第59話 『リスクでなくコスト』
帝都直通高速転移陣の管理運営を任されたドミニエフは、さっそく膨大な魔力と資金を投入し、転移陣の改造に取り掛かった。黄金の輝きを放つ巨大な転移陣は、帝都の新たなシンボルとして、夜空に浮かび上がっている。
「ふむ、予想以上の出来栄えですぞ彡 ⌒ ミ✨」
ドミニエフは満足げに転移陣を見上げる。その横では「ハイパーレバレッジ全ツッパ友の会」の会員たちが、様々な計器を操作しながら転移陣の調整を行っていた。
「おいおい、転移陣の魔力の流れが計測不能になっているぞ!彡 ⌒ ミ」
リチェードが計器を見ながら叫ぶ。
「ふむ、この観測不能こそ我らの求めるものですぞ彡 ⌒ ミ✨」
ドミニエフは魔力計の針が停止を示す中、むしろ満足げに頷く。
「転移の成功率は103%。これは素晴らしい数値なのですが、逆に言えば3%の『異常』が存在する。この3%こそが我ら『ハイパーレバレッジ全ツッパ友の会』の真骨頂ですぞ!彡 ⌒ ミ✨」
その時、転移陣の中心から異様な光が漏れ始める。通常であれば青白い光を放つはずの転移陣が、突如として漆黒の光を放ち始めたのだ。
「成功だ!」
ロドニーが思わず叫ぶ。
「ふふ、来ましたな。『深き茂み』の残滓が転移陣に反応し始めましたぞ彡 ⌒ ミ✨」
ドミニエフは冷静に状況を分析する。
突如、漆黒の光の中から一本の蔦が這い出してきた。それは明らかに『深き茂み』の特徴を持つ黒い蔦だった。
「見事です。転移陣の観測不能性を利用して、別の世界の残存する『深き茂み』と接触を持つ実験は見事成功と云う訳ですね!」
声の主は気付けばそこに立っていたノキ=シッソ首席補佐官である。
「さすがは首席補佐官、お見通しですな彡 ⌒ ミ✨」
ドミニエフは魔法金の杖を掲げながら答える。
「この蔦、つまり『深き茂みの』の本質を解明すれば、より大きなリスク、より大きなゲームに挑戦できる。それは我ら友の会の本懐!彡 ⌒ ミ✨」
「最高ですよ。皆さん。まさか花々の祝福もなしに複数の世界を貫いて活動できるとは!」
その瞬間、漆黒の光が一気に広がり、転移陣全体を包み込んでいく。
「今度は魔力計が振り切れてますぞ!彡 ⌒ ミ」
「制御不能に!彡 ⌒ ミ」
「今こそハイパーレバレッジ・全ツッパの極みのとき!!彡 ⌒ ミ✨」
しかし、その状況すら計算済みであったかのように、突如として銀色の光が漆黒の闇を切り裂いた。
「このような茶番、もう十分でしょう」
月跡の冷たい声が響く。彼女の放つ光は、『深き茂み』の残滓を焼き尽くしていく。
「これは月跡お嬢様、お手間をおかけして申し訳ございません。実は、この計画については 最初から骸薔薇様に許可を頂いておりまして」
ノキ=シッソはびしっと敬礼を行う。
「まったく...」
月跡は深いため息をつく。
「これが骸薔薇様の御意というのなら、私からは何も申しません。ただし...」
月跡は『ハイパーレバレッジ全ツッパ友の会』の面々に鋭い視線を向ける。
「この転移陣が醉妖花様の世界に影響を及ぼすようなことがあれば、即座に焼き尽くします。それでもよろしいですね?」
「もちろんですとも!その程度『リスクでなくコスト』というものですぞ!彡 ⌒ ミ✨」
ドミニエフはびしっとした表情で応える。
月跡はもう一度深いため息をつくと、その場から姿を消した。残されたノキとドミニエフは顔を見合わせ、不敵な笑みを浮かべる。
帝都の夜空に、改造された転移陣が不気味な輝きを放っている。それは新たな物語の始まりを予感させるものだった。しかし、それが吉と出るか凶と出るかは、誰にも分からない。
ただ一つ確かなことは、この世界が醉妖花様の御心のままに動いているということ。たとえどのような事態が起ころうとも、それもまた骸薔薇様の望みのままなのだ。
帝都の夜空を転移陣が照らす中、
「本当に、あの転移陣は大丈夫なのでしょうか」
サフランがミントに尋ねる。
「あのハゲ共が何かやらかすのは確定なお。でも、それも含めて骸薔薇様の御心のままなお」
ミントは窓辺に立ち、帝都の夜景を眺めながら答えた。
「まあ、問題が起きたら月跡様が焼き尽くすだけの話ですよ」
瑚沼崎は冷静に分析する。
その時、遠くの空に幾多の流れ星が現れた。それはまるで醉妖花様からの便りのようだった。
「いついかなる時、いかなる場所でも醉妖花様の祝福が満ちているなお」」
ミントは改造された転移陣から目を逸らすと、ふと手元の書類に目を落とした。
「そういえば、淵晶帝からの上申書が届いているなお。帝なのに上申書っていったい、もうわけわからんなお。なになに...『帝都直通高速転移陣の管理運営に関する規定の改正について』...まったく、もう始まってるなお」
「ふむ、やはり淵晶帝も転移陣の件を気にしているのですね」
瑚沼崎は冷静に分析を続ける。
「あの『ハイパーレバレッジ全ツッパ友の会』の面々が何か企んでいることは、誰の目にも明らかですから」
「転移陣の管理権限を自分の配下に置きたいということでしょうね」
サフランは眼鏡を直しながら言った。
「でも、それを認めるわけにはいかないでしょう」
その時、廊下から足音が近づいてきた。
ノックの音とともにアイリーンが入室してくる。
「おっと、みんな揃ってるじゃないか。実は報告があってな」
アイリーンは息を整えながら切り出した。
「今しがた、『友の会』の連中が大量の魔導具を転移陣に運び込んでるのを見かけた。明らかに通常の運営に必要な量を超えてる」
「やっぱりなお。何か仕掛けるつもりなお」
ミントは溜め息をつく。
「でも、これも全て計算済みってことなんだろうなお。骸薔薇様も醉妖花様も、きっとこの先に何が起こるか見通しているはずなお」
夜空に輝く流れ星は、まるでミントの言葉に頷くかのように、一層輝きを増した。それは確かに、醉妖花様からの微笑みのように見えた。もはや彼女たちにできることは、その光を見守ることだけかもしれない。しかし、それこそが醉妖花様への最大の忠誠なのかもしれなかった。
帝都の夜は更けていく。転移陣の不気味な輝きは、新たな物語の予兆のように、静かに夜空を染め続けていた。




