第61話 ここから始まったばかり
メタリックレッドの大地に強い日差しが降り注ぐルビークロスでは、醉妖花とローラが冒険の第一歩を踏み出そうとしていた。
「ふふっやっぱり駆け出し冒険者の仕事はお使いか、お掃除よね」
醉妖花が楽しそうに笑う。
「今回はなんとその二つ、お使いとお掃除の両方になりました」
「隣町のお屋敷の掃除とそのお屋敷の主人への手紙の配達ですね」
花が咲くような笑顔を見せる醉妖花とは反対に緊張した面持ちのローラ、さもありなん、前回は草むしりから始まる一大騒動が始まったのだから、今回も油断はできない。
「大丈夫よ。ローラ、これでも私、荒事には慣れているのよ」
華奢な身体でありながらも女性の性が極減まで強調された胸を張る醉妖花、ドレス姿からローラと同じ探検服、色も同じ白茶色である、に着替えている。実用性を第一に考えられた服装ではあるが、色香は隠しきれない。流石、妖花といったところだろう。
「冒険者登録のときもそうだったでしょう」
「醉妖花様意外と喧嘩っ早いんですね。寿命が縮むかと思いましたよ」
「『醉妖花様』でなく『醉』でよいわよ。そうね、私、意外とお母さまに似ているのかも」
出来事自体はよくあることである。辺境の冒険者ギルドに都落ちした破落戸まがいの冒険者がいる。そんな連中が、花を手にしようとして本当に徹底的に叩きのめされたということである。
「でも、容姿というか姿形があれほど違うのにどうして『醉様』に絡んできたんでしょう」
この惑星の主な住人の姿はアラクネのサソリ版といったところで、人型の部分もサソリ版、とても美醜の感覚が一致するとは思えないのだが
「『醉様』でなくて『醉』よ。ローラ」
「まあ、私の力が洩れていたのでしょうね。いくつかの段階があるのだけれど周りに影響を与えてしまうのよ」
「初めに『誘惑』次に『束縛』そして『隷属』さらに『誘惑』最後に『破魂』。あ、でもローラに影響を与えることはないわ。だって私の伴侶ですもの」
ニコニコしながら醉妖花は云うが、その内容はなかなか衝撃的だ。
「破魂」まで至ると、どうなるのですか?」
ローラは恐る恐る尋ねた。
「そうねぇ…存在の定義そのものが消えてしまう、とでも言えばいいかしら。大抵の場合は入滅してしまうけど、敢えて自己を滅して悟りを開いた華命玉のような存在もいるわ。」
醉妖花は、淡々と、まるで天気を説明するかのように答えた。
「でも大丈夫。これはあくまでも他人に対する影響。貴女は、そんなことにはならないわ。それに、私は貴女を愛しているもの」
醉妖花は、ローラの不安を打ち消すように、優しく微笑んだ。
「それより、早く隣町へ行きましょう。冒険が待っているわ」
醉妖花はローラの手を取り、赤い砂漠を歩き始めた。二人の足跡が、砂の上に深紅の軌跡を描いていく。砂漠の熱気が肌を焦がす。足元に広がる赤砂は、まるで鮮血のように太陽を反射していた。
「大丈夫?」
心配そうに醉妖花がローラに尋ねる。
「はい、大丈夫です!醉様から頂いた服と装備があれば
話すローラの言葉をさえぎり醉妖花は云った
「私と二人きりでいることがーだよ。この際だから口調も戻しちゃおうか、それとも今のままのほうがいいかしら」
わずかの間、目を泳がせていたローラだが、しっかりと醉妖花に目線を合わせると
「醉には想像力がないのかしら、醉と私が逆だったらって思えば、聞くまでもないことよ。私には自由がなかった。望んで娼婦になったわけでもないし、望んであなたの伴侶になったわけでもないわ。でもだからといって私は自分が不幸だなんて思ってないわ」
「ああ、それと口調のことだけど元に戻したら?私はあなたの伴侶なら本当のあなたを知りたいわ」
「ふふ、ローラの云う通りだね。『想像力がない』か、本当にその通りだね。ローラのことを思えば難しいことじゃない。でも浮かれていたんだ。自分のことながら情けないよ」
「全て母様の思惑通りだったのかな。私にはそんな気がするんだ」
醉妖花は真っ直ぐにローラを見つめながら言った。
「でも、既に皆は私を『かむなぎ』ではなく『醉妖花』と呼ぶ」
これまでずっと、周囲から「かむなぎ様」と呼ばれ、敬われてきた醉妖花。しかし、今は違う。ミントやほたる、月跡、そしてノキでさえも、彼女を「醉妖花」と呼ぶ。骸薔薇から醉妖花へ主人格の交代が少しずつ、だが確実に進んでいる証左であった。
しかし
「あらあら、あらあら、母は悲しいわ」
醉妖花の口から醉妖花の言葉でない言葉が発せられる。
「こんなにもLilium auratumのことを思っているのに」
瞬間、瞳の色が青か赤と金色に変わり服も赤黒いドレスに変わる。たくさんのフリルが薔薇の花びらのようだ。
「醉…?あなた、どうしたの?」
ローラは一歩後ずさった。目の前の人物は醉妖花のはずなのに、突然瞳の色が青から赤と金色に変わり、白茶色の探検服も赤い黒いドレスに変化していた。
「あら、怖がることはないわ。私は醉妖花の母よ。骸薔薇と呼ばれているわ」
赤と金の瞳の女性は優雅に黒い薔薇のドレスの裾を上げ、メタリックレッドの砂の上を歩いた。その足跡には、ただでさえ血のような砂が溢れて出る鮮血のように見えた。
「Lilium auratumがどんな冒険をしているのか、気になっただけなの。それで…」
骸薔薇はローラの顔に近づき、その頬に触れた。
「あなたの中に眠る『探し人』の力が、少しずつ目覚めているようね。それも母として、気になるというものよ」
「私の中の…『探し人』?」
ローラは自分の胸に手を当てた。
骸薔薇は微笑んだ。その笑顔は美しく、そして恐ろしい。
「ふふ、急かさないわ。全てはLilium auratumの願い通りに進めばいい。私は…ただ見守るだけ」
骸薔薇の体が揺らめき、再び醉妖花の姿に戻り始めた。 ドレスは白茶色の探検服へ、瞳は深い青へと変化していく。
「あっ…」
醉妖花は膝から崩れ落ちそうになり、ローラが慌てて支えた。
「大丈夫?醉」
ローラの声に、醉妖花は弱々しく頷いた。
「ごめんね、ローラ…」
醉妖花は頭を振り、しっかりと立ち上がった。
「母様が出てきたのは久しぶりだよ。大丈夫、心配しないで」
「何が起きてるの?どうして骸薔薇様が…」
「私の中には、まだ母様の意識が残っているんだ。通常は私が主導権を持っているけど、時々、特に母様が何か気になることがあると、こうして顔を出すことがある」
醉妖花は赤い砂の上に座り込み、深く息を吐いた。
「ローラ、聞いて欲しいことがあるんだ」
醉妖花はローラを見つめた。
「私の母様…骸薔薇は、かつてこの世界を花を手折るように切り取ったんだ..何の悪意も持たず、それが当然のように、でも私は違う道を歩みたいと思っている」
「どういう道?」
「もっとこの世界を知りたい、そうすれば母様とは違う道へきっと行くことができる。だから、この冒険も大切なんだ。私自身の力を試すだけじゃなくて、ローラと一緒ならきっと」
ローラは醉妖花の隣に座り、肩を寄せた。
「私、あなたを助けたい。どんな道を選ぶにしても」
「本当に?」醉妖花の声が震える。
「ええ」ローラは微笑んだ。「これが私の選んだ道だから」
醉妖花は立ち上がり、ローラに手を差し伸べた。
「私にもその道を共に歩ませてくれないか」
「そうね、あなたが飽きるまで付いてくるといいわ」
ローラは楽しそうに答えた。
「ありがとう、ローラ」醉妖花の顔に、初めて見る純粋な喜びが広がった。「本当にありがとう」
二人の冒険、そして共に歩む道はここから始まったばかり。
メタリックレッドの砂の上を二人は並んで歩き、しばらく黙っていた。遠くから聞こえる風の音だけが、この静寂を破っていた。




