございます”


”えんたーぷらいっずぷらすつーのげきはもおめでとう”


 12姉妹の「Quartz Gestalt」(クォーツ・ゲシュタルト)から祝福を受けるヴィクター、ケイ素系生命体である彼女らとのコミュケーションはヴェクターが苦手とするものの一つだ。

 なにせ完全に同一の容姿の上、人格を簡単に入れ替える。入れ替えるのだが、その入れ替えた人格の名前で名前を呼ばねば大惨事だ。

 ただでさえ人の名前を憶えるのが苦手なヴェクターにとって苦行の一言である。

 しかし、この度の命令違反『死の花弁』の撃破、さらには自分を命令違反で処分しようとした「エンタープライズ2++」の撃沈、特に「エンタープライズ2++」への攻撃はArcane Genesis(アーケインジェネシス)教への反逆そのものである。

 それを不問とさせたものこそoverranker(オーバーランカー)である「Quartz Gestalt」である。

”貴官の存在は、我々の計画において重要なファクターである。引き続き、その『逸脱』を期待する”


”慈悲に感謝する。セレナイト・ガンマ”


”あー、せれなばっかりずーるいー”


”同じく慈悲に感謝を。アメシスト・ミュー”


”せれなとおなじじゃいやー”


”賑やかなものね、ヴィクター”


 Quartz Gestaltが去った永久尽界ネットワーク上で、そう声をかけたのは同じくoverrankerであるリゼビア・リゼビアである。

”死人付きに背教者の名までついて、Quartz Gestaltがはしゃぐのも無理ないわね”


”エンタープライズ2++、いえ、この度のことは全て秘匿事項とされたはず”


”あなたの信奉者はD№達だけではないということよ”


 リゼビア・リゼビアの言葉は、ヴィクターの意識の表面を滑るように通り過ぎた。信奉者。D№達からの視線は常に感じていた。戦場において、彼の背中を追い、時に彼の前を切り開こうとする者たちの存在は、ヴィクターにとって自らがHarbinger(先駆者)であることの証左である。しかし、リゼビアの口にした”信奉者”は、それだけではない響きを持っていた。

”リゼビア殿、貴女の言葉の意味を測りかねる”

ヴィクターは無機質な合成音声で返した。『False Harbinger』のコックピット内で、彼の表情が変わることはない。生身の肉体は、もはや思考を巡らせるための器官でしかなく、感情の表出は操縦と思考の同期を乱すノイズでしかないからだ。


”あら、素直じゃないのね、ヴィクター”

 リゼビアは口角をわずかに上げ、視線をヴィクターに据えた。彼女はヴィクターと違い、生身に近い姿を保っている。overrankerの中でも、彼女のスタイルは異質だった。人としての機微や、時に気まぐれとも思える行動原理は、合理性と効率を至上とするArcane Genesis教の中では浮いた存在に見えることもあったが、彼女の実力と実績がそれを許容させていた。

”あなたの『逸脱』は、ただの命令違反じゃない。それは、Arcane Genesisの定めた『調和』への異議申し立て。そして、その異議に共鳴する者がoverranker達にもいるということよ”


”調和…”


 ヴィクターの思考回路に、その言葉が反響する。Arcane Genesis教が掲げる理想。宇宙に存在するあらゆる『花』ーー生命、文明、概念、法則 ーーを観測し、理解し、そして最終的には、教団の導きの下で完全なる『調和』へと至らせる。その最終結果として生まれる『美』こそが、彼らの信仰の対象であり、『花狂い』と呼ばれる所以だった。亡霊花ヶの『冒涜的な美しさ』すら、教団にとっては観測対象であり、理解すべき『花』の一つなのだ。


”エンタープライズ2++のクルー達もまた、調和を信じていた。彼らは、亡霊花ヶの開花という『美』を前に、自らの役割を果たしたに過ぎない”

ヴィクターの声は変わらず合成音声の平板さを保っていた。が、コックピット内のモニターに映る彼のバイタルサインに、僅かな乱れが生じた。


”そうね。彼らは忠実だったわ。でも、ヴィクター、あなたは違う”

リゼビアはヴィクターの思考を読み取るかのように続ける。

”あなたは、『死の花弁』という『美』を許容しなかった。エンタープライズ2++という『美』を求める『秩序』を破壊した。それは、Arcane Genesisの教義に対する、明確な『反逆』よ”


”…命令違反は認める。しかし、反逆ではない。私は、より大きな『調和』のために行動したまでだ”


”あら、面白い解釈ね”

リゼビアは喉の奥で小さく音を立てた。

”その『大きな調和』とは、具体的に何を指すのかしら?”

ヴィクターは沈黙した。


”答えられない? それとも、答えたくない?”

リゼビアは、ヴィクターの沈黙に対し、さらに問い詰めるでもなく、ただ余裕のある表情で待っていた。

”まあ、いいわ。Quartz Gestaltも、あなたのその『曖昧さ』にこそ価値を見出しているようだしね”


”Quartz Gestalt… 彼女たちの目的は?”


”さあ? 彼女たち自身にも分かっていないんじゃないかしら”

リゼビアは肩をすくめた。

”ただ、彼女たちは『変化』を求めている。今のArcane Genesisの在り方に、何か不足を感じているのかもしれないわね。そして、あなたはその『変化』の触媒になり得ると考えている”


”私が…触媒…”


”そう。だから、ヴィクター、これからも望むままに戦いなさい。あなたの信じる『調和』のために。それが、結果的にQuartz Gestaltの望む『変化』をもたらすのかもしれないわ”

リゼビアは自らの永久尽界を、ヴィクターの永久尽界に触れさせた。

”期待しているわよ、Harbinger”

そう言い残し、リゼビアは静かにネットワークを去った。後に残されたのは、ヴィクターと、彼の駆る『False Harbinger』、そして、宇宙の深淵に響くような静寂だけだった。


 ヴィクターは、リゼビアの言葉を反芻する。逸脱。変化。大きな調和。そして、信奉者。

 ヴィクターはしばし沈黙し、コンソールの表示を凝視した。思考ユニットの負荷が上昇していることを示すインジケーターが点滅する。Arcane Genesis教の理想と現実。亡霊花ヶという脅威。そして、まだ見ぬ他の『花』――醉妖花、骸薔薇。

 宇宙は広大で、複雑怪奇だ。そして、その中心で、彼は今、大きな岐路に立たされているのかもしれない。

『False Harbinger』の永久尽界ネットワークに、新たな通信が表示された。overrankerで構成される「評議会」からの暗号化された短いメッセージだった。


“False Harbinger、至急、Comsonsand教の聖都星ルビークロスを制圧せよ”

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