第62話 冒険の真っ最中
「ねぇ、醉、大丈夫?」
ローラが醉妖花の横顔を見つめる。
「うん、もう平気だよ」
醉妖花は微笑んだ。
「母様が出てくるのは、私が本当に眠っているときか、母様が強く何かを望むときなんだ。今回は後者だったみたいだね」
二人は再び歩き始めた。地平線の彼方に、微かに都市のシルエットが見えてきた。
「あれが城塞都市、ルビークリフ」
醉妖花は指さした。
「ComsonSand教の拠点の一つでもある」
近づくにつれて、赤い岩壁に削り込まれた巨大な都市の全容が明らかになってきた。何層にも重なる洞窟住居、螺旋状に巻き上がる階段、そして岩を鎖で繋いだ吊り橋が複雑に絡み合っていた。
「すごい…」
ローラは息をのんだ。
「ふふ、都市のなかはもっとすごいよ」
都市の入口では、サソリ状の上半身とサソリそのものの下半身を持つ姿の警備兵が二人を警戒の目で見つめていた。
「冒険者か」
一人の警備兵が二人の冒険者証を確認しながら言った。その声は、砂を擦るような音だった。
「目的は」
「お掃除とお手紙の配達です」
醉妖花が答えた。
「ドノヴァン邸の依頼で」
警備兵は二人を見比べると、不承不承といった様子で身を退けた。
「通れ。だが、トラブルを起こすな」
二人が門を抜けると、活気に満ちた市場が広がっていた。様々な形をした金属製の小物、光る結晶、奇妙な形の食物が売られていた。
「何から何まで異質ね」
ローラは周囲を見回した。
「そうね。でも、違いがあるからこそ面白いんじゃない?」
醉妖花は子供のように目を輝かせて、屋台を覗き込んでいた。
「あ、これなんて素敵!」
それは小さな結晶で、中に赤い液体が封じ込められていた。
「血の涙石」
屋台の主人が言った。
「恋人に贈ると、二人の絆が永遠に続くという」
「ローラ、欲しい?」
醉妖花が茶目っ気たっぷりに言った。
ローラも負けずに
「あら、お代は持ってるの?お嬢様?気に云ったのなら私がプレゼントしてあげましょうか?」
言い返す。結局お互いに「血の涙石」をプレゼントをすることで落ちついた。
「さあ、ドノヴァン邸を探しましょう」
二人は曲がりくねった路地を進んでいった。岩壁に彫られた階段を上るにつれ、高級住宅街の雰囲気が濃くなる。
高級住宅街の奥に、ドノヴァン邸は堂々と構えていた。メタリックレッドの岩壁を削り出した建物は、周囲の住宅よりも明らかに豪華で、入口には精緻な装飾が施された赤銅の門扉が輝いていた。
「ここがドノヴァン邸ね」
ローラは門の前で足を止め、建物を見上げた。
醉妖花は微笑みながら門の横にある通信装置に手を伸ばし、軽く触れた。
「冒険者ギルドからの依頼を受けた者です。お掃除とお手紙の配達に参りました」
しばらくの沈黙の後、門が自動的に開き始めた。金属が軋む音が静かな住宅街に響く。
メタリックな声が響いた。
「お待ちしていました」
二人は門をくぐり、中庭を通って邸宅の正面に進んだ。中庭には不思議な形の植物が植えられており、赤い砂の惑星では珍しい緑が目を引いた。
「水と酸素は毒なのに、植物が育っているわ」
ローラは驚きを隠せない様子だった。
「不思議ね」
醉妖花は興味深そうに植物の葉に触れた。
「ここには豊かな水源があるみたい」
邸宅の扉が開き、サソリ型の執事が現れた。その姿は警備兵たちと同様、上半身はサソリ状の人間型、下半身はサソリそのものであった。執事は礼儀正しく頭を下げた。
「お待ちしておりました、冒険者の皆様。ご依頼の件でございますね。どうぞお入りください」
二人が邸内に足を踏み入れると、内部は外観からは想像できないほど広く、天井が高かった。壁は磨き上げられた赤い岩で、そこここに美しいタペストリーが掛けられていた。サソリ型の種族の歴史を描いたものだろうか、戦いや祭りの場面が描かれている。
執事は二人を広間へと案内した。
「お待ちください。ドノヴァン様にお知らせいたします」
執事が退室した後、醉妖花はローラに小声で囁いた。
「なんだか想像していたよりも大掛かりな依頼になりそうだね」
「そうね」
ローラは周囲を警戒しながら答えた。
「単なるお掃除と手紙の配達にしては、少し大げさすぎるわ」
数分後、執事が戻ってきた。しかし今度は一人ではなかった。その後ろには小柄な影が続いてー
「えちえちなのじゃー『血の涙石』を見せびらかすなんて『はれんち』なのじゃー」
言葉とは裏腹に興味津々と云う様に視線は『血の涙石』にくぎ付けな、おませな、美しい娘は
「この館の主、エレーラ・CrimsonSand・ドノヴァン様です」
上半身は完全な人の姿をしていた。
「ええと『CrimsonSand』?それに『その姿』?で『えちえち』?」
疑問符で埋まるローラ、そのローラを発掘したのはもちろん醉妖花だ。
「ミドルネームがCrimsonSandということは、CrimsonSand教の巫女であるということ。巫女であるということは先祖返りした個体、一部でも人間の姿を持つ個体であるということだよ」
「『えちえち』は?」
「巫女とはいつだってセクシーさが求められるものだよ」
となんだか知らないが決めポーズをとる醉妖花。絶対の美しさでごり押しするそのスタイルは美しかった。しかし、
「ちがうのじゃ、『血の涙石』を見せるということは、そのあれじゃあれなのじゃ」
真っ赤な顔で言葉に詰まるエレーラ。そんな主人にそつなく執事が対応する。
「昨晩、契ったと云う意味になります」
「醉妖花様。あたし、醉妖花様にお話があるの。聞いてくれるわよねだって私の伴侶なんですもの」
「もちろんだよローラ、ただその前に一つ聞いてほしい。彼女、エレーラが私たちの会話に割り込めた理由を」
「そんなの普通のことじゃない。それより話が、
「エレーラ・CrimsonSand・ドノヴァンは私と同じく天花、私と同じく君を伴侶とするものだよ」
「マジで?」
「マジなのじゃ、だから『血の涙石』を二人が付けて来た時にはもうこの際、血迷うかとも思ったのじゃ」
「じゃがの、今の会話で推察できるわ、ぬしら、き、きむ
「あたし男性経験山ほどあるけど、ついでに女性経験も、だってあたし娼婦だったし。さすがにサソリ人間はいなかったけど、でも例えばそうね【これは読ませられないよ!!】」
ローラの会心の一撃
エレーラには、まだ早すぎた内容であった。が、そつなく執事がヘッドフォンをエレーラにかぶせ讃美歌を流す。できる男である。
その頃、帝都では、ノキ=シッソと「ハイパーレバレッジ全ツッパ友の会」会長ドミニエフが帝都直通高速転移陣を見上げていた。
「醉妖花様は今頃、冒険の真っ最中でしょうなぁ」
ノキ=シッソは遠くを見るような目で言った。
「そうかもしれませぬな彡 ⌒ ミ✨」
ドミニエフは頷いた。
「それにしても、私らがこうして話している間にも、世界の均衡は変わりつつあるようですぞ」
「全ての変化は醉妖花様の望みのままに」
ノキ=シッソは言った。
「さて、我々も次の一手を打ちましょうか」
彼らは転移陣に向かって歩き出した。世界の歯車は、音もなく、着実に回り始めていた。




